ゆるりと春

なつめのり

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ちっぽけだから大切なこと

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最近なんだか、さっちゃんに元気がない。

理由は分かっている。秋の新人戦。
最近タイムが伸び悩んでいるんだと、本人からも周りの陸上部の友達からも聞いた。

「さっちゃん。おーい、白河さーん。」

その日もさっちゃんは何だからボーッとしていて、顔色もあまり良くないように見えて。

数回目の呼びかけで、やっと私と目が合う。

「さっちゃん、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。」

心配になって顔を覗き込めば、やはりお世辞にも顔色がいいとは言えず。少し保健室で休もう、と言ってもさっちゃんは全く聞いてくれない。

「だから大丈夫だって。」
「そんなこと言ったって、顔色悪いよ。」
「ちょっと寝不足なだけ。走れるし、全然元気だよ。」
「でも・・・」
「だから大丈夫だって!!」

思っていたよりも大きい声が出てしまったのか、さっちゃんがハッとしたような顔をして気まずそうに俯く。
こんなに余裕のない彼女を見るのは初めてで、私もそれ以上何も言えずに俯いてしまう。

「・・・ごめん。でも私、休んでる暇なんてないの。」

でも、なんて言葉がまた口を出かけたけど、
今は何を言っても彼女の負担になる気がして、必死で飲み込む。

そんなことがあって、最近なんだか、さっちゃんに元気がない、上に秋山も元気がなくなってしまいました。





「・・・はあ。」

思わずついてしまったため息に、ちょっと~と美和ちゃんが頬を膨らませる。

「隣で辛気臭いため息つかないでくださいよ。負のオーラ漂いすぎです。」
「そんなこと言われても・・・はあ・・・。」
「だからやめてくださいってば!」

そう言いながらも彼女はボールの中身を混ぜる手を止めない。オーブンからは既にいい匂いが漂ってきていて、ああ、ちょっと元気が出た。

放課後の調理室には、私と美和ちゃんの2人。
調理部に所属している(しはじめた)美和ちゃんは時たま学校で料理にいそしんでいて、味見がてらお邪魔することが増えていた。

「ほら、結依先輩。もうすぐ焼けますから。見てきてください。」
「ほーい。」

オレンジの光のもとひたすらに熱されるパウンドケーキをじっと見つめる。低い電子音と漂ってくる甘い匂い。この時間が結構好きだったりする。

「・・・いい加減、立ち直ったらどうですか。」

あの日からさっちゃんと何となく気まずくて、顔色が悪くなり続けているさっちゃんに何も言えずにいる。タイムは結局伸び悩んだままのようで、顧問の先生に怒鳴られているさっちゃんを見かけることもあって。

「・・・心配。なのに何も言えない。」
「・・・。」
「私は運動全く出来ないからさっちゃんの気持ちが完全に分かるとは言えないし。」
「運動出来なそうですもんね」
「そこ追求しなくても良くない?」

全く、と今度は美和ちゃんがため息をつきながら焼きあがったパウンドケーキを取り出す。さつまいもと栗入り。美和ちゃん特製秋の味覚パウンドケーキ。
あちち、と声を出しながら、小さく切り分けたケーキを私の口へと放り込んでくれる。・・・うーん。これは。

「120点!!」
「当たり前じゃないですか。私やればできる子なんです。」

一口味見して彼女も同じように幸せそうな顔をする。
料理上手になってまずは春原くんの胃袋から掴むんだと意気込んでいるようで、なんてかわいい。

切り分けたケーキを綺麗にラッピングしていく美和ちゃんを無心で眺めていたら、いけない、もうこんな時間だ。そろそろ帰らなければ。

調理室の片づけを少し手伝ってからカバンに手をかける。机の上のラッピング済みのパウンドケーキをみて・・・て、あれ。

「春原くん、甘いの苦手だよね?」
「ですね。」
「というかそもそもなんでパウンドケーキ・・・」

私の疑問に答える代わりに、美和ちゃんは少し恥ずかしそうに俯いて、私の手にケーキを握らせてくれる。ちょっと口を尖らせた彼女は顔を挙げて。

「・・・いつまでも負のオーラまとわれてたら、私まで運気下がりそうなんで!」
「美和ちゃん・・・。」
「食べて元気出してください。」
「好き!!結婚しよう!!!」
「お断りです。」

思わず抱き着いてしまえば彼女は鬱陶しそうに私の手を避けようとしたけど、気付けば一緒になって笑っていた。大事な大事なパウンドケーキ、抱きしめて持ち帰ろうっと。



調理室を出て廊下を歩いていれば、グラウンド近くの水道で水を飲んでいるジャージ姿が目に入る。・・・さっちゃんだ。

カバンの中のパウンドケーキに一瞬視線を落とす。
・・・うん、このままでいいわけないもんね。きちんと話したい、きちんと話さなきゃ。

でもまだ部活中なのかな、そう思って様子をうかがっていれば、その背中が小さく丸まっていく。心臓が跳ねて、急いで駆け寄る。

「さっちゃん!?」

膝から崩れ落ちる形でしゃがんでしまったさっちゃんに駆けよれば、彼女は驚いた顔をしたけど、頭が痛いのかそのまま眉間に手を当てる。

「大丈夫!?」
「・・・平気。ちょっとフラついちゃって。」
「どうしよう。先生呼んでくるね、ちょっと待ってて。」
「だから大丈夫だって。」

その声にこの前のような覇気はない。大丈夫だと繰り返す声が痛々しくて、なんだか涙が出そうだ。
結局先生は呼ばずに日陰で彼女を休ませることにした。体育座りをして頭からタオルを被るさっちゃんの表情は見えない。でもしばらく休めばだいぶ楽になったようで。

「ごめん結依、ありがとう。」
「ううん。少し良くなった?」
「大分よくなった。」

よかった、と胸をなでおろしたのもつかの間。じゃあ私練習戻るね、とさっちゃんが立ち上がろうとするからあわてて腕をつかむ。

「今日はもう帰ろう。少し休んだ方がいいよ。」
「大丈夫だって。もう少し走りたいの。」
「また体調悪くなっちゃうよ。まだ顔色も良くないし。」
「結依、心配しすぎだよ。」

そう言って彼女は笑うけど、その笑顔も痛々しい。
私の言葉なんて全然響かないのが分かって唇を噛む。

「大会も近いし、今が頑張り時だから。」
「・・・だからこそ、休むのも大事なんじゃないの?どれだけ頑張ったって、当日に万全の状態で臨めなきゃ意味ないじゃん。」

意味ない、その言葉にさっちゃんが表情を変えたのが分かった。そんな言葉絶対に言っちゃいけないって分かっているのに私の口は止まらない。

「無理して練習し続けてまた倒れたらどうするの?このまま体調悪いまま本番迎えたら、さっちゃん絶対後悔するよ。」
「・・・なにそれ。」
「今日だけでいいから一回休もうよ。それでまた明日から頑張ればいじゃん。焦ってもいいことなんて・・・」
「っ・・・!結依にそんなこと言われたくない!!」
「私だってこんなこと言いたくない!!」

らしくない様子のさっちゃんに心がひるむけど、でも私も止まれなかった。

「最後の新人戦なの!休んでる暇なんてないの!もっとタイム縮めなきゃいけないの!!」
「だからって・・・倒れたら元も子もないじゃん!!」
「私はエースなの!絶対に勝たなきゃいけないし期待に応えないといけない!!そうじゃなきゃ、何のために今まで頑張ってきたのか・・・」

少し言葉を止めて、さっちゃんはこぶしを握りしめる。

「簡単に休むなんて言わないで。一日休んだら取り戻すのに倍以上かかるんだよ。また明日から頑張ればいいなんて、なにそれ・・・。」

こんなさっちゃん見たことなかった。彼女は息を吐いて、潤んだ瞳で、私を見ないまま。

「っ・・・結依には、この気持ちなんてわかんないじゃん。」

グサッ、と心に何かが刺さった気がした。

さっちゃんは駆け足でそこから去って行ってしまって、一瞬で辺りが静かになる。グラウンドから野球部の声が、体育館からバスケ部の声が聞こえてきているはずなのに、私の周りは静かだった。何も聞こえない、何も耳に入らない。

穴の開いた心から漏れるなにかを止める方法を知らずに、
私は俯いたまま顔を挙げられない。ああもう、泣きそう。

滲んでいく視界に突然黒い裾がうつって、目の前に誰かが立っていることに気が付く。

「あれ、秋山じゃん。何してんの?」
「・・・。」
「俺?俺はな、たいして手当もつかねえ顧問の仕事で練習見てきたの。俺卓球なんてしたことねえのにな、あのヴォルデモート教頭絶対許さねえ。」

いつもの花ちゃん節を炸裂させながら、何の返答もない私を不思議に思ったのか彼は私の顔を覗き込んで、あー・・・、と小さく声を漏らす。

「悪い。今日中にまとめなきゃいけないプリントあってさ。手伝ってくんない?代わりにジュース買ってやっから。」
「・・・」
「今ならお菓子もつけちゃおう。ぬれ煎餅、みすず飴、金平糖、なんでもあるぞ。」
「・・・チョイス渋。」
「全部藤巻ふじまき先生のだからな。」
「泥棒。」
「大丈夫、バレないから。あの人多分時計の向き全部逆さにしといても気づかないよ。気づいても斬新ですねえ、って言ってにこやかに微笑むと思うよ。」
「それは舐めすぎ。」

ほら行くぞ、と花ちゃんが私の背中をトントン、と叩いてくれる。
まだ目が乾かなくて顔は上げられなかったけど、時が止まった場所から一歩進むことが出来た。





「あなたには分からないって言葉は、ずるいよな。」

誰もいない化学準備室。
話を聞いてくれた花ちゃんは、コーヒーを一口飲んで。

「ずるいけど、意味がないなんて言葉も残酷だよな。」
「・・・うん。」

さっちゃんの事が心配で、でも私の話を聞いてくれない事が悲しくて、彼女が言われたくないと分かってる言葉を言ってしまった。分かってて、言ってしまった。

「・・・私はどうすればよかったんだろう。」

何を言えばさっちゃんの心に響いたんだろう。ただただ心配で、それが一番なのに。
ポツリ、とこぼれた私の言葉に花ちゃんは腕を組む。人差し指で頭を掻いて、そして急に人差し指をたてた。

「問題です。ライト兄弟が成し遂げた偉業とは何か、完結に答えよ。」
「・・・私文系だもん。」
「いいから、答えてみて。」
「・・・ライト兄弟はアメリカ合衆国出身の発明家活世界初の飛行機パイロットの兄弟であり、自転車屋をしながら兄弟で研究を続けて1903年の世界初の有人動力飛行に成功した。」
「・・・その感じで賢いのまじで怖いわ。」
「失礼すぎません???」

まあいいや、と花ちゃんが一つ咳払いをする。いや私は良くない、なんで暴言はかれたの、解せぬ。

「そんな彼らの名言として、こんな言葉があります。」

「『今正しい事も、数年後には間違っていることもある。逆に今間違っていることも、数年後には正しい事もある』」

人差し指を建てたまま、花ちゃんはゆっくりと繰り返す。

「・・・結局は絶対に正しい事も絶対に間違っていることもないんだよな。言葉をどう受け取るかだって人によって違うし、考え方は時代によって変わっていくし、同じ状況でもこの人には響く言葉もこの人には響かない、何てことザラにあるだろ。」

めんどくせえよなあとため息をついてから、私の顔を見る。

「今の白河にとっては秋山の言葉は響かなかったかもしれない、それでお前は自分も無力に思ったかもしれない。でもそれがイコール間違えじゃない。」

花ちゃんの言葉がスーッと胸にしみ込んでくる。

「数日後、数週間後、数か月後、数年後。いつかは分からない。分からないけど、今日の言葉が白河の救いになる日は絶対に来る。あの時は受け入れられなかったけど今なら分かる、なんて日が絶対に来るんだよ。だから、間違えじゃない。正解も間違いも、決めつけるには早すぎる。いつだって早すぎんだ。」

「『いつか来る日』の事を考える事でしか人は気持ちを整理できない。いつかに希望をもって生きていくしかない。なーんか虚しいし、ちっぽけだよな。」

でも、ともう一度私の目を見て、
花ちゃんは悪戯っ子のように笑った。

「俺はそんな俺たちのちっぽけな所が、嫌いじゃないぜ。」

ちっぽけなわたし達。

どうしようもなく苦しい時、悲しい時、いつかの事を考えて乗り越える。未来の事を考えて、そんな日が来ることを夢見て、今を頑張れる。少しずつ進んでいける。そんなことでしか進んでいけない私たちだけど、でもそれでいい、それがいい。正解が不正解に変わる日も、不正解が正解に変わる日も、色んな日を願って生きていく。色んな日を夢見て生きていく。





ガタン、と自販機からスポーツドリンクが落ちる。
はい、と会長がそれを手渡してくれて、有難く受け取ることにした。

部活終わりの夕方。既に夕日は沈みかけていて、日が短くなったことを実感する。

「体調はどうだ?」
「大分よくなりました。ありがとうございます。」

自販機の横の石段に会長と共に腰かける。部活終わりに再び少しふらついてしまったところにたまたま会長が通りかかり、座れるところまで連れてきてもらった。
こまめな水分補給は意識しているつもりだが、一口飲んで自分ののどが思ったより乾いていた事に気が付く。

私の頭の中にはさっきの結依の姿が浮かぶ。結依は中々人前じゃ泣かない。いつもおどけて、笑って、辛い時も全然口に出さない。そんな結依に、あんな顔をさせてしまった。そしてそのまま置き去りにしてしまった。胸が痛くて、涙が滲みそうになる。

「・・・私、結依に酷い事を言ってしまいました。」

ポロリ、と独り言のように言葉が落ちた。それ以上口を開いたら、この情けない心を全てさらけ出してしまいそうで、そのまま黙る。
そうか、と会長は呟いて、そして。

「だったら、謝らなきゃなあ。」

え、と思わず声が出た。その言葉に会長が焦って「な、なんか変な事言ってしまったか・・・!?」と目をぱちくりさせるから、私も焦って首をする。ううん、全然変なことなんかじゃない。そうだ。当たり前の事だ。

「秋山くんに酷い事を言ってしまって、早紀さんは後悔しているんだろう?だったら、謝らないと。」

会長の声は落ち着ていて言葉がスっと耳に入ってくる。そういえば全校集会の時も、生徒会の時も、会長が話し出すと自然に静かになるんだよな。すごいな。

悪い事をしてしまったら謝る、なんて幼稚園児でもできるのに。うんと小さい頃に教わった人間として大事なことを、どうして私は忘れてしまっていたんだろう。

過ぎてしまった事は変えられない、言ってしまった事は取り消せない。だから、気持ちを伝え続けていくしかないんだ。心の中なんて誰にも読めないんだから、口に出していかなきゃいけないんだ。伝えたいと思ったことを伝え惜しんでたら、私はきっと私じゃなくなってしまう。

「・・・ありがとうございます。」

小さく呟いた私に会長は無言のまま首を振る。そしてそのまま静かに立ち上がって、よし、と背伸びをした。

「本番でも本来の力が発揮できるおまじないを教えてあげよう。」
「おまじない?」
「そうだ。こう見えて俺は緊張しくてな。いつもこれをやってから本番に臨むんだ。」

会長は子供みたいにはにかんで、私に手を差し出す。

「大丈夫。きっとうまくいく。」

背後に残った夕日の光が会長と重なって。うーん。眩しいなあ。




朝。意気込んで教室に入る。心臓がドキドキと大きく音を立てていて、怖いけど、気を抜いたら泣きそうだけど、でもきちんと話すと決めたんだ。

彼女の姿を見つけて、そして目が合う。

「結依!昨日はごめん!!」」
「さっちゃん!昨日はごめん!!」

全く同じ謝罪の声が重なって、勢い余って私は机に右手を、さっちゃんはクラスメイトのカバンに足を引っかけてしまっていた。
大きな謝罪の声に皆が振り向いて、一瞬時が止まって。

「・・・ぷっ・・・」

気付けば、2人目を合わせて笑い出してしまう。
皆に謝ってから教室を出て、人が少ない場所に移動した。

「結依、本当にごめん。」
「違うんだよ。私の方こそ・・・。」
「ううん、完全な私の八つ当たりだ。」

さっちゃんが深々と頭を下げたりなんてするから、慌てて彼女の肩に手をかける。

「・・・最近、タイムが伸び悩んでて。一生懸命やってきたのに、やってるのに、どうしたらいいのか分からなくなっちゃったの。何もかもが不安になっちゃって。大会も近いのに。皆を引っ張らなきゃいけないのに、情けないって。」

さっちゃんの声は震えていた。
彼女はいつだって自信家で、気が強くて、でもそれはその裏にはとんでもない量の努力があるからだ。人に色々言う前にまずは自分を磨く、それがさっちゃんのモットーで、そんな強さを私は心の底から尊敬する。

「結依がただ心配してくれてるだけなのも分かってて、それなのに自分の気持ちが上手くコントロール出来なくて。正論過ぎたの。正論過ぎて反発しちゃうなんて、私本当に駄目だよね。」
「・・・さっちゃん。」
「本当に、ごめんなさい。」

ううん、と首を振る。違うよ、違うんだよ。

「さっちゃんは情けなくないし駄目なんかじゃないよ。私も、さっちゃんの気持ちをちゃんと考えられてなかった。頑張ってる人に、酷い事言った。」

『・・・どれだけ頑張ったって、当日に万全の状態で臨めなきゃ意味ないじゃん。』

自分の言葉を思い出す。意味ない、なんて絶対に言っちゃいけなかった。ただただ心配だっただけのに、この時は違った。私の言葉を聞いてくれないさっちゃんに腹が立って、棘のある言葉を選んだ。言われたくないと分かっていて、言ったんだ。

「私も、ごめんなさい。・・・でもやっぱり、さっちゃんには少しだけ休んでほしい。私はもちろん頑張っているさっちゃんが、走っているさっちゃんが好きだけど、でもどうしたって心配なの。陸上選手である前に、大切な、友達だから。」

休んでほしい、その言葉をもう一度言うのは怖くて、でも絶対に伝えると決めていた。声が震えてしまって、でもさっちゃんの目を見る。
彼女は、うん、と頷いて。

「今日と明日、休ませてもらう事にしたの。で、明後日からはストレッチ中心でまずは体整えることにした。」

はあ~、と大きな声をだしてさっちゃんが背伸びをする。

「そう言えば最近全然ちゃんとマッサージも出来てなかったなって。体ガチガチなのよ。とりあえず今日明日できちんと体ほぐそうっと。」

お風呂も長く使っちゃお。なんてさっちゃんは悪戯っ子のように笑うから、私も思わず笑顔がこぼれる。

「・・・結依。」
「ん?」
「本当にありがとう。」

私の名前を読んで、さっちゃんが今度は少し照れたように笑う。こんな笑い方は珍しくて、なんだか照れてしまって。でも、とっても嬉しくて。
思わず抱き着いてしまえば、暑苦しい!と一蹴される。すっかりいつものさっちゃんだ。

あ、そうだ。

「さっちゃん、これ。」
「なにこれ。美味しそうなケーキ。」
「美和ちゃんがくれたの。」

さっちゃんの手に、可愛くラッピングされたパウンドケーキを乗せる。昨日、美和ちゃんは私にパウンドケーキを2つ渡してくれた。

『仲直りに使ってください。美和ちゃん特性絶品パウンドケーキでさき先輩もイチコロですよ。』

なんて言って美和ちゃんは得意げに笑って。

その言葉をそのまま繰り返せば、さっちゃんは調子乗るな、と嬉しそうに笑った。

地べたにそのまま座り込んで、2人でケーキを食べる。美和ちゃん特製パウンドケーキは昨日ももちろん美味しかったけど、今日は更に美味しかった。
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