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家には誰もいなかった。そういえば今日は裕翔の病院の日だっけ。机の上にはラップが掛けられたオムライスが置いてあって、所々破れていてチキンライスが飛び出している。温めるのもなんだか面倒くさくてそのまま一口口に運んだ。ケチャップの味が濃くて、お米はビチャビチャだ。母はあまり料理が得意ではない。多分好きでもないんだと思う。
一度、母にお弁当は要らないと言ったことがある。近くにコンビニがあるし校内に購買もある。なにより父はいつも仕事が忙しく、パートと家事をこなしながら裕翔の事を全て引き受けている忙しい母にとって、お弁当を作る手間がなくなるだけでも大きいんじゃないかと思ったからだ。しかし母は頑なに首を振った。
『何言ってるのよ。栄養が偏っちゃうでしょ。』
どうせ冷食じゃん。そんな言葉が出そうになったのを慌てて飲み込んだ。言うべき言葉ではないし、なにより自分がそう思ってしまっているという事に気づいて悲しかった。文句を言うなら自分で作れという話だけれど生憎そんな気持ちも私にはなくて、牛乳と共にオムライスを流し込んだ。
ガヤガヤと忙しい休み時間。ドラマの話で陽菜たちと盛り上がっていれば、自然と視線が高瀬さんの方に向いてしまう。あれ以来、昼休みになんとなく高瀬さんがいる図書室の隣の空き教室にお邪魔することが増えていた。相変わらず彼女は何も言わず本に熱中している事がほとんどだけど、私はそれが心地よかった。それともう一つ。毎日少しずつ違う彼女の綺麗なお弁当を眺めることも楽しみになっていた。
その日はいつもと少しだけ違って、普段は席に座ったままの高瀬さんが席を立つ。あれ、と思っていれば教壇の上にカゴを置いて数学のノートを回収し始めた。しかし彼女の声はうるさい教室ではかき消されてしまっていて。
「陽菜数学のノート出した?」
「あ、まだだ。」
「なんか今回収するみたいだよ。ほら。」
私の言葉に陽菜がカバンを漁ってそのまま教壇へと駆けていく。
「ねえねえ、数学のノート出した?」
「あ、まだだ。」
「今出した方がいいみたいだよ。」
近くで騒いでいた男子集団の一人に声をかければ、その声が彼らの間でどんどん広がっていく。やべ、忘れた~、なんて声と共に彼らも教壇へと向かっていく。
「え、雪奈高瀬さんと仲良かったっけ?」
重たそうにノートを抱える高瀬さんを手伝おうと2人にそう告げれば、怪訝そうに栞が私の顔を覗く。仲良いなんて言ったら高瀬さん嫌がるかな、なんて思いながら曖昧に笑うと、えー!と栞が声を上げた。
「何それ。なになに何狙いなの?」
「何狙いって?」
「カンニング狙いとか?だってそうじゃなきゃ仲良くするメリットなくない?」
「ちょっと栞。」
陽菜が栞をなだめる。私もちょっと何言ってんの、と彼女の肩を小突く。
「別に何狙いでもないよ。まず仲良くないし。」
「そうなの?」
「うん。でも私は仲良くなりたいと思ってるけどね。」
私の言葉にふーん、と栞が口を尖らす。あ、雪奈がとられそうで怖いんだ~と陽菜が茶化せば、栞はやっといつものように笑った。2人のいってらっしゃいの声を背中に受け、すでに教室を出かけている彼女を追いかけた。
「高瀬さん。」
「何?」
「半分持つよ。」
「・・・ありがとう。」
断られるかと思ったけれど、意外と素直に渡してくれた。しばらく沈黙のまま廊下を歩く。不意に、彼女が口を開いた。
「さっき、ありがとう。」
「え、何が?」
「ノート集めるの手伝ってくれて。他の人に声かけてくれてたでしょう?」
「ああいや、べつにそんな。」
足は止めないまま、高瀬さんが私の名前を呼ぶ。
「さっき大丈夫だったの?」
「えーっと、何が?」
「三木さんと。」
さっきの会話が聞こえていたのか高瀬さんが少し申し訳なさそうに栞の名前を挙げる。
申し訳ないのはこちらなのに、どうして彼女がそんな顔をするのだろうか。
「ごめんね、嫌な思いさせちゃった?」
「いや私じゃなくて。」
「え?」
「・・・なんか、三木さんに嫌な風に思われたんじゃないの。私に構ったから。」
思わず、足を止めてしまった。高瀬さんの表情には変わらず何か不安げな表情が浮かんでいて、そんなことを彼女が気にするのがあまりにも意外だった。
どう伝えればいいんだろう。こういう時、自分の気持ちを言葉にするのが私はどうしても苦手だ。それでも、自分なりに整理しながら口を開く。
「えーっと。まず栞は、多分得意教科の数学で負けちゃったから高瀬さんにライバル意識を持っているだけで」
「・・・」
「だからああいう言葉が出ちゃっだだけなんだと思う、ごめんなさい。あ、でも私がこうやっていうのも変か。なんか上から目線みたいだ、ごめんね。・・・じゃなくて、ええと、あ、でも、もしさっきので何か私を気に食わないと思っているとしても、だったら私は別にそれでいいよ。」
「・・・それでいいって?」
「私は自分がやりたいようにしただけだし、本心を伝えただけだし、それで嫌な風に思われちゃったなら仕方ないかなって。『私達とあの子どっちが大事なの!』とか漫画でよくあるけど、私そういうの答える意味ないと思うんだよね。友達とか、大事なものとか、好きな気持ちって、天秤にかけて考えるものじゃないもん。」
気付けば口が勝手に動いていた。高瀬さんがきょとんとした顔で私を見ていて、焦って何か言おうとすれば、その前に高瀬さんがふっと表情を緩めた。
「なんか河合さんって。」
「うん。」
「繊細なんだか図太いんだか分からない人ね。」
「・・・それ褒めてる?」
褒めてるよ、そう言って高瀬さんがスタスタと歩き出したからあわててその後を追った。その後大した会話はしなかったけれど、彼女がいつも読んでいる本の一巻を貸してくれて、宝物のようにそっとカバンにしまい込んだ。
一度、母にお弁当は要らないと言ったことがある。近くにコンビニがあるし校内に購買もある。なにより父はいつも仕事が忙しく、パートと家事をこなしながら裕翔の事を全て引き受けている忙しい母にとって、お弁当を作る手間がなくなるだけでも大きいんじゃないかと思ったからだ。しかし母は頑なに首を振った。
『何言ってるのよ。栄養が偏っちゃうでしょ。』
どうせ冷食じゃん。そんな言葉が出そうになったのを慌てて飲み込んだ。言うべき言葉ではないし、なにより自分がそう思ってしまっているという事に気づいて悲しかった。文句を言うなら自分で作れという話だけれど生憎そんな気持ちも私にはなくて、牛乳と共にオムライスを流し込んだ。
ガヤガヤと忙しい休み時間。ドラマの話で陽菜たちと盛り上がっていれば、自然と視線が高瀬さんの方に向いてしまう。あれ以来、昼休みになんとなく高瀬さんがいる図書室の隣の空き教室にお邪魔することが増えていた。相変わらず彼女は何も言わず本に熱中している事がほとんどだけど、私はそれが心地よかった。それともう一つ。毎日少しずつ違う彼女の綺麗なお弁当を眺めることも楽しみになっていた。
その日はいつもと少しだけ違って、普段は席に座ったままの高瀬さんが席を立つ。あれ、と思っていれば教壇の上にカゴを置いて数学のノートを回収し始めた。しかし彼女の声はうるさい教室ではかき消されてしまっていて。
「陽菜数学のノート出した?」
「あ、まだだ。」
「なんか今回収するみたいだよ。ほら。」
私の言葉に陽菜がカバンを漁ってそのまま教壇へと駆けていく。
「ねえねえ、数学のノート出した?」
「あ、まだだ。」
「今出した方がいいみたいだよ。」
近くで騒いでいた男子集団の一人に声をかければ、その声が彼らの間でどんどん広がっていく。やべ、忘れた~、なんて声と共に彼らも教壇へと向かっていく。
「え、雪奈高瀬さんと仲良かったっけ?」
重たそうにノートを抱える高瀬さんを手伝おうと2人にそう告げれば、怪訝そうに栞が私の顔を覗く。仲良いなんて言ったら高瀬さん嫌がるかな、なんて思いながら曖昧に笑うと、えー!と栞が声を上げた。
「何それ。なになに何狙いなの?」
「何狙いって?」
「カンニング狙いとか?だってそうじゃなきゃ仲良くするメリットなくない?」
「ちょっと栞。」
陽菜が栞をなだめる。私もちょっと何言ってんの、と彼女の肩を小突く。
「別に何狙いでもないよ。まず仲良くないし。」
「そうなの?」
「うん。でも私は仲良くなりたいと思ってるけどね。」
私の言葉にふーん、と栞が口を尖らす。あ、雪奈がとられそうで怖いんだ~と陽菜が茶化せば、栞はやっといつものように笑った。2人のいってらっしゃいの声を背中に受け、すでに教室を出かけている彼女を追いかけた。
「高瀬さん。」
「何?」
「半分持つよ。」
「・・・ありがとう。」
断られるかと思ったけれど、意外と素直に渡してくれた。しばらく沈黙のまま廊下を歩く。不意に、彼女が口を開いた。
「さっき、ありがとう。」
「え、何が?」
「ノート集めるの手伝ってくれて。他の人に声かけてくれてたでしょう?」
「ああいや、べつにそんな。」
足は止めないまま、高瀬さんが私の名前を呼ぶ。
「さっき大丈夫だったの?」
「えーっと、何が?」
「三木さんと。」
さっきの会話が聞こえていたのか高瀬さんが少し申し訳なさそうに栞の名前を挙げる。
申し訳ないのはこちらなのに、どうして彼女がそんな顔をするのだろうか。
「ごめんね、嫌な思いさせちゃった?」
「いや私じゃなくて。」
「え?」
「・・・なんか、三木さんに嫌な風に思われたんじゃないの。私に構ったから。」
思わず、足を止めてしまった。高瀬さんの表情には変わらず何か不安げな表情が浮かんでいて、そんなことを彼女が気にするのがあまりにも意外だった。
どう伝えればいいんだろう。こういう時、自分の気持ちを言葉にするのが私はどうしても苦手だ。それでも、自分なりに整理しながら口を開く。
「えーっと。まず栞は、多分得意教科の数学で負けちゃったから高瀬さんにライバル意識を持っているだけで」
「・・・」
「だからああいう言葉が出ちゃっだだけなんだと思う、ごめんなさい。あ、でも私がこうやっていうのも変か。なんか上から目線みたいだ、ごめんね。・・・じゃなくて、ええと、あ、でも、もしさっきので何か私を気に食わないと思っているとしても、だったら私は別にそれでいいよ。」
「・・・それでいいって?」
「私は自分がやりたいようにしただけだし、本心を伝えただけだし、それで嫌な風に思われちゃったなら仕方ないかなって。『私達とあの子どっちが大事なの!』とか漫画でよくあるけど、私そういうの答える意味ないと思うんだよね。友達とか、大事なものとか、好きな気持ちって、天秤にかけて考えるものじゃないもん。」
気付けば口が勝手に動いていた。高瀬さんがきょとんとした顔で私を見ていて、焦って何か言おうとすれば、その前に高瀬さんがふっと表情を緩めた。
「なんか河合さんって。」
「うん。」
「繊細なんだか図太いんだか分からない人ね。」
「・・・それ褒めてる?」
褒めてるよ、そう言って高瀬さんがスタスタと歩き出したからあわててその後を追った。その後大した会話はしなかったけれど、彼女がいつも読んでいる本の一巻を貸してくれて、宝物のようにそっとカバンにしまい込んだ。
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