ロゼと嘘

碧 貴子

文字の大きさ
上 下
57 / 65

19-4

しおりを挟む
「お前、モントの紋章が何か知っているか?」
「え……? はい、オオカミです」

 唐突に聞かれて、戸惑いつつ答える。
 モント公爵との因縁と家紋に、何の関係があるというのか。
 するとそんな私に、お父様があからさまに馬鹿にしたような鼻息を立てた。

「ふん、あれはオオカミではない」
「そうなのですか? てっきりオオカミだとばかり……」
「あれはキツネだ」

 言われてモント家の家紋を思い浮かべるも、どう見てもキツネには見えない。
 第一、描かれた毛皮の色は灰色である。
 それこそキツネにつままれた気分で見返すと、お父様が私の考えなどお見通しだといった様子で話を続けた。

「正確に言うと、オオカミとキツネの中間のような動物らしい。だがモントの奴がキツネと言うんだから、キツネで間違いないだろう。まあ、ほとんど知られてはないがな」

 つまり、想像上の動物なのだろう。
 しかしながらオオカミとキツネでは、家紋のイメージが大きく異なる。
 どちらも知恵者の意味を持つが、前者は勇敢な指導者のシンボルであるのに対して、得てして後者は狡賢いペテン師にたとえらることも多い。
 家紋なのだからもちろん悪い意味ではなく、豊穣と富をもたらす慈悲深い存在のキツネとして使われているのだろうが、むしろそちらの意味を知る人間は少ないのではないだろうか。

「つまりは、そういうことだ。本来キツネの象徴をオオカミと偽るような連中だということだ」

 皮肉るように口の端を上げる。

「勇敢で公明正大なイメージの裏に、狡猾で人を欺く本性を隠し持っているのだよ。これほど家紋が本質を表す一族もそうなかろうよ」
「……」
「しかも執念深いときてる。一度執着したものは、絶対に諦めないし手放さない。……まあそこは、オオカミも同じだがな。お前の大好きなあの小倅も、そのモントの血を引いているということをよく覚えておくがいい」

 そう言って、再び鼻息を吐いて背もたれに寄り掛かる。
 それきり、話は終わったものとばかりに瞳を細めて口を閉ざしてしまう。

 何となく言いたいことはわかったけれど、これでは実際二人の間で何があったかはわからない。
 けれども、すでに自分の世界に入っているらしいお父様に、改めて問いただすのも躊躇われる。
 そもそもこれ以上聞いても、答えてくれることはないだろう。
 諦めて私も座席に身を預ければ、車内に沈黙が降りる。
  だが不思議と、居心地は悪くない。
 規則正しい車輪と蹄の音が聞こえる中、穏やかな空気が流れる。

 顔を横に向けて窓から外の景色を眺めていた私だったが、ふと、お父様と一緒に馬車に乗るのもこれが最後なのだと気が付いた。
 ちらりと目線だけでお父様を盗み見れば、白髪に加えて目尻にもしわが増えていることがわかる。
 若かりし頃には絶世の美男子と言われた美貌は未だ健在ではあるが、確実に老いは忍び寄っている。
 記憶の中のお父様と、現実との差に、内心ひどく驚きを覚える。
 だけどこの馬車を降りた瞬間から、きっと私たちはもう二度と親子として同じ時を過ごすことはないだろう。

 諦念と寂しさをない交ぜにしたような何とも言えない感情に襲われた私は、静かに目線を窓の外に戻した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

豆狸2024読み切り短編集

豆狸
恋愛
一話完結の新作読み切り短編集です。

処理中です...