ロゼと嘘

碧 貴子

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「なにかあったのか?」
「どうして」
「……雰囲気が違うから……」

 言い難そうに口火を切ったロルフ卿に、素っ気なく肩を竦めてみせる。
 不遜な態度でテーブルの上のカップに手を伸ばした私は、質問には答えずにゆっくりとお茶を飲んだ。

「お気に召さなかったようね」
「そうじゃない」
「私、あれから考えたの」

 かちりと音を立ててカップをソーサ―に戻す。
 小さく波紋が広がる赤い水面を眺めて、私はそれをテーブルに置いた。

「あなたの好みがどうであれ、必ずしも私は従わなくてはならないのかしら」
「その必要はない」
「そうよね。だから好きな服を着ることにしたの。何か問題でもある?」
「いや」

 ちらりと横目にロルフ卿を見た後で、興味なさげに綺麗に色が塗られた自身の爪を眺める。
 次いで視線を薬指にずらした私は、ロルフ卿に見せつけるように、紫色の煌めきを放つ指輪を指から外した。

「これ、返すわ」
「……」
「紫の金剛石は珍しいといっても、小さすぎるもの。第一指に合ってないし」
「そうだな。では、違うものを用意しよう」

 随分酷いことを言っているはずなのに、ロルフ卿が怒る気配はない。
 希少石である紫色の金剛石は、買いたくても買えるような代物ではない。
 いったいどうやって手に入れたのか、相当な労力と金額がかかったであろうことは間違いない。
 にもかかわらず、あっさりと頷いて私の要求通りのものを用意すると言う。
 すでに申し訳なさでいっぱいの私は、萎えそうになる気持ちを奮い立たせるために長いため息を吐いた。

「いらないわ」
「……」
「だって、必要ないもの」
「……」

 突き放すように言い放つ。
 さっと深藍に変じた瞳を前に、私はゆうゆうと頬杖を突いてソファーのひじ掛けにもたれてみせた。

「よく考えたら、あなたと結婚する理由がないなって思ったの」
「……」
「ヒルデガルド嬢に飲ませるはずだった媚薬を手違いで飲んでしまったから、あの場では仕方なくああ言ったけど、私、ロルフ卿のことは好きでもなんでもないのよね」
「……」
「でもあの時はお互いに薬を飲んでしまっていたし、そうしたら好きだって言って誤魔化すしかないでしょう? そもそも、会うたび睨みつけてくるような人、好きなわけないじゃない。むしろ嫌いだわ」

 今や目の前の瞳は、黒に近いほど昏い。
 完全に光を失った瞳で見詰められて、胸が締め上げられたかのような痛みを訴える。
 しかし、乾く口の中を湿らすように唾を飲んだ私は、胸の痛みを無視して言葉を続けた。

「純潔を失った以上、あなたと結婚するのが一番丸く収まると思って仕方なく恋愛ごっこに付き合っていたけど、お父様が結婚しなくていいって言ってるのに、わざわざあなたと結婚する必要はないって気付いたの。だからもう、こんな馬鹿げたお芝居は終わりにしようと思って。あなたが好きな可愛らしい女を演じるのにも、そろそろ疲れちゃったしね」

 馬鹿にするように、わかりやすく微笑んでみせる。
 自分の言葉でずたずたに引き裂かれた心が悲鳴を上げるも、顔色は変わっていないはずだ。
 このために、頬紅をきつくしたのだから。

「だから、終わりにしましょう」
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