ロゼと嘘

碧 貴子

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「お父様、無理です! 薬を――しかも媚薬を盛るだなんて、私にはできませんっ……!」

 机に置かれた毒々しい色の小瓶と、今しがた伝えられた命令の衝撃的な内容に、慄いて後ずさる。
 しかし、お父様の表情は変わらない。
 私と同じ紫色の瞳が、感情を載せずにじっと私を見詰めている。

 この顔は、私に落胆している時の顔だ。
 お父様の娘を十八年もやっているのだから、それくらいはわかる。
 何よりお父様のこの顔こそ、私が一番よく見てきた顔なのだから。

「で、できません……。さ、さすがに、そんなひどいことは……」

 瞬きもせずに見詰められて、最初は勢いがあった私の声も、徐々に尻すぼみになる。
 最終的にはお父様から発せられる物言わぬ圧力で、私は項垂れて言葉を失った。

「……」

 沈黙が、苦しい。
 空気が粘性を帯びたかのように、纏わりつく。

 だが、無理なものは無理だ。
 王太子妃になるのはヒルデガルド伯爵令嬢でほぼ決まりだとはいえ、その現状を覆すために、薬を使ってまでして彼女を不名誉な状況に陥れるなど、そんな人の道に反することはできない。
 私だって、彼女がいなければと何度も夢想したことはあるけれど、あくまで想像の範囲のことだ。
 子供の頃から憧れ、焦がれていた王太子殿下が、ヒルデガルド令嬢に蕩けるような眼差しや笑みを向ける度に、胸をナイフで刺されたような痛みが走るけれど、だからといって実際に、ヒルデガルド令嬢に何かしようなど考えたこともない。

 それにヒルデガルド令嬢は、身分以外は全てが理想的かつ魅力的な女性だ。
 誰からも好かれる彼女を王太子殿下が選ぶのは、必然だったのだ。
 同じ王太子妃候補とはいえ、身分こそは申し分ないけれども、人から疎まれる私では、最初から勝負にならなかったのだ。
 そもそも私は、誰にでも公平に接することで有名な騎士のロルフ卿にすら、嫌われるような女なのだから。

 形の良い漆黒の眉の下、藍色に変じた暗い瞳が脳裏をよぎり、胸がずきりと痛みを訴える。
 先だっても殿下主催の茶会に列席した私を、ロルフ卿はものも言わず睨みつけてきたのだ。
 思わず唇を噛んで俯くと、お父様の凍てつくような声が部屋の空気を震わせた。




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