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87「バカ」

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「止まれ! そこを動くな!」

 縛られたままのアドおじさんが丘の下へ向けて叫びました。
 それに驚いたのは割りと呑気してたジンさんとレミちゃん。

「驚いた」
「な、なんでえオッサン。やっぱあっちの味方――」

 しかしアレクがアドおじさんの言葉に従ってピタリと止まると、アレクの眼前すぐのところに大きな魔力弾が爆ぜ、地面を大きく抉りました。

「――おい、なんだよありゃ! 凄えじゃねえか!」

「……ジフラルトだ」

「もう来やがったか!?」

「今の彼奴あやつAssezあっせ fortふぉー。油断するとやられるぞ」

 かなり強い、だそうです。
 今の一撃を見てもそれが容易に知れますね。


「なーんだよぉ! 当たっとけよクソがぁ!」

 森を出てすぐの所に一際大きな、それこそ魔竜の倍はあろうかという大きさの、岩の体を持つ魔物の肩の上、悔しそうに地団駄を踏む白髪の魔族がそう言ってその魔物の頭をガンガンと叩いていました。

 アドおじさんの言う通りなら、あれが新たな魔王ジフラルトですか。けっこうあっさり姿を見せましたね。

 十年前、ザイザールを襲った魔族と雰囲気が確かによく似ています。
 長めの白髪に卑屈そうなやや垂れた目、引き締まってはいますがカコナの言うちょうどいいよりは少し少ないバルク。
 デルモベルトの濃いグレーの髪色とはずいぶんと違いますから、当時は髪染めでもしていたんでしょう。


「君がジフラルト?」

「『さん』を付けろ『さん』をよぉ! クソチビが! 目上の者を敬えやコラぁ!」

 言ってる事は間違いじゃありませんけど、あの方には言われたくない気がするのは私だけでしょうか。

 けれど、かなり拙いことになりましたね。

 リザがここへ来るまでにはもう少し時間が掛かります。
 ジンさんもまだ戦えそうにはありませんし、レミちゃんの魔力量も頼りないこの状況でのジフラルト戦突入は避けたかったところです。


「おいオッサン。アイツに帰れって言えよ。オッサン目上の者だろ?」

Tromperとんぺえ言うな。アイツに目上の者を敬う心なんぞないわ!」

 でしょうねぇ。
 確かロン実の兄の評では、『自分以外の全てをゴミとしか考えない魔族らしい魔族』でしたっけね。

 目上も何もあったものじゃ無さそうですよ。


「そっか。ごめんねジフラルトさん。じゃあさ、目下の者を慈しむ心で今日は一旦帰ってくれない?」

「ぶぁーーか! せーっかくアドのおっさんやら使ってオマエら削ったのに、帰る訳ねーぇだろが!」

 あら、魔族にもおっさん言われてますのね、アドおじさんたら。

「良ーい感じに疲労して……疲弊して、か? ――してるじゃねぇかよぉぉ! ギャハハハハハハ!」

 疲労も疲弊もこの場合それほど大差ありませんよ。無理に難しい言葉を使おうとしてるのが手に取るように分かってちょっと辛いです。


「ボラギノ姉ちゃんが言ってた通りバカっぽいな」
「ジンもあんな感じ」
「ばっ、オメ――あんなんじゃねえよ俺は!」

 ジンさんの方が少~しマシですかね。
 別に良いんですけど、ラスボスであろう彼があんな感じで緊張感が霧散して嫌ですねぇ。


「ごちゃごちゃうるせえぞ外野! 黙って殺されてろや!」

 ジフラルトが叫び、纏う魔力を一気に増大させると彼の眼前、中空に大きく複雑な魔術陣が垂直に立ち上がりました。

「オレは女は殺さねえ主義なんだ。だからそこの女ぁ!」

 ジンさんがレミちゃんへ視線を遣り、当のレミちゃんも自分の顔を指差して小首を傾げています。

「ちょっと退いてろ。後で可愛がってやるからよぉ! ってかぁ!? ギャハハハハ!」

 優しい所もあるのかしら、なんて思った私が馬鹿でした。
 レミちゃんも少し体を震わせて、標準の無表情にさらに汚物を見るように蔑んだ瞳を加えて言いました。

「死んで」

「死ぬかよ、ぶぁあああか!」

 魔術陣がカッと光を放ち、ジフラルトが肩に乗る岩の魔物と同種の魔物が魔術陣からヌルリと姿を現し――

「ギャハハハハハハ! オレはコイツを幾らでも創り出せるん――」

 ――ドシャっと腹這いで地に落ちました。

 さらにもう一体が現れその上にドシャっ。さらにもう一体もドシャっ。さらにドシャっ。ドシャっ。
 六体目が現れた時には、積み上がった岩の魔物を押し出して前方にドシャドシャドシャリと前方へ向けて雪崩なだれ落ち、トドメとばかりに七体目がドシャっ。

「止まれ! ストップだ! もういい! 出てくんな!」

 慌てたジフラルトが魔術陣を消し去りました。

 少し頬を染めたジフラルトは何も言いません。
 アレクも、ジンさんもレミちゃんもアドおじさんも何も言いません。

 岩の魔物が苦しそうに蠢く音が辺りに響くのみです。

 ……どうでも良いですけど、もう少し真面目にやりませんか?


「ばはははははは! アホ過ぎんだろうが! 自分が立ってるとこ考えろっつうの! ばはははははは! ばははははー、腹が痛えんだよ俺は! 笑わすんじゃね――ばははははは!」

 ひーひー言いながら転げ回るジンさんの隣で、蹲ってプルプルと笑いを堪えるレミちゃん。

 そして頭を抱えるアドおじさんがブツブツと何か仰っています。

「……こ、こんなバカが今代の魔王……魔族の恥だ……」

 その気持ち、よーく分かりますよ。


 けれど、アレクだけは笑っていません。
 あれで笑わないってどこかおかしいんじゃないかと逆に心配になりますよ。


「笑ってる場合じゃない! 魔王バカはともかく、この!」
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