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74「女神ファバリンと男神デセス」

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 昨夜のうちに魔の棲む森から少し離れた小高い丘の上に移動したアレク達は、夜明けと共に現れた魔物の群れを見下ろしています。

「おうおう、やっぱ結構いるんじゃねぇ?」

「でも上手くいったみたいだね」

 明け方少し前から動きだした四人は、森から出てきた魔物が真っ直ぐこちらの丘へと向かう様にする為に、深めの穴をいくつも穿って待機していました。

 思惑通りに魔物たちは、真っ直ぐにアレク達のいる丘の方へと殺到します。


「さってと。派手にいかないよ、分かってるね?」

「地味に地味にいこうじゃねえの」

 アレクとジンさんの声に、リザとレミちゃんも頷いて応えました。


 一番乗りで丘を飛んで駆け降りたのはジンさん。

「よっしゃ! 来いや!」

 弱めの身体強化を施したジンさんは、殺到する魔物の群れの真ん前でそう叫び、わずかに腰を落として構えます。

「おりゃっ! ――おりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 ジンさんはただひたすらに正拳突きを繰り返し、虫型の魔物、犬型の魔物、骨だけの騎士、その他もろもろの突進してくる魔物を砕き吹き飛ばしました。

「抜けてった奴、頼むぜ!」

 ジンさんのやや後方、右にはリザ、左にはアレクが控えてそれぞれ手には愛用の武器を構えています。

「せぇっ!」

「やぁっ!」

 ジンさんが取りこぼした魔物をそれぞれ一振りで蹴散らしました。二人とも全く危なげありませんね。

 翼を持ったわにの様な魔物には、魔力消費を抑えに抑えたレミちゃんの風の魔術が襲い掛かって翼を斬り飛ばします。

 百頭を超える魔物、と聞いた時のみんなのリアクションにも頷けるほどに余裕ですね、これは。


「さ、油断せずに地味~にいくよ!」

「おうよ!」「はいっ!」「任せろ」

 お昼前ごろ、ただ淡々と屠り続けたみんなには特に疲労の色も見えません。

 強いて言えば、少しリザが辛そうですかね。

「リザ、少し休んで」

「いえ! 体力的には、まだまだ、平気、です!」

「……無理しないでね。まだまだ先は長いんだからね」

 そしてもう少し戦い続け、ジンさんの拳が大きな熊型の魔物を爆発四散させたところでどうやら魔物の群れは打ち止めのようでした。


「ふぅぅ、さすがにちょっと疲れたぜ!」

 辺りは魔物の死体で溢れかえっていますね。またモザイクが必要かも知れませんね。

「はぁ、はぁ――これで本当に百頭ほど、ですか?」

 明け方から今までの数時間、引っ切りなしに現れていましたからね、体感で言えばその倍や三倍いたと思ってもしょうがありません。
 けれど――

「百よりはいたけど、百五十もいないね。やっつけた奴がまた立ち上がってるせいでもっといる様に思っちゃうけど」

「え、そうなんか?」

「気付かなかった? ジンがバラバラにしたのは流石にそんな事ないけど、胸に穴、くらいの奴はまた混ざってたよ」

 そうでしたね。
 私も確認しましたけど、手足が千切れるくらいなら余裕で再び参加の、胸に穴くらいでもなんとか立ち上がっていましたね。

「胸に穴って十分致命傷だろうが」

「バフ」

「僕もそう思う。やっぱりジフラルトも近くまで来てるんだろうね」


 勇者認定のバフは私が近くにいようがいまいが変わりませんけど、魔王のバフは『魔王の種』に近ければ近いほど強力になりますからね。

 勇者認定とは、一国の代表にファバリンへの信仰心を集めて与え、バフとするもの。
 魔王の種もよく似てはいますが、根本的に異なるものなのです。

 魔王の種を勇者認定の仕組みで例えるとすると、なんです。

 あら?
 分かりやすいと思ったんですけど、分かりにくい例えでしたね。
 アレク達も再び丘を上って休憩の様ですし、この隙にちょっと分かりやすく説明しましょうか。

 そうねぇ……、こちらの信仰対象としてファバリンがいる訳ですが、魔族にも信仰の対象があるんです。

 とても古い神ですから私のように顕現するなんて事はありません。存在こそ知ってはいますがお話した事も見た事もありませんよ。

 『初代の魔王、男神デセス』

 それがその信仰対象です。
 そう言えばフルキショの弟が死ぬ間際にその名を口にしていましたね。

『魔族の神デセスの加護がジフラルトにありますように』みたいな事を。

 そのデセスの加護とはつまり『魔王の種によるバフ』。それはデセスの意思であり、デセスそのもの。
 それが与えられた者が魔王となる訳です。

 すなわち、ロンは魔族にとっての女神ファバリン――男神デセスを掠め取ろうとしているの。


 そう言えばロンとカコナの二人、遅いわねぇ。
 ちょっと様子を覗いてみましょうか。

 …………………………

 へぇ、そんな感じで、ね。
 ロンはともかく、カコナも……そうですか。

 けれど今はまだ黙っておきましょ。レミちゃんが――あ、いえ、あの子は喜んじゃうかしらね。

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