59 / 103
54「我が儘言いなさい」
しおりを挟むアイトーロルの勇者認定。
もちろんそれは存在します。知られてはいませんが、なんと言っても女神ファバリンのお膝元ですからね、この国は。
ただアイトーロルは元々、他の国と違って国民のほぼ全てがトロルであり、一人一人がそれなりに武力を持ちます。
ですから、全ての国民の力をもって国を守るという考えから、随分と長い間、認定勇者を抱える事はしていませんでした。
リザの言葉に、一同は驚きつつも納得の表情。
けれどやっぱり驚きの方が大きい様ですね。
中でもアレクが最も大きな驚きを示し、それでもやっぱり表情に嬉しさも滲み出ていますよ。
「確かにその姿では自慢の斧を振るうだけで一苦労じゃろうて。勇者認定でその力不足を補う考えは筋が通っておる」
「でしたら――」
「だがなリザ、何を為すためにその力を欲しがる?」
「わたくしは……、第一にこの国の、この国の民の平穏を望んでいます。そしてアレク達はこの世界の平穏を望み、その身を粉にして戦ってくれています。わたくしは……、少しでもその力になりたく思います」
まぁ立派な事を言っていますね。
私とアイトーロル王は一度視線を合わせ、コクリと頷き合いました。
「殊勝な心掛け、誠に良いが……このじいじにだけ本音を教えてみなさい」
アイトーロル王は微笑みを絶やさぬまま、愛してやまないただ一人の親族である孫娘に手招きします。
王のベッドに近寄ったリザが、その耳元へ手を添えて、そっと耳打ちで本音を伝えました。
「……アレクと……離れたくないのです」
もちろん私は盗み聞きしています。
ようやく自分の気持ちに正直になり始めましたね、この娘は。
けれど悪くないですよ。レミちゃんを見習ってグイグイいきなさいな。偽物おばあちゃんは応援しちゃいますよ。
本物おじいちゃんはどうでしょうね?
孫娘の恋心を応援する為、というぶっちゃけ不埒な理由で勇者認定を与えてくれるでしょうか。
筋力がおよそ半分に落ちた今のリザでは、ロンが付いていく以上に足手まといですから、勇者認定なしでは付いていくのは難しいですが。
「リザよ、お前は小さな頃から亡き両親に代わってこの国の為に尽くしてくれた。それは国民の全てがよく分かってくれていると思う」
王は静かに、そして優しくリザに語り掛けます。
体は老いたとは言え、まだまだ頭もシャンとして、それに何より良い声ですね。
「その国民の皆は、勇者認定を欲する事がお前の我が儘ゆえと聞けば納得もしてくれよう」
神妙な顔で聞いていたリザでしたが、ハッと何かに気付いた様に頭を上げます。
そうですね。
『魔王討伐に赴く為に勇者認定を』と聞けば、『何故うちの姫さまがそんな危険を』と不満も出るでしょうが、それがリザの我が儘ならば、昨夜のニコラと同じく国民も納得もしようと言うものです。
それほどリザは国民に愛されていますから。
「さぁリザ。このじいじとここに居るもの、さらに国民へ向けて、己れの我が儘を言うてみよ」
リザの瞳からポロポロと涙が溢れ落ちます。
十年前に両親を亡くしはしましたが、祖父から、国民から、精一杯の愛を受けて生きてきた自分が、これまで共に生きてきた自分を、自分の姿を、裏切る様に捨て、さらに自分の我が儘で国を離れようとしている。
それでも貴女は、我が儘を言いなさい。
自分の気持ちに正直に。
「――わ、わたくしは……、アレクと一緒に居たいが為に……、アイトーロルの勇者となりたい……です」
「――リザっ――」
「よう言うたぁぁぁああっ――ゲホっゲホホっ――」
リザの言葉に感極まったアレクが声を上げましたが、より一層に感極まったアイトーロル王の絶叫に掻き消されました。
「お、王よ! ご無事でございますか!?」
慌ててニコラが背を摩り、リザが水差しから水を注ぎ、げほげほげほと咽せる王が落ち着くまでは大騒ぎ。
程なくして落ち着きはしましたが、良い感じの余韻は全く残ってはいませんね。
それでも、リザとアレクが一瞬視線を合わせ、お互いにニコリと微笑んだのを私は見逃しませんでした。
良い感じじゃないですか、あなたたち。
「……ふー。彼岸へ行ってしまうかと思ったわ……。ではニコラ、本日正午、勇者認定の儀を執り行うゆえ、遅滞なく事を進めよ」
「はっ! かしこまりました!」
◆ ◆ ◆
王の寝室から皆が引き下がり、部屋にはアイトーロル王と私だけ。
『久しぶりに二人っきりね、アナタ』
「ふふふふ。もうお芝居はよろしいですぞ、ご先祖さま」
『あら、お気付きでした?』
「ええ、まぁ。その緑の肌に小さな体、古のトロルなのでございましょう?」
まぁ、なんて物知りなんでしょう。
だから色々と理解が早かったんですね。
『そう言えば貴方はトロルにしては珍しく、幼い頃から本ばかり読んでらしたものね』
「ふふふ、久しぶりに会った親戚に言われているかのようですな。――ところでご先祖さま」
『なんですか?』
「勇者認定の儀なぞ、この国のどの文献にも載っておらんのです。本日正午、よろしく頼みますぞ」
勇者認定の与え方を知らないクセにあれほどぶったのですか。
この子もなかなかやりますねぇ。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる