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38「失意というより納得」
しおりを挟む愕然とした表情のロンは、お姫様抱っこで抱えたレミちゃんを地面にゆっくりと降ろしました。イヤイヤするように首を振ったレミちゃんでしたが、ロンの目を見て納得したのか、大人しく降ろされてくれました。
「……それは本当なのか?」
「本当だよ。一部の貴族や王族なんかは違うみたいだけど」
あ、どうやらロンには思い当たるところがあるようですね。
「……そうか。俺の父親には複数の妻がいたが、そういう事だったのか……」
魔王にまでなった魔族ですからね。ロンのお家は貴族とか王族なのかも知れませんね。
続けてロンはレミちゃんに向き合い投げ掛けます。
「レミ嬢は知っていたのか?」
「知ってた。でも良い。ロン様が何人の女を娶ろうとも。レミも愛してくれれば」
「唯一人だけ……それを知っていてなぜ俺などを?」
「好きだから。ただそれだけ」
好きだから……、そう噛み締めるように呟いたロンはレミちゃんへ――
「すまない。俺は無知過ぎた。……少しだけ、時間が欲しい」
「待つ。レミはいつまでも」
――そう告げ、告げられたレミちゃんはフワリとロンを抱き締め優しく返事して、こっそりと腕で鼻血を拭いました。
パチ……パチパチパチ……と、少しずつ大きくなった拍手の音がロンとレミちゃんを覆っていきます。
遠巻きに取り囲むアイトーロルの民たちの中には涙を浮かべる者もちらほら。
よくは分からないですけど、なんとなく良い感じに落ち着きそうかしら。
とりあえずはロンのお陰でキスニ姫もボラギノお姉さんも、話を聞けそうなくらいには冷静になったような気がしますから。
でも、リザはどうでしょうね。
ロンが恋愛すっとこどっこいなトロルの男ども以上にそれに疎いのを知ってはいたと言っても、かつて憧れ恋したロンが実際にレミちゃんとくっつきそうなんですもの。
その胸中は穏やかではないのでは、と思ってリザを見遣ってみましたけど、意外とそうでもなさそうですね。
リザはロンとレミちゃんの顛末をじっと見詰めて驚いた顔ではありましたが、どこか穏やかな表情をしています。
そうですね。
私なりになんとなくですけど、表情からは動揺や失意というよりは、『納得』が見て取れた様な気がしました。
それに逸早《いちはや》くアレクが気付き、三段ほどの階段を登った家具屋さんの入り口で、未だカコナと手を繋ぐリザへと向き直りました。
「リザ」
「――な、なんでしょう!?」
アレクは優しくリザの名を呼び、段の下で片膝をついて見上げて続けました。
「レミを見習う訳じゃないけど、僕ももう一度言う――」
「――ひっ、ひぃぃっ――…………ぁぁあああああっ! アレクちゃんのアホーっ!!」
っ!
……私としたことがちょっとびっくりしてしまいました。
しっかりと息を吸い込んでから泣き叫ぶキスニ姫の声に、漂っていた少し厳かな雰囲気は一気に霧散し、追従する様に叫ぶボラギノお姉さんの声も響き渡りました。
「アレックス! よそのカップルのお話はどうでも良いのです! 貴方はここアイトーロルで、一体何をしていたというのですか!?」
血の繋がりはないとは言え、勇者アレクの保護者は間違いなくこのウル姉弟の長姉ボラギノ。
きちんと勇者としての仕事をしているものと思っていたら、一目でそれとわかる緑のお肌に筋骨隆々の体をした、トロルの女に向かって何らかの決意をこめた言葉を投げようとしている保護対象。
声を荒げたくもなるというものかも知れませんね。
「ボラギノ、ちょっと黙ってて。キスニもうるさいよ」
「「――っ……!」」
おっと。声に勇者の迫力を乗せたアレクの一言。
これにはさすがにボラギノ女史でもキスニ姫でも黙らざるを得ませんか。
しかし、そのアレクに意見する者が。
「アレク。先ずはそちらの方々ときちんとお話して下さい。わざわざアネロナから見えられた方々なのでしょう?」
まぁ! リザったら!
この誰もが混乱する混沌としたこの場でその発言は大したものですね。
アレクどころか、カコナもボラギノ女史も、感心した顔でリザを見上げています。
「……分かったよリザ。後でちゃんと聞いてね」
「ええ、分かりました」
アレクとリザはしっかりと視線を合わせて言葉を交わし、お互いにニコリと笑みも交わしました。
あ、ちょっといい感じですね。
振り向いたアレクはボラギノ女史に向き直り、
「心配しなくても僕はちゃんと勇者の仕事もしてる」
続いて未だうつ伏せに寝転ぶキスニ姫に、
「前にも言った通り、キスニ、僕は君と結婚するつもりはないよ。ごめんね」
順番に視線を合わせて、淡々とそう言ってみせました。
ちなみについ先ほど復活したジンさんは、ノドヌさんの頬を叩いて目覚めさせようと頑張っていますよ。
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