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1「勇者と姫と」
しおりを挟む皆様がたはご存知かしら?
いえ、きっとご存知ないでしょうね。
魔王デルモベルト、さらにそれを倒した勇者アレクのその後の物語を。
そしてその物語には、ヒロインとなるお姫様が居る事も当然ご存知ないのでしょうね。
皆様がた、魔王と勇者とお姫様のお話、お好きでしょう?
え? 私がヒロインのお姫様か、ですって?
いえいえ、私が誰かなんて詮索は無用にございます。
私はただただ傍観する者ですから。
それでは参りましょう。
皆様がたの世界とは異なる――、そちらとは違う世界の恋のお話へ。
そうそう、出来ましたら最後までお付き合い下さいませね。
◇◇◇◇◇
勇者アレクは魔王を打ち倒したのち、共に魔王を倒した二人と共にとある小国を拠点として日々を送っておりました。
その小国はこの大陸の中でも特に小さい、ほんの三千人足らずの国民と、たった二人の王族だけの小さな国。
それでも他国からも一目置かれる、かなり存在感のある国なんですよ。
ほらあそこ、あの、王城そば近くの庭園でコソコソしている人影が勇者アレクです。
勇者なのに何故コソコソしているのか、ですか?
いえね、別にそう悪い事をしている訳じゃないんですよ。
ただちょっとね、勇者アレクには照れ屋さんな所があるものだから――。
「ねえ、爺や」
「エリザベータ様? どうかなされましたか?」
「今日もいつもの視線を感じるの」
「ははぁ。それならばそうなんでございましょうなぁ」
王城敷地内の国民にも開放された庭園。
そこでいつも通りにぱちんぱちんとハサミで薔薇の剪定を行っていたエリザベータと呼ばれた女性。
何を隠そうこの国の姫でございます。
たった二人の王族のうちの一人ですね。
彼女が溜息を一つこぼしてさらに言いました。
「何が楽しくてわたくしなんかを見に来られるのでしょうね」
「それはエリザベータ様がお美しいからに決まっておりますわい」
幼少の頃よりエリザベータに付き従う、爺やことニコラ・ジルは嘘のつけない正直者ですから、彼がそう言うならば彼の中ではきっとそうなのでしょう。
けれどエリザベータは不満顔。
ニコラの言い分に納得いかないようですね。
「……爺やありがとう。けれどもね……、ふぅ」
あらあら。
エリザベータったら余計にしょげちゃったかしら。
ニコラは本当に心の底から思った通りに口にした筈なのにね。
けれど実際そうなのよ?
この国の大半の者がそう思ってるの。
『リザ姫がこの国で――いや、この大陸で最も美しい!』
ってね。
あ、リザってエリザベータの愛称ですよ。
けれどどうやらエリザベータはそうは思っていないみたいなの。
そうこうしてる間に、植木に隠れてじっとしていた勇者アレクが動き出しましたよ。
「……お、おやリザ姫。そ、そんな所にい、居らしたんですか。きょ、きょう今日も良い天気ですねっ」
「これは勇者アレックス・ザイザール様、おはようございます。良い天気でございますわね」
エリザベータはスカートの裾を指で摘み、ふわりと少し持ち上げて会釈しました。
なかなか優雅な動きですね。
「ア、アレックスだなんて! どうか僕の事はアレクと呼んでください!」
「あらそう? ならばアレク、一つ聞いておきたいのだけどよろしいかしら?」
コクコクコクと顔を上下させるアレク。
照れちゃってまだ上手に声が出ないらしいですね。
「アレク、貴方は世界を救った勇者。さらには誰もが認める大陸一の美しいと評判の殿方。それがどうしてわたくしなんかを付け回すのです?」
アレクは驚いた顔で目を見開いて言います。
「……も、もしや姫は気づいて――!?」
驚く顔のアレクに対し、キョトンと不思議そうな顔のエリザベータ。
「……? 貴方が頻繁にわたくしの事を見ている事ですか? バレバレですわよ?」
「そんな、ま、まさか……、魔王さえ欺いた僕の気配遮断を――」
「わたくしはこの国の姫。仲良しの精霊さんが教えてくれましてよ」
エリザベータは自らの、先が少し尖った耳を指差してそう言いました。
ここネジェリック大陸は、その東側の七割程度に人族を主とする者たちが暮らす緑豊かな大地。
対して西側三割、そちらは魔王を筆頭とする魔族が生きる不毛な大地。
それらを東西に分断する様に、大陸の西寄り北側に北ネジェリック山脈、南側に南ネジェリック山脈がございます。
分かりやすいでしょう?
そして人族と魔族は長らく争ってきましたが、若き魔族デルモベルトが魔王となった頃、それはかつてないほどに激化しました。
人族側も各国の騎士や冒険者たちが力を合わせて抵抗し、そしてその中で最大の戦力がこの勇者アレクでした。
彼の生い立ちなどはまたいつかお話しするとして、当時まだ幼いとさえ言えた彼は、国々の支援を受けて見事に魔王デルモベルトを打ち倒したのです。
そしてアレクは真の勇者として大陸中にその名を知らしめました。
しかし彼には魔族との戦いの最中、どうしても拭いきれない懸念と、どうしても譲れないモノが出来てしまったのです。
ですからアレクは魔王討伐後、本国で行われた自らの功績を讃える催しの中で言いました――
「僕は魔族への警戒のため、『魔の棲む森』に最も近い国を今後の拠点と致します!」
――と。
魔の棲む森とは、南北ネジェリック山脈の中央に位置する広大な森。
アレクの言い分、合理的ではあります。
魔族も人族も、基本的には魔の棲む森を通らなければ攻め込めませんからね。
そして魔の棲む森に最も近い国。
それがここ、エリザベータ姫の住むこの小国ですの。
「そ、それは勿論――」
なぜ付け回すのかと問われたアレクの口がようやく動き出しましたね。
「――あ、貴女に一目惚れしたからです!」
少し分かりにくいですけど、ボッとエリザベータの頬が赤くなりました。
一瞬の沈黙の後、今度はエリザベータが口を開きます。
「……わ、わたくしなんかの……一体どこに惚れたと言うのです!」
俯きワナワナと震える手でスカートを掴むエリザベータ。
それに対して、顎を引いてキッと口を引き結んだ、凛とした様子のアレクが言います。
「全てです! 貴女のその長く美しい紅髪! 紅髪によく映える肌理細かな緑色の肌! 僕の倍はありそうな肩幅! なんでも噛み砕けそうな逞しい顎! 力強い筋肉! その全てが愛おしい!」
アレクの言葉にリザ姫が緑の頬をボッとまた赤く染めました。
そうなんです。
リザ姫の名は、この国の名をそのまま姓としたエリザベータ・アイトーロル。
ここアイトーロルは、トロルの国。
エリザベータ・アイトーロルは、姫と言ってもトロルの姫だったのでございます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アレックスが既にアレクサンダーの愛称だとか、英名露名が混ぜこぜとか、そういう事はお気になさらず読んで下さいませね。
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