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四章✳︎父と子

119「ヨウジロウの拳」

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 どこかおかしいとは言え、さすがに我が子に対して刃を向けるカシロウではなかった。

 右手にぶら下げた二尺二寸の峰を返し、しかし問答無用で踏み込んで斬り上げた。



 ここの所、父カシロウの何かがおかしいと、当然ヨウジロウも気付いていた。

 『人を斬った事はない』と、天狗の里を出た日にそう言った父は柿渋男の襲撃以降、幾人かを斬った。

 ヨウジロウなりに考えた結果、父にこれ以上の人斬りをさせるべきではないと、そう思った結果こうなった。



 カシロウが斬り上げた二尺二寸を、ヨウジロウは半歩下がってスレスレでかわす。

 そして振り上げた二尺二寸を掻い潜り、カシロウの胸へと掌底を叩き込むべく懐へと潜ったその時、左肩へ強い衝撃を受けて蹈鞴たたらを踏んだ。


「なっておらんなヨウジロウ。そんな有様でこの父を、しかも無手で止めようとはな」


 慌てて飛び退いたヨウジロウ。
 打たれた肩の感じから、どうやら柄尻を落とされた様だと理解したが、それはつまり、カシロウの動きを目で追えなかったという事。


兼定二尺か『竜の力』か、どちらか使え。使わぬのであればもう帰れ。時間の無駄だ」

「ならば竜の力を使うでござるぞ!」

 そう返したヨウジロウは、その小さな全身へ竜の神力を漲らせてゆく。
 全身に漲らせた竜の神力、それはヨウジロウのあらゆる能力を底上げする。

 特に気張る事もなくやってのけるヨウジロウだが、それは、カシロウが十二年掛けて身につけた『鷹の翼』と同様のもの。

 我が子の成長を目の当たりにし、眩しいやら疎ましいやら、カシロウの心は複雑であった。

 
 やぁ、と掛け声を上げたヨウジロウが拳を振るう。
 今度はそれをスイと体を沈めて躱したカシロウが、ヨウジロウの胴を目掛けて二尺二寸を横薙ぎに斬りつけた。

「――!」

 峰打ちとは言えそれを、ヨウジロウはあろう事か膝で受けてみせた。

 ガツンと硬質な音を立てて二尺二寸を弾き、そしてそのままカシロウの顔面目掛けて拳を振り抜いた。


「――ちっ!」

 僅かに頬を拳が掠めたが、なんとか上体を捻って直撃を避けたカシロウ。
 後ろへ大きく一歩跳んで距離を取る。


「ヨウジロウ……、兼定を手放したのは……」

「もうバレたでござるか」

 悪戯が見つかった子供の様に、ヨウジロウはペロリと舌を出して言う。

「父上とチャンバラをしたんじゃ勝ち目がないでござるからな。ここは竜の神力でごり押しでござる!」


 ヨウジロウは全身からより一層の、濃密な神力を噴き出して、そしてそれをその身に纏わせた。


「父上こそ! もう帰って寝た方が良いでござるぞ!」


 ヨウジロウの体から、数え切れぬほどの神力弾が放たれた。



 ――以前、天狗から聞いた話をカシロウは思い出していた。

 ヨウジロウの竜の神力は、質や大きさを比較したとしたら、カシロウのトノのおよそ数百人分だと。



 その数百人分の神力による弾幕を前にし、カシロウは二尺二寸の峰を返した。

 ズドンズドンと音を立ててカシロウを襲い、たちどころに煙に包まれた橋の上。


 橋の長さは大体二十間≒36m、幅はおよそ四間≒7.2m
 城側南門にはハコロク、中央より城側にヨウジロウ、カシロウを包む煙は中央よりやや南。


 ヨウジロウからの弾幕が止んで少し、徐々に晴れゆく煙。

「いやいかついでんなぁ。これさすがにヤマオはんでも死んでまへんか?」

「それがしの父上でござるぞ? あれしきの事で参るようなら苦労はないでござるよ」


 警戒を解かずに煙の中を窺うヨウジロウに対し、さすがに無傷は有り得ないとタカを括ったハコロク。

 ヨウジロウの言葉に応えるように、全く無傷のカシロウがまだ残る煙から勢い良く飛び出して駆けた。


「時間が惜しい! とにかくお主だけは斬る!」

「わわわわワイでっか!?」


 カシロウは橋の端、欄干を蹴ってヨウジロウを避けて跳び、一目散にハコロク目掛けて駆ける。
 そして振れば切っ先の届く距離まで間合いを詰めたカシロウは、何の躊躇いもなく二尺二寸をハコロクへと振り下ろし――

「父上ぇぇっ!」

 ――割って入ったヨウジロウが掲げ上げたその腕で、ガィンとカシロウ渾身の一振りを受け止めてみせた。


「――ヨウジロウはん!」

「させんでござるよ!」


 カシロウは背にゾクリとしたものを感じて飛び退いた。

 ゾクリとした理由――
 

 ――割って入ったヨウジロウの動きが目で追えなかった事。

 ――ヨウジロウが素手で受け止めて見せた事。

 ――受け止められなかったら、愛する息子を叩き斬ってしまう所だった事。


 カシロウは、ハコロクを斬る事を諦めないが、この我が子が最も強大な壁だと改めて認識した。

 カシロウはぎらりと刃を向けたままの二尺二寸の峰を返さない。


退けヨウジロウ!」

退かんでござる!」


 カシロウは今唯一使える『鷹の目』を全力で発動させて、ヨウジロウの動きに備えた上でハコロクを狙う。

 しかしカシロウ、攻め込めない。

「……ヨウジロウ、もう一度言う。此奴こやつはリストル様を殺したのだ。退け」

「退かんでござる!」


 そしてヨウジロウは踏み込んだ。
 その体から無数の神力の刃をともに飛ばしながら。


「ぬぅりゃぁぁ!」

 カシロウも声を荒げ、二尺二寸を振ってそれに対処して、斬り裂かれる事もなく、全ての刃を叩き落として見せた。


 ――が。


「父上ぇぇぇぇ!」


 カシロウはヨウジロウの繰り出した拳を、完全に目で捉えたにも関わらず、ガツンと頬に喰らって弾き飛ばされた。

 ドカァンと欄干に叩きつけられて止まったカシロウは、痛む頬と背中をこらえて直ぐに立ち上がる。


「やるじゃないかヨウジロウ」


 そう言って再び二尺二寸を構えたカシロウの頭の中は、絞り出した言葉とは裏腹に大混乱の真っ只中。


 ――見えてはいた。
 しかし全く反応できなかった……?


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