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三章✳︎勇者襲来編

92「お喋りしに来たのか?」

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『……目の良いだけの矮小な宿り神よ。さぁ、神同士・ ・ ・でやろうぜ』

 カシロウの姿をした誰かは・ ・ ・、そう言って腰を落とし、穂先をイチロワへと向けた。


『宿り神だと……? あり得ぬ! そのような……、現世に干渉する宿り神なぞ聞いたことがなぁい!』

『知らねえよそんな事は。現に儂はただの矮小な宿り神。儂が特別だと言うならそうなんだろうぜ』

 当然、カシロウの姿をした誰かとは、その魂に宿る鷹の宿り神ト  ノが表出した姿。


 それを受け入れられぬイチロワは、有り得ぬ、有り得ぬ、と繰り返し呟いて、何か閃いたらしく顔を上げた。


『あの白虎を宿したクソガキの仕業であろう!? そうだぁ! そうに違いなぁぃ!』


 叫ぶイチロワに対し、呆れた顔で構えを解いて、立てた槍を抱くように腕を組んだトノが言う。


『なぁ神様、お主はお喋りしに来たのか? 儂はどうでも良いが、もうじきその白虎を宿したクソガキ……クソガキ? クソ爺いが助っ人に現れる気がするぜ?』


 ――組んだ腕を緩め、立てた親指で下を示してそう言った。


『……あ……、あぁ、そうだ。地下牢にいるんだったな。貴様を殺してあのガキも血祭りに上げねばならんのだ』


 イチロワは狼狽うろたえた素振りを消して、左手を背に回し、右手のサーベルを眼前に立てた。

『やっとやる気になったみたいで安心したぜ』


 再び腰を下ろし槍を構えたトノ。


『槍の三左さんざ、参る』


 前世での異名を名乗り、ギュッと雪駄を踏み込んで、イチロワのブーツのお株を奪うような超高速の踏み込み。

 イチロワから見て右、一間半≒2.7mの距離を置いて現れたトノ。


『ふんっ!』


 さらに速い突きが、ガラ空きのイチロワの腹へと突き込まれ――

『なんだ……!?』

 ――刺さりはせずに一尺≒30cmほどの所でピタリと止まった。


『甘いわ。そう何度も傷をつけられる訳にはいかん』

 クィントラの整った顔をいびつに歪め、イチロワがニヤリと笑ってそう言いながら、トノへとサーベルを突き入れた。


 しかしトノ、一つも慌てる素振りを見せず、槍の柄を持ち上げるだけでサーベルを弾いてみせた。

 再び雪駄を踏み込んで後ろへ飛んで距離を取る。


『ふむ、魔力だか神力だか知らんが結界を張っておる、と。しかもそちらの攻撃には干渉しない、と』

『ご名答。神力の結界で我を包んでおる。お前に我がそれを貫く事はできん。神力の量も質も桁が違う故な』


 再びトノが腰を落として構えをとった。


『そうかもな。でもだからってお主の方が強いとは限らんぜ。白虎の爺いもそんな事言ってやがったしな』

『白虎の爺い? 先ほどもそんな……、そうか、あの若造ももう爺いか……。ふ、ふふふ――』


 遠い目をしつつ、そんな事を話し出したイチロワに対し、柄尻近くを右手で握り前へ出した左手で柄を支える、ベーシックな構えを解かずにイチロワを凝視するトノ。


『――あのクソ餓鬼とな、初代の魔王となった男、我はこの二人とかつて――』


 トノはそれを無視、容赦なく先ほどと同様に槍を突き入れた。


『――無駄無駄。お前には貫けん。黙って話を聞け』

 先ほどと何ら変わらず、一尺の距離を保ってガキンと音を立てて穂先が止まる。

 しかし、それもトノは無視。

 素早く引いた槍を再び、寸分違わず同じ所へ突き入れる。
 二度三度四度と突き入れる。


『――魔王国建国の少し前、現在ディンバラと呼ばれる場所を――』

 トノの十文字槍が繰り返す、ガキンガキンという音がイチロワの話の腰を折る。

『だから無駄だ、めよ。同じ所を繰り返し突けば貫けるとでも考えておるのであろうが、そんな事では貫け――』


 引いては突きを繰り返していたトノ、槍を真っ直ぐ引かずに穂先を自らの背へ向けて――

『神様よ、やはりお主はお喋りしに来てるらしいな』

 ――弧を描くように、槍を水平に振り、イチロワの側面に叩きつける。
 ガァンと結界に当たりはするが、それも無視。


『ぬわぁぁぁぁりゃぁぁぁ!』


 力任せに振り抜いた。

 唸りを上げて吹き飛ぶイチロワとその結界。
 先ほどカシロウが頭から突っ込んで空けた壁の穴、そちらへ勢いよく飛んでズガンと壁にぶち当たった。


『……ぬぅ、なんたる力任せな攻撃か。繊細さの欠片かけらもない』

 頭を振って立ち上がったイチロワ。
 どうやら結界内のあちこちに体をぶつけたらしかった。


 距離を取ったまま、トノが槍の柄を右脇に挟んで腰を落とす。

『力任せなだけじゃねえさ。この宿主カシロウと違ってこんな事だってできるぜ』


 明らかに槍の穂先が届く距離ではなかったが、トノが水平に振るった槍から神力の刃が飛び出した。


『お、やっぱ出た。思った通り一つも効いてねえみたいだが』


 イチロワの結界を斬り裂く事もなく、結界に当たった中央部は消え去って、両端がイチロワの後ろの壁に刃の跡を刻んで飛び去った。


『チャチだな。そんなもの役に立たんわ』

『安心しろ。なにせ自分で戦うのは四十年振り、神のはしくれになってからは初めてなんだぜ。ちょっとした練習だよ』


 壁から離れ、ゆっくりとトノの方へイチロワが歩み寄る。
 目視はできないが、おそらくは結界も張ったままであろうとトノは当たりをつけた。

『ならばこれからは、もう少しまともな戦い方を見せてくれるのか?』

『ああ、任せとけ。ビビってションベンちびるなよ』


 ――同時に消えた二人。

 少し離れた所、水平に振るわれたトノの槍がイチロワへと迫る。

 対してイチロワ、それをサーベルで受ける事をせず、守りは結界に任せて、両断すべく槍の柄を狙って振り下ろした。


『いやいや、狙いは良いが、柄だって儂の神力製だぜ』


 十文字槍の柄でサーベルを弾き、そしてそのまま、再びイチロワを結界ごと叩き飛ばした。


『ぐぅっ――、ならば喰らえ! ダークネスアロー!』

 吹き飛ばされながらもイチロワ、カシロウへも放った魔術を放ってみせた。
 しかしトノ、慌てずに腰の兼定二尺二寸の柄に左手を掛けて笑った。


『想像の域を出ん奴よ。余りにも安易だぜ』


 トノの作る影から飛び出した闇の矢を、逆手で抜き打った兼定二尺二寸で一つ残らず叩き斬ってみせた。
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