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三章✳︎勇者襲来編
91「矮小な宿り神」
しおりを挟む『初めまして、聖王国アルトロアの勇者よ。我が名はイチロワ。神王国パガッツィオの神だ』
「は? 貴様はクィなんとかじゃろう? なに? イチロワ? 神? 呆けたのか?」
思っていたものと違うタロウのリアクションに、厳かな雰囲気を纏う自称神も面食らう。
『……確か地下牢でもクィントラ・イチロワと名乗った筈だが?』
「……そうじゃっけか?」
首を捻るタロウ、四つん這いのカシロウへと視線を遣る。
「ゲホっ……た、確かに……そう、名乗った」
「そうか?」
再びクィントラへと向き直ったタロウ、臆せず尚も言い募る。
「だからなんじゃ。ただの姓と名じゃろうが」
「……違う……、『イチロワ』は、神王国の神の名、だそうだ……ゲホっ」
深い呼吸を一つ二つ、壁に手をつきなんとか立ち上がったカシロウ、以前ラシャから聞いた話をタロウへ教える。
「神王国の勇者には、神の名イチロワが姓として与えられるらしい」
「……なら、さっき倒した勇者BもCも姓はイチロワじゃったのか?」
「そうなるな」
ようやく呼吸の落ち着いたカシロウ、タロウの隣りに並んで立った。
「お主らの目的はなんだ?」
『目的か……。我の目的は魔王国を灰塵に帰すことよ。随分と古い因縁があってな』
「魔王国を灰塵に帰す? まさかクィントラも……」
仲が良かった訳ではない。
ないが、それでも共に魔王国の下天、カシロウは俄かには信じられない。
『クィントラの目的なぞ知らん。ちょうどエスードの子が才に溢れておった故な、我が勇者にしてやったのだ』
それを無視してタロウが言う。
「最後の勇者が斬られたから親分が出張って来たって事か? それだとBとCが可哀想じゃろう」
『あの二人は我の魔力を籠めた神器を一つまでしか扱えなかった。だがこの男は違う。同時に三つ扱えるだけの器がある。我の依代となれる最低ラインだがな』
――器。
かつて天狗の里で、天狗に見せてもらったヨウジロウのあの巨大な器。
カシロウはあれの事かと思い至った。
「なら儂は? 儂の器ならいくつ使える?」
『お前の器ならば……十は使えるだろう――』
ほほぅ、と口を小さく丸めたタロウが、どうやら褒められたらしいと満更でもない顔を見せた。
『――だから儂の物になれ』
勇者BCよりも、先程のクィントラよりも、さらに速い動きでイチロワが姿を消して、タロウの顔を片手で掴んで持ち上げた。
「ぐぅぁぁ痛い痛いぁぁ――」
ギリギリと締め上げて、タロウが泡を吹いてギョロンと白目を剥いた。
「止めんかぁ!」
抜き打った兼定が空を斬る。
カシロウが目で追った先、再びイチロワが部屋の中央に姿を現し、物でも扱う様に部屋の隅へとタロウを放った。
『器も神力も大した事はないが、お前、我の動きが見えるらしいな』
二尺二寸を右手にぶら下げて、摺り足でイチロワへと近付くカシロウは何も答えない。
『どれ…………、ふん、鷹か。目が良いだけの矮小な宿り神。つまらん』
天狗の様に掌で輪を作る事もなく、イチロワは眉間に皺を寄せるだけで宿り神を言い当てた。
「目が良いだけかどうか、その身で確かめてみよ」
左手に鷹の刃を作り出し、そしてカシロウの頬の傷が真っ赤に染まる。
「トノ!」
『………………!!』
カシロウの全身から蒸気が立ち昇る。
顔も、月代も、全身が赤銅色に染め上げられる。
「死ねやぁぁ!」
渾身の力を籠めた二尺二寸の逆袈裟は紙一重で避けられて、さらに半歩踏み込んだ二尺の袈裟斬りも避けられた――
『それはもう見た。当たらぬわ』
――かに思われたが。
『ぬ?』
無理矢理に閉じられたクィントラの胸の傷跡、そこに極細の、新たな傷が二つ。
『ほぅ? 二刀ともか。大したものだ。しかしこんなかすり傷では死んでやれんな』
イチロワが指でなぞると跡形もなく傷が消え去り、そしてサーベルを抜いた。
『お前はいらん。死ぬがよい』
全身から蒸気を上げ、目を血走らせたカシロウが斬りかかる。
「ぬぅぁぁああああ!」
カシロウ、雄叫びを上げて二刀を振るう。
三度四度と、その剣尖はイチロワの皮膚を斬り裂いた。
しかし、浅い。
同様にイチロワの振るうサーベルも致命傷を与えられずにいるが、それでも如実に差が出てしまう。
イチロワは魔術も相当に達者だった。
『喰らえ、ダークネスアロー』
カシロウの体が作る影、そこから幾本もの漆黒の矢が飛び出でる。
その全てがカシロウの体を狙い、鷹の目でそれを見切って躱し、躱せぬものは二刀を振ってそれを叩き落とした。
そしてそれら全ての影の矢を避け、さらにイチロワが振り下ろしたサーベルを受け止めてみせたものの、続いて繰り出された肘には間に合わなかった。
「がはっ――、ぐぅぁあああ」
イチロワが大きく一歩踏み込んで繰り出した肘、カシロウの胸に直撃した体重の乗った重い一撃。
カシロウはその身を吹き飛ばされて、部屋の壁に叩きつけられ大穴を開けて止まった。
上半身を外壁の外へと投げ出させたカシロウへ、イチロワが満足そうに声を掛ける。
『いやいやどうしてどうして。そんな器にしては巧みな男よ。我が勇者にはなれんであろうが、どうじゃ神王国に来んか?』
イチロワがそう投げ掛けるが、カシロウは完全に失神中――
『行かんわ。馬鹿が』
――返事を寄越す事はない筈だった。
崩れて自分の体に乗った瓦礫を手で取り除き、カシロウはゆっくりとその身を起こして立ち上がる。
そして兼定を納刀し、言う。
『カシロウはな、この魔王国を出んよ。一本気な男ゆえな』
『お前……何者だ? 先ほどとは違うであろう!』
カシロウはニヤリと微笑んで、両手に輝く神力を溜めて鷹の刃を作り出したが、いつもよりも断然長い、全長およそ七尺《≒210cm》。
さらに先を三叉に分かれさせた。
『カシロウと違って儂はな、この十文字槍で戦う。この部屋ならば広いし天井も高い、問題なかろう』
槍の石突き部で床をゴンゴンと叩き、天井へ向けてブルンブルンと振ってみせた。
『お前は誰かと聞いておる!』
『……目の良いだけの矮小な宿り神よ。さぁ、神同士でやろうぜ』
カシロウの姿をした誰かは、そう言って腰を落とし、穂先をイチロワへと向けた。
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