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三章✳︎勇者襲来編
74「お主、何者だ?」
しおりを挟む魔獣の森との境界までおよそ十間の位置にカシロウ、さらにもう十間ほど後方にヨウジロウ。
そして森の際に、どことなく様子のおかしい、そわそわキョロキョロとする魔獣たち。
気持ちが前掛かり気味のカシロウが、ずんずんとそれへ向けて歩を進めようとするのをヨウジロウが嗜める。
「父上! 森へ近づき過ぎでござるぞ!」
「何を言うか。こんなものはな、ちゃちゃっと行ってバサッと斬れば良いのだ」
「……!」
カシロウの言葉に息を呑んだヨウジロウ、その頭に先程のトノの言葉が思い浮かぶ。
――前世のカシロウ。
普段とは当然、先程までトノと己れと三人で言葉を交わした父とも、やはり様子が違う。
しかしそれでも森へ踏み入るのは止めさせなければと、なおもヨウジロウが言い募ろうとした、その時――
ヨウジロウとカシロウのちょうど間あたり、ズドン! と何かが降ってきて大穴をあけた。
何事かとカシロウも歩を止め振り向き、ヨウジロウと同様にお互いの中央を見遣った。
先ほどヨウジロウが竜の玉であけた穴のすぐ隣。
新たな大穴を覆い隠す様に舞い上がった土煙が辺りに立ち込めていた。
「何事だ⁉︎」
「それがしにも良く分からんでござるよ」
土煙の中、新たにあいた大穴の中心に、どうやら人影らしきものが立ち上がるのが見て取れた。
「ヨウジロウ! 誰かいる、油断するな!」
「はいでござる!」
親子は土煙を挟んだままで警戒を強め、それぞれ兼定の柄に手を掛けた。
徐々に土煙が晴れてゆき、はっきりと穴の中央が見て取れた。
どうやら魔獣でなく、汚いながらもキチンと衣服を身につけた人らしい。
「……子供……か?」
カシロウが呟いた通り、穴の中央に立つのはヨウジロウとどっこいの背丈。
元は白かったであろう布を鼻から下と頭に巻き、その布の端を後頭部から背へと垂らした少年らしき者。
上下の服も布と同様に薄汚く汚れているが、その背に負った、身の丈に合わぬ大剣だけが新品のような輝きを放っていた。
「……お主、何者だ?」
カシロウの問いには一切答えず、大剣の少年は地を蹴り穴の縁へと跳び上がり、辺りをキョロキョロと伺って、唐突に叫んだ。
「だ……、だ、誰じゃぁぁあああぁ⁉︎」
その大声たるや、常人のそれではない。
カシロウやヨウジロウでこそ耐えられたが、森の入り口で蠢いていた魔獣たちは、泡を吹いて気絶する者と森の奥へと逃げ帰る者との二種類しかいなかった。
「誰だと言っとるんじゃぁ! 儂の友人たちを斬ったのは誰じゃぁ‼︎」
「……おい、お主の言う友人というのは、熊や犬の魔獣の事か?」
「あぁん? 何をわかり切った事をぬかすんじゃ。当たり前じゃろが!」
やはりそうかと溜め息一つ、カシロウは片手を上げて自白した。
「私だ。その辺りに倒れている魔獣たちは私が全て斬った。向こうの子供は関係ない」
カシロウはヨウジロウを指差してそう言った。
ヨウジロウが仕留めた三頭の牙犬については、ややこしくなりそうなので自分が斬ったことにする。
カシロウを見詰め、次にヨウジロウを見詰めた少年は口を開く。
「分かった。ならば貴様も死ぬが良い」
背に負った大剣を引き抜きながら、覆面少年がカシロウ目掛けて地を蹴った。
カシロウとの距離、十間と少しを瞬きほどの間に詰めて、その自身の背と変わらぬほどの大剣を振り下ろした。
ジャリンとけたたましい金属音を上げて、カシロウがそれを兼定で受け止めた。
「ほう、まさかこの儂の剣を折れずに受け止めるとはな。良い剣じゃ」
「そうだろう。自慢の業物だ」
「ふん。剣は良いがな、腕の方はまだまだじゃな」
「……なに?」
少年は押し合っていた剣を少しだけ引き、わずかに流れたカシロウの体を、今度は剣を巻き込むように押し込んで横へと押す。
僅かに一歩、蹈鞴を踏んだカシロウは、一歩だけとは言え致命的な隙を晒した。
「終わりじゃい」
少年が袈裟に振り下ろした大剣が、達人の剣速を持ち、正しい軌道でカシロウの延髄へと振り下ろされた。
「…………あれ? どこじゃ?」
「こっちだ。お主も大した腕ではないらしいな」
これは多分にカシロウの強がりを含んでいる。
今の一撃は、一瞬死を覚悟したほどであり、現在カシロウの内心は早鐘を打つようにドキドキしていた。
『鷹の目』が元々全開で、さらにいつでも使える様に準備していた『鷹の羽』の発動が、脚のみながらギリギリ間に合った。
カシロウがアレを躱せたのは、ただそれだけが理由である。
少しだけ睨み合う間を設け、そして再び切り結ぶ二人。
すでにどちらも本気である。
カシロウは左に『鷹の刃』を作り出して二刀で戦い、少年も息苦しいのか顔に巻いた布をずり下げて戦っている。
(恐るべき強さ。まさか私が押されているとは……)
(このちょんまげ、思った以上にやるのじゃ)
そして二人は、お互い同時に捨て身の一撃を繰り出した。
どちらの切っ先が相手に速く当たるか、ただそれだけの勝負。
負ければざっくり抉られて、運が悪ければ死ぬ、ただそれだけの。
軍配はどちらに――
「もう止めるでござる!」
――も上がらなかった。
割って入ったヨウジロウが、己れの兼定で父の兼定を、左手に作り出した神力の大剣で少年の大剣を、それぞれ受け止めてみせた。
「二人とも! もう止めるでござるよ! 分かったでござるか⁉︎」
「……お前、その大剣……」
「……なんじゃこの子供は……」
「分かったら返事をするでござる!」
「「わ、分かった」」
コクコクと、命懸けで斬り結んだ二人は仲良く頷いた。
「話を戻すでござるぞ。父上、最初にした質問からやり直しでござる」
えぇっと……と、何と言ったか思い出そうとするカシロウ。
『………………』
「あぁ、そうでした。忝ない」
トノに礼を言ったカシロウ、改めて問う。
「お主、何者だ?」
少年は下ろした覆面を再び上げて顔を隠し、やや大股で立ち、両腕をクルリと回してグッとポーズを決めて言った。
「儂の名は――――、キョウゴクマン!」
『「「………………」」』
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