67 / 134
三章✳︎勇者襲来編
64「よそよそしい国」
しおりを挟むクィントラお勧めの店『ヒルスタ』を出て無言で二人で少し歩き、不意にクィントラが口を開いた。
「僕はな。オマエの事が嫌いだ」
立ち止まりそう言ったクィントラを置いて、カシロウは数歩歩いて立ち止まり、振り返ってこう言った。
「……大丈夫、私もお前が嫌いだ」
ふん! と鼻を鳴らしたクィントラがカシロウに並び、再び歩き出した。
「僕はな、物心ついた頃から頑張ってる。誰よりも努力してるし誰よりも才能もある。下天になるのも当然なんだ」
カシロウはクィントラのこういう所が嫌いだ。
言っている事は大方嘘でも大袈裟でもない。トップレベルの才能と努力は誰もが認める所である。
「僕ほどの男なんだから当然なんだ」
自分でそれを言う醜さに気付かぬものかと、長い付き合いの中で何度思ったことか。
「それに比べてオマエはどうだ。魔術も使えない! 軍を率いる才もない! できるのはチャンバラと土木工事だけ! ただ『無から生まれた転生者』だと言うだけじゃないか!」
『………………』
「……しぃっ!」
「……しぃっ? どういう意味だ?」
「いや、気にするな。続けてくれ」
トノはカシロウの耳元でこう言った。
『強ち間違いではないな』と。
カシロウも思わなくはないのだ。
自分は他の四青天と比べて役に立っているのか、と。
魔術の才がないのはしょうがないと思うが、軍才がないのは辛い。
もしカシロウに軍才があれば、魔王国軍は七から十軍の四つの軍を持つ事になり、ここの所のややこしい国政にも対応しやすい筈である。
さらに新婚のヴェラとリオに二人の時間をもっと持たせてやれた筈だ。
その分カシロウは土木工事を一手に受け持っているとは言え、やはり少し、肩身が狭い。
だからクィントラの言い分も聞ける、聞こうと思える、のだが――
釈然としない顔ながらクィントラが続けて言う。
「……なのに下天に取り上げられて、……なのに、……なのにユーコーさんを!」
(…………結局はそこなのだ)
ユーコーを手に入れられなかった事が、クィントラの持つカシロウへの憎しみの根幹なのだ。
「オマエはただリストル様のお気に入りだったと言うだけ。リストル様が居なくなったオマエなんか、この魔王国に不要なのだ」
少し、確かにそうかも知れないと思うカシロウ。
依怙贔屓とまでは思わないが、リストルは確かに己れに良くしてくれた。
兄であり父であったリストル、彼の居ない魔王国に、少し、よそよそしさを感じている。
明日はそのリストルを悼む会、その翌日はビスツグの即位を祝う会。
悼む気持ちも、祝う気持ちも、ビスツグへの忠誠もあるが、なんとなく、どちらももうどうでも良いと感じるカシロウがいた。
「そうだな。そうかも知れん。私は魔王国に必要な者なのか、今一度考えてみるよ」
想定外のカシロウの言葉に、クィントラが一瞬言葉に詰まり、思い出したように言葉を吐いた。
「……ふん! オマエの事なんか知るか! 僕は四青天なんかで終わる男じゃない! 今に見てろ、僕がオマエを追い出してやるからな!」
クィントラそう勢い良く言い捨て踵を返し、来た道を歩き始めた。
「おい、お前の家そっちじゃないだろう」
「うるさい飲み直しだ! ついて来るなよ!」
恐らくはヒルスタに戻るのであろう。そのクィントラには聞こえないほどの声で一人呟いたカシロウ。
「……参ったな」
『……?』
「いや、先ほどの店ヒルスタには私も通いたいんですが、クィントラに会うかも知れんと思うとなかなか行けないな、と」
『………………』
「そうですね。ボロカスに言われましたが、案外平気ですね」
カシロウはトノにそう声を掛け、どことなくぼんやりと、見えなくなるまでクィントラの背中を見遣ってから、少し俯きながら王城へと歩き出した。
● ● ●
王城のすぐ北の広場、トザシブに暮らすほぼ全てのディンバラの民が集まっていた。
昨日しめやかに行われた悼む会とは打って変わって、盛大な盛り上がりを見せている。
三階、王の間に面したテラスに立ち、国民たちに手を振るビスツグ。
その脇を固める下天に加え、ビスツグに懇願されたヨウジロウとハコロクも目立たぬように端に立っていた。
軍務に出ているヴェラとリオは当然だが、そこにカシロウの姿はなく、四青天からはクィントラのみが出席している。
それにややこしい理由などなく、周知の件と同様、カシロウはサボったのだ。
カシロウは一人、道場にて兼定を振るっていた。
夜明けからおよそ二刻、端座しては剣を振り、剣を振っては端座を繰り返していた。
朝二つの鐘が鳴り、汗を拭ったカシロウは併設のグラウンドに降り立ち、王城の方へと視線をやった。
『…………?』
「ええ、行きません」
『…………?』
「……怒られるでしょうね……。でも良いんです」
ここからでは見えない王城へ、再び視線をやったカシロウ。
その胸に映るものはビスツグの即位でなく、己れが天から降り落ちた、四十年前のリストルの即位の日ののこと。
一つも記憶にはないが、幾度となくリストルから聞かされたそれは、色を持って鮮明に映し出されていた。
昨日の悼む会でのこと、カシロウが見た限り周りの人々は心から悼む気持ちを露わにしていたが、心の奥では翌日に控えた即位を祝う会へ明らかに意識を向けていた。
『呪い』のせいであろうが、己れでさえ同じように早々とビスツグへと忠誠を向けている事が、カシロウは許せなかった。
その己れの心へ反抗を表すために、今日はサボった。
その瞳から、一筋の滴がこぼれた時、聴き慣れたダミ声が耳に届いた。
「おぅなんでぇ! カシロウ……様じゃねぇか。良いのかよこんなとこ居てよぉ」
「ケーブにナッカにマツか。お主らは参加せんのか?」
「オラっち達ゃ他所者だからよぉ、王様が変わったつってもピンと来ねえしよ、工事も休みだし好きな事すっかってよぉ」
「それで道場か、お主らも変わったものだな。よし、どうせだから稽古しようか」
「おう、軽くだぜ軽く。楽しいやつやろうぜ」
色々悩ましい事だらけ、考えることだらけだが、久しぶりに全て忘れて屈託なく、ケーブらと良い汗を流したカシロウだった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!
宇水涼麻
ファンタジー
アンナリセルはあわてんぼうで死にそうになった。その時、前世を思い出した。
前世でプレーしたゲームに酷似した世界であると感じたアンナリセルは自分自身と推しキャラを守るため、攻略対象者と距離を置くことを願う。
そんな彼女の願いは叶うのか?
毎日朝方更新予定です。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる