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三章✳︎勇者襲来編

64「よそよそしい国」

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 クィントラお勧めの店『ヒルスタ』を出て無言で二人で少し歩き、不意にクィントラが口を開いた。

「僕はな。オマエの事が嫌いだ」


 立ち止まりそう言ったクィントラを置いて、カシロウは数歩歩いて立ち止まり、振り返ってこう言った。


「……大丈夫、私もお前が嫌いだ」


 ふん! と鼻を鳴らしたクィントラがカシロウに並び、再び歩き出した。


「僕はな、物心ついた頃から頑張ってる。誰よりも努力してるし誰よりも才能もある。下天になるのも当然なんだ」


 カシロウはクィントラのこういう所が嫌いだ。

 言っている事は大方おおかた嘘でも大袈裟でもない。トップレベルの才能と努力は誰もが認める所である。


「僕ほどの男なんだから当然なんだ」


 自分でそれを言う醜さに気付かぬものかと、長い付き合いの中で何度思ったことか。


「それに比べてオマエはどうだ。魔術も使えない! 軍を率いる才もない! できるのはチャンバラと土木工事だけ! ただ『無から生まれた転生者』だと言うだけじゃないか!」


『………………』
「……しぃっ!」


「……しぃっ? どういう意味だ?」

「いや、気にするな。続けてくれ」



 トノはカシロウの耳元でこう言った。

 『あながち間違いではないな』と。

 カシロウも思わなくはないのだ。
 自分は他の四青天と比べて役に立っているのか、と。

 魔術の才がないのはしょうがないと思うが、軍才がないのは辛い。
 もしカシロウに軍才があれば、魔王国軍は七から十軍の四つの軍を持つ事になり、ここの所のややこしい国政にも対応しやすい筈である。

 さらに新婚のヴェラとリオに二人の時間をもっと持たせてやれた筈だ。

 その分カシロウは土木工事を一手に受け持っているとは言え、やはり少し、肩身が狭い。
 だからクィントラの言い分も聞ける、聞こうと思える、のだが――

 
 釈然としない顔ながらクィントラが続けて言う。

「……なのに下天に取り上げられて、……なのに、……なのにユーコーさんを!」



(…………結局はそこなのだ)


 ユーコーを手に入れられなかった事が、クィントラの持つカシロウへの憎しみの根幹なのだ。


「オマエはただリストル様のだったと言うだけ。リストル様が居なくなったオマエなんか、この魔王国に不要なのだ」


 少し、確かにそうかも知れないと思うカシロウ。

 依怙贔屓えこひいきとまでは思わないが、リストルは確かに己れに良くしてくれた。
 兄であり父であったリストル、彼の居ない魔王国に、少し、を感じている。


 明日はそのリストルを悼む会、その翌日はビスツグの即位を祝う会。

 悼む気持ちも、祝う気持ちも、ビスツグへの忠誠もあるが、なんとなく、どちらももうどうでも良いと感じるカシロウがいた。


「そうだな。そうかも知れん。私は魔王国に必要な者なのか、今一度考えてみるよ」


 想定外のカシロウの言葉に、クィントラが一瞬言葉に詰まり、思い出したように言葉を吐いた。


「……ふん! オマエの事なんか知るか! 僕は四青天なんかで終わる男じゃない! 今に見てろ、僕がオマエを追い出してやるからな!」


 クィントラそう勢い良く言い捨てきびすを返し、来た道を歩き始めた。

「おい、お前の家そっちじゃないだろう」

「うるさい飲み直しだ! ついて来るなよ!」


 恐らくはヒルスタに戻るのであろう。そのクィントラには聞こえないほどの声で一人呟いたカシロウ。

「……参ったな」
『……?』

「いや、先ほどの店ヒルスタには私も通いたいんですが、クィントラに会うかも知れんと思うとなかなか行けないな、と」
『………………』

「そうですね。ボロカスに言われましたが、案外平気ですね」


 カシロウはトノにそう声を掛け、どことなくぼんやりと、見えなくなるまでクィントラの背中を見遣ってから、少し俯きながら王城へと歩き出した。




● ● ●

 王城のすぐ北の広場、トザシブに暮らすほぼ全てのディンバラの民が集まっていた。

 昨日しめやかに行われた悼む会とは打って変わって、盛大な盛り上がりを見せている。


 三階、王の間に面したテラスに立ち、国民たちに手を振るビスツグ。
 その脇を固める下天に加え、ビスツグに懇願されたヨウジロウとハコロクも目立たぬように端に立っていた。


 軍務に出ているヴェラとリオは当然だが、そこにカシロウの姿はなく、四青天からはクィントラのみが出席している。

 それにややこしい理由などなく、周知の件と同様、カシロウはサボったのだ。


 カシロウは一人、道場にて兼定二尺二寸を振るっていた。
 夜明けからおよそ二刻、端座たんざしては剣を振り、剣を振っては端座を繰り返していた。


 朝二つの鐘が鳴り、汗を拭ったカシロウは併設のグラウンドに降り立ち、王城の方へと視線をやった。


『…………?』

「ええ、行きません」

『…………?』

「……怒られるでしょうね……。でも良いんです」


 ここからでは見えない王城へ、再び視線をやったカシロウ。
 その胸に映るものはビスツグの即位でなく、己れが天から降り落ちた、四十年前のリストルの即位の日ののこと。

 一つも記憶にはないが、幾度となくリストルから聞かされたそれは、色を持って鮮明に映し出されていた。


 昨日の悼む会でのこと、カシロウが見た限り周りの人々は心から悼む気持ちを露わにしていたが、心の奥では翌日に控えた即位を祝う会へ明らかに意識を向けていた。


 『呪い』のせいであろうが、己れでさえ同じように早々とビスツグへと忠誠を向けている事が、カシロウは許せなかった。


 その己れの心へ反抗を表すために、今日はサボった。
 

 その瞳から、一筋の滴がこぼれた時、聴き慣れたダミ声が耳に届いた。


「おぅなんでぇ! カシロウ……様じゃねぇか。良いのかよこんなとこ居てよぉ」

「ケーブにナッカにマツか。お主らは参加せんのか?」

「オラっち達ゃ他所者よそものだからよぉ、王様が変わったつってもピンと来ねえしよ、工事も休みだし好きな事すっかってよぉ」

「それで道場か、お主らも変わったものだな。よし、どうせだから稽古しようか」

「おう、軽くだぜ軽く。楽しいやつやろうぜ」



 色々悩ましい事だらけ、考えることだらけだが、久しぶりに全て忘れて屈託なく、ケーブらと良い汗を流したカシロウだった。


 
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