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三章✳︎勇者襲来編
62「頭と心」
しおりを挟む「結論から言って――――外交問題だな」
そう言ったラシャの言葉にカシロウとトミー・トミーオは驚いた。
「何言ってるでヤンスか。例え他国の勇者であっても相手は辻斬り犯でヤンスよ?」
そうトミーオが詰め寄るが、ラシャが渋い表情で顔を振って言う。
「勇者というのも確かに拙い。しかしもっと拙いのは、エスードの一族だという所なのだ」
「……エスードの?」
エスード、それは序列九位・クィントラ・エスードの姓であり、ここトザシブでも一二を争う商家の名。
ダナンの遺体を指差してラシャが続ける。
「考えても見ろ。一番簡単なのは、コレが神王国パガッツィオの勇者なぞと知らぬ振りでただの辻斬り犯として処理して闇に葬り去ることだ」
「ならそうしたら良いでヤ――」
「――しかしこのダナン・イチロワがクィントラの従兄弟ならばそれは難しい。エスード商会相手に揉み消すのは簡単ではないのだ」
クィントラの父でありエスード商会のボス、タントラ・エスードは有能辣腕、エスード商会の儲けも魔王国の儲けも神王国の儲けもきちんとバランスを取って商いを行なっている。
それを相手に事が露見すれば、ただでは済まないのは火をみるよりも明らか、分の悪い賭けとなる。
「けどホントに従兄弟なんでヤンスか? クィントラとは姓が違うでヤンスよ?」
「それが拙い事のもう一点だ。ダナン・イチロワの『イチロワ』とはな、神王国で崇拝される神の名。神王国で勇者認定を受けるというのは、神イチロワに認められたという事なのだそうだ」
魔王国で行政を担う三朱天、中でも外交を主に担当するのはこのラシャ・シュオーハ。
彼ほど国外のことに精通する者はいない。
「ユウゾウや二白天、それにビスツグ様とも諮らねばなるまいが、手を拱いているよりはこちらから動くべきだろう」
「けど……、辻斬りでヤンスよ?」
「だからこそだ。事の顛末を先方に伝え、こちらに非がない事を明らかにする必要がある。死傷者二十八名、当然それを斬ったヤマオを責めるものではない」
ラシャはそう言い、続けて鋭い声音で21を呼んだ。
「ニーイチ!」
「は。ここに」
速やかに現れたニーイチへテキパキと指示を与えてゆく。
「この遺体を地下に保管せよ。仕掛けの無い方の部屋だ」
「は、畏まりました」
● ● ●
カシロウはニーイチに手伝いを申し出た。
そして現在、ダナンを袋に入れて、前後に別れてそれぞれの肩に渡した棒にそれを吊るして地下への階段を降っている。
「すみませんヤマオ様。前は重いでしょう?」
「いやなに、これしきの事、ダナン殿はそれほど大きい方ではないですから」
「ま、しょうがないよ。この中じゃヤマオさんが一番背が高いんだから。バランスバランス」
天狗もついてきているが、手は出さずに口出しだけしている。
「ところでヤマオさん、アレはどんな感じ?」
「アレ? なんです?」
「ほら。ダナンさんが言ってたじゃない。『殺せば殺すほど強くなる』ってやつ」
「あぁ、あの時ダナン殿にも言いましたが、やはり実感としては何も変わりませんよ。人を斬った後に感じるのは、ただ虚しさだけです」
首を捻るニーイチへ向けて、天狗がダナンの言葉を掻い摘んで説明した。
「そんな理由で辻斬りとは……、酷い奴がいたものですね」
「ホントだよねー」
痛ましい顔のニーイチに対し、軽い相槌を打つ天狗。いつも通りである。
「しかし今回の辻斬り犯と違って、戦いの中で死線を潜り相手を斬る、それを幾度と繰り返したとしたら、当てはまるかも知れませんね」
――ああ、確かにそうだ。
カシロウはそう思った。
前世のカシロウはトノと共に、幾度も戦場に出て幾人も斬った。
それこそダナンの様に二十や三十では無い。
武将でもないカシロウが、主君から兼定を賜わる程に斬りまくったのだ。
それこそニーイチが言うように、死線を潜り抜けまくって、である。
自分の前には誰もいない薄暗い階段、一段一段降る中、カシロウは己れの心を見詰めてみる。
ダナンを斬った昨夜、魔王リストルを喪い、魔王ビスツグを得た。
荒れ狂った心の中を、奇妙なほどに落ち着いた心で見詰めてみる。
やはり衝撃はリストルを喪った事が大きい。
それにホッとする反面、血の滾りを感じるのは、ダナンと死闘を繰り広げ勝った――
――いや、斬った事。
そんな筈はないと、頭の中で首を振る。
己れでも勿論分かっている。
――強敵と戦う事、斬り結ぶ事、それを確かに楽しむ自分がいる事を。
――しかし、柿渋男《ハコジ》やダナンがいくら悪人であっても、己れから進んで斬りたいと思っている訳ではない。
例え戦う事が楽しいのは否定できなくとも。
それが、カシロウが頭で考えた答えである。
――心で考えた答えは……、
そうカシロウが思った時、すでに踊り場に踏み入っていたらしく、差し出した次の足は想定より早く床を踏んで、ガクリと膝を崩した。
「――ぬぅっ⁉︎」
「階段で考え事しちゃ危ないよ?」
いつの間にか隣にいた天狗、腰に腕を回してカシロウの体を支えてくれていた。
「……これは忝ない」
「良いって事さ」
今度はちゃんと足元を確認しながら続きを考えようと試みたカシロウだったが、どうやら心の根っこの部分らしく、深く思考に潜らなければ考えは纏まりそうになかった。
(ま、良い。今夜にでもゆっくり考えよう。トノに相談してみても良いし)
そう考えて、一旦忘れて作業に集中したのだが、夜に別の用事が発生した。
「カシロウ、今夜呑みに行こう」
そう言ってカシロウを誘ったのはクィントラだった。
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