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一章✳︎あの日の誓い
25「カシロウの誓い」
しおりを挟むカシロウ親子が天狗の里を離れて僅か三日、早くも魔王国首都トザシブが遠望できるところまで来た。
夜はちゃんと休んだが、迷子になった分を抜けば、行きに較べておよそ半分で済んだ。
鷹の力のお陰だろうかと思うカシロウだが、実感としては鷹に力を与えられた覚えはなかった。
カシロウは自嘲の笑みを零す。
(不思議な力が自分に宿ると聞いた途端にこれだ。我ながら現金なことだな)
門衛に十天の十位ヤマオカシロウが戻ったと告げ、トザシブの北門を抜けた。
トザシブを離れ二十日弱、ようやく戻ってきた気がする。
結果的には大体予定の二十日より短かったのだが、なんだか途轍もなく密度の濃い旅となった。
「ほぅ? ヨウジロウに竜が棲んでいるだと?」
――何を訳の分からぬ事を。
リストルの表情はそう言っている。
カシロウは自室に戻ることなく、ヨウジロウを抱いたままで魔王リストルの元へと参内し、手短に簡潔に説明した所である。
「はい。ヨウジロウは不満を感じるとその竜の神力を刃の形で投げつけておったそうにございます」
カシロウのその言葉の後に続いたのはウナバラ。
「して、今はその心配は無いと……」
リストルの私室にて、リストル、カシロウ、それにウナバラの三人による密談である。
より詳細に、誰しもその身に宿り神を宿すという事、そしてそれがヨウジロウの場合は巨大な力を持つ竜であるという事。
「ふぅむ、俄かには信じられん話よ」
「真ですな。その、なんだ、宿り神とやらの存在もそうだし、この小さな赤子に強大な力を持つ竜が棲むという事も俄かには……」
「同感ではございますが、確かに天狗殿の白虎とヨウジロウの竜をこの眼に致しました。私にはもう信じる事以外には出来ませぬ」
リストルがもう一度、ふぅむ、と漏らして腕を組んだ。
「で、天狗殿は今後どうせよと仰っておいでだ?」
「どうせよという訳ではありませんがご提案を頂きました。私は天狗殿の下で修行に入り、ヨウジロウも数年後には、共に天狗殿の下で力の制御を学ばせようと思います」
「どういう事だ?」
カシロウは二人に説明する。
今後、育ち方によってはヨウジロウが強大な力を持つ善にも、はたまた悪にも、そのどちらにも育つ可能性がある。
万が一その力が悪に染まる様であれば、カシロウ自らがその力を止めるべく腕を磨き続けなければならないと。
「止めるという事は、山尾、お主自らが陽士郎を……」
「斬ります」
すでに考えあぐねた誓い、カシロウは躊躇いなくそう答えた。
父としての責任は、それをもってしか達せられないと考えたから。
「願わくは、真っ直ぐに正しく育って欲しいものですがね」
苦笑いのカシロウは、途中で寝てしまったヨウジロウの頬を指で突いてそう零した。
● ● ●
日が落ちて少し、カシロウが我が家の扉を開こうと手を伸ばすと、そのタイミングを見計らったように向こうから引き開けられた。
「遅くなって済まなかった」
「……ホントに心配したんですからね?」
その美しい翡翠色の瞳の眦を少し吊り上げた愛妻がそう言って、そして不意に柔らかく微笑み、
「けど、とにかく無事で帰ってきてくれて何よりです」
そう続けた。
「ああ、何とか大怪我せずに帰れたよ。ただいま、ユーコー」
ヨウジロウに付けられた頬の傷を、指でカリカリと掻いたカシロウがそう返して微笑み、眠ってしまったヨウジロウをユーコーに手渡す。
受け取ったユーコーは、健やかに寝息を立てる我が子の顔をじっと見詰め、深い吐息と涙を溢し、再び微笑んだ。
ヨウジロウをベビーベッドに寝かせ、カシロウはリストルとウナバラにしたのと同じ説明を再びユーコーに話して聞かせた。
「この子に……、竜、ですか……」
「そんなに驚かないんだな」
思っていたよりも断然、ユーコーは落ち着いて冷静に話を最後まで聞いた。
「驚いてはいますよ。でもね、貴方と私の子供だから。只者じゃないに決まってるもの」
「……なるほど。そうか、そうだな。そうかも知れん」
「でしょう?」
珍しく少々のアルコールと、軽めの食事を二人で摂って夕食とした。
少し頬に赤みの差したユーコーが、ほぅ、と吐息を漏らして口を開いた。
「貴方は近いうちに天狗さまの下へ行かれるのですね?」
「あぁ。一日でも早く伺いたいと思っている」
「ヨウジロウはいつ頃?」
「天狗どのの言い様からは、恐らく五歳頃まではここで平気だろうが、早まる事はあれ、遅くなる事はないだろうな」
少しの間を開けて再びユーコーが口を開く。
「……私は?」
「……私とヨウジロウを信じて、ここで義母上と共に待っていて欲しい」
クイ、っと空けたユーコーの猪口に、ゆっくりとカシロウが酒を注ぐ。
「貴方とヨウジロウを信じて、待ちます」
そう言って、ユーコーは再び猪口を空けた。
ヤマオ・カシロウ二十八歳、この十日ほど後に天狗山へと一人で向かう。
彼が愛妻と共に暮らす生活に戻るのは、この年から十二年後のことだった。
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