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一章✳︎あの日の誓い

10「ヴィショップ倶楽部にて」

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「そろそろ来るかもと噂しておった所だ。昼間の事件についてだろう?」

「噂して……、ですか?」

 番頭が言った「主人は来客中」という言葉を思い出して、嫌な予感を覚えたカシロウは言葉に詰まる。


「ちげーよ。クィントラじゃなくてトミーだよ」

「あ、左様で。トミーオ殿がお見えでしたか」


 三朱天の一人、序列六位トミー・トミーオ。


 ウナバラとトミーオは幼馴染であり、親友と呼び合う仲。
 カシロウとトミーオは『割りと親しい』という程度である。

「まぁ上がれ。俺も話がある」



 雪駄を脱いで框を上がり、ウナバラの後を続いて廊下を進むカシロウ。

「晩飯まだだよな?」

「ええ」

「じゃ支払いは気にしなくていいから食ってけ。陽士郎氏は離乳食始めてるか?」

 カシロウ、『よしっ!』と心の中でガッツポーズ。

「お言葉に甘えさせて頂きます。離乳食は一月ひとつき程前からですが」

 顎に手をやり、ふむん、と考える素振りのウナバラ。

「なら三分粥さんぶがゆだな。ちょいと店の者に頼んでくるから先に行っててくれ。離れの座敷だ」



 ウナバラのヴィショップ倶楽部はこの世界では相当に珍しい、カシロウが前世で慣れ親しんだ純和風の木造建築である。

 板張りの廊下を抜けて中庭へと出、そのまま渡り廊下を通って離れへと向かう。



「陽士郎、中に ワがいるが、噛み付いたりはせぬ。騒ぐなよ」


 陽士郎にそう小さく声をかけて障子を引こうとしたカシロウに、部屋内から声が飛んだ。


 とは言ってくれるでヤンスね。こう見えてワテクシ、オタクの上司でヤンスよ?」


 片目を閉じたカシロウがしかめっ面をした。

(しまった、相手はあのトミーオ殿、聞こえていたか。…………ま、言ってしまったものはしょうがないか)


「いやー、あぁっはっはっは! 流石はトミーオ殿、相変わらず良い耳をしておられる!」


 色々と諦めたカシロウはもう思い切って障子を引き開け、敢えて大声で笑いながら座敷に踏み入った。


「参った参った! 流石はトミーオ殿でござる!」

 そしてその勢いのまま障子近くの座布団に腰を下ろして徳利とっくりを取った。


「まぁ、別に? 怒ってる訳ではないんでヤンスよ?」


 トミーオもカシロウに併せて猪口を取り上げ、カシロウの持つ徳利に向ける。
 しかしその目はジッとカシロウの背、ヨウジロウに向けられて、その犬顔は蕩ける様に柔和であった。

「ヨウジロウ殿、初めましてでヤンスね~♪  ワでやんすよ~♪」

 犬の獣人、トミー・トミーオが大の子供好きであった事を思い出し、事なきを得たカシロウはホッと胸を撫で下ろした。



「おぅ、やってるか?」

 開いた障子から顔を覗かせたのは、ここの主人あるじウナバラ・ユウゾウ。

「遅いでヤンスよ。今日は倶楽部の方には出てないんダショ?」

「すまん、陽士郎氏の三分粥を頼んだんだが、ちと口出しのつもりが長くなった」


 ウナバラがそう告げて座に加わり、トミーオを見詰めた。


「……またか」

「羨ましいでヤンスか?」


 キャッキャと楽しそうな声を上げるヨウジロウが、トミー・トミーオに抱かれ首の辺りの毛をモフモフモフモフと撫で回していた。

「いや、俺はオマエほど子供好きじゃない。羨ましくない」

「ふん、そういうことにしとくでヤンス」



 店の者がいくつかの料理と酒や飲み物を運び終えたのを見計らって、カシロウが口を開いた。

「○△H◻︎♯¥K○……」

「こちらの言葉で話せ。トミーオなら大丈夫だ」

「? ……あぁ、お前たちの居た世界の言葉でヤンスか。カシロウがおかしくなったかと思ったでヤンス」

「……失礼。昼の件ですが、単刀直入に言って、犯人はこの――」

「陽士郎氏だろ? 違うか?」

「――我が子、陽士郎にござ――」


 そこまで言ったカシロウが慌てて顔を上げた。


「まさか、お二人とも分かっていらしたんですか?」

 カシロウは、さすがのウナバラとトミーオでも驚くだろうと思っていた。
 しかし、カシロウの言葉に二人はゆっくりとうなずいた。

「まぁな。クィントラの耳の断面を見れば色々と分かる。明らかに後方、お前の机方向からの攻撃。さらに魔力の残滓はなし、魔術でも精霊の仕業でもない」

「加えてお前とお前の従者に嘘をついていなかったのは間違いないでヤンス。心臓の音、呼気の匂い、皮膚の湿り、全てがそう言っていたでヤンスよ」

「具体的な手段は分かんねぇが、トミーオの鼻と耳を信じれば、犯人は陽士郎氏しかいねぇよ」


 ウナバラのその類い稀な頭脳とトミーオの常人離れした感覚により、二人は犯人を導き出していた。


「でしたら……、何故私は無罪放免に……?」


 ウナバラとトミーオが、キョトンとお互いの顔を見詰め合った。


「何故って……、オマエ犯人じゃないじゃん」

「ヤマオ犯人説は有り得ないでヤンスね」


 二人の態度に動揺を隠せないカシロウはさらに言い募る。

「い、いや、しかし、我が子の仕出かした事は――」


「なら証明しろ。陽士郎氏が犯人だとな。出来たら罰してやる。さぁ、しろ。…………どうだ出来んだろ」


 カシロウは太腿の上で握り締めた手を見詰め口を開いた。


「出来ません」

「そうだろ。推測は出来ても俺にだって無理だ。しかも考えてもみろ」

「と、言いますと?」


 ピンとこないカシロウに二人が言う。


「ゼロ歳児が犯人! なんて、よう言わんでヤンスよ」

「仮にも下天、しかも軍事を司る四青天の一人であるクィントラがだぞ。ゼロ歳児に耳を千切られたとあっちゃぁオマエ。目も当てられんだろ。え? おい」


 カシロウは自分の身に置き換えて考えてみた。


「黙ってて欲しい……、で、ございますな」

「そうだろ。だから誰も罰しない。それがクィントラの為にも、山尾の為にも、陽士郎氏の為にもなる。そういうこった」

 そう言ってウナバラは、猪口にあけた酒を一息に飲み干した。
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