異世界ニートを生贄に。

ハマハマ

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125「第1ラウンド」

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「その丘を越えればファネル様のお屋敷が見える筈です」
「イロファスからは全く襲われずにここまで来れたな」
「ええ。なんだか少し緊張してきましたよ」

 早朝出発し、もうすぐお昼前、ファネル様のお屋敷近くまで来たところです。
 みんなの顔を見回しても緊張感が漂っています。


「それにしても、ヴァンの方向感覚は素晴らしいな。一度も迷う事もなくここまで辿り着くとは」

「……いえ、感覚で歩いていた訳ではありませんよ。この辺りは歩いた事もありますし、それなりに目印もありますから」

 んー? 首をひねるパンチョ兄ちゃん。

「ちょっと何を言っているか分からんな」
「おかしな事を言いましたか?」

「ただの岩場ではないか! 目印などないわ!」

 パンチョ兄ちゃんが大声で怒鳴りました。そんな大声を出さなくても聞こえますよ。

「あそこのどう考えても動かない大きな岩、あれはどうですか?」
「……ふむ。目印にならん事もないか?」
「あちら、タイタニア領から続く山の稜線が見えます。あれはどうですか?」
「……ほう。あれならば動く事もないしどこからでも見えるな」
「そうでしょう?」

 少し沈黙。

「……ま、まさか! その様な目印がいくつもあるおかげで迷わんというのか?」
「ええ、勿論そうですよ」

 パンチョ兄ちゃんは感覚だけで道を選んでいたんですね。さらに恐らくですが、その感覚もあまり鋭敏ではないんでしょうね。

 見回すとプックルを除いたみんなが感心した顔でこちらを見ていました。
 プックルが方向音痴でないのは知っていましたが、どうやらその他はみんな方向音痴だったようですね。


「また機会があれば、道に迷わない方法をお教えしますよ」
「うむ、是非頼む」

 パンチョ兄ちゃんのお陰で緊張もほぐれましたね。
 さて、最後の丘を登りましょうか。

 ファネル様の寿命の目安とした九月末まで残り十日、なんとか間に合いました。
 後方から爽やかな風が優しく吹き付け、後押ししてくれているようです。

 恐らくは待ち受けている事でしょう。

 最後の一仕事も大変なんでしょうが、みんなと一緒ならきっとなんとかなるで――いえ、なんとかしてみせましょう。


「おい、やっぱり結構いてるぞ」

 小さな丘から見える、ファネル様のお屋敷近くにアギーさん。少し離れた丘の麓に数十の魔獣、さらにイギーさんを含む数人の人影。

「お、こちらに手を振っている子供、我がファネルの街で出会うた奴だ」

 やはりアギーさんでしたか。


 ――やぁ、遅かったじゃないか。

 そんな声が聞こえてきそうな、そんな何気ない素振りです。


「あれがアギーか。なんか良い奴そうな感じじゃないか?」
「そっすね」
『そうでござるな』

 ああ、そう言えばアギーさんにお会いしたのは二度とも僕とプックルだけでしたか。

一度目はヴィッテルに向かう際、二度目はワギーさんが死んだ時。なんだかんだで七ヶ月も前ですね。

『まぁ悪い奴じゃないよ。イギーだってそうさ。アンテオも言ってたけど、この世界の連中とは利害が一致しないだけ』

『お友達から始められんでござるか?』

 少しの沈黙。

『無理だろうね。ボクと違ってアギーは責任感強いから』

 みんなウギーさんの様なら良かったんですけどね。



 依然として地鳴りも鳴り止みません。そうのんびりもしていられませんね。
 ゆっくりと丘を下り、イギーさん達に近付きます。


 イギーさんを先頭に、すぐ後ろに五人の有翼人と魔獣の群れ。

「遅かったんだぞ」
「お待たせしてしまいたしたか。これでも急いで来たんですよ」
「街は迂回したんだな。アギーの言った通りなんだぞ」

 やはり読まれていましたか。しかし襲われる事もありませんでしたから、直進の方が良かったでしょうか。

「真っ直ぐファネルの街に来てたら面白かったんだけどな。僕らの仲間は居なかったけど、住民の全てがお前たちを襲うようにしてたんだぞ」

 ……あそこは一万人規模ですよ。迂回で正解でしたね。

「ま、そんな事はどうでも良いんだぞ。とにかくボクらの為に新しい生贄を連れて来てくれて感謝する。さぁ渡せ」

 ロップス殿が一歩進み出て言います。

「渡せと言われて、はいどーぞ、と渡すと思うのか?」

「さすがに思ってないんだぞ。じゃやっぱり力づくで渡して貰おう」

 パンチョ兄ちゃんも一歩進み出ました。

「やれるものならやってみるがいい!」
 
「ふん、やってみせるさ。おい、一旦ボクは引く。痛めつけてやれ、ヴァン達は殺しても良いぞ」

 イギーさんが羽ばたき一つでアギーさんのところまで大きく飛び下がり、呼応するように五人の有翼人と魔獣たちが近付いてきました。

『ボクがここらで遊んでた魔獣たちだ……』


 五人の有翼人は一人が青年、四人はアギーさん達よりは大きい、少年と青年の中間くらいでしょうか。

「タロウ、貴方は後ろに下が――」
「いや、お前も下がれ」
「そうだ。ここは私とパンチョ殿で――」

『待つでござるよ』

 さらに前へ進み出たのはロボとプックル。


『プックル、アレで行くでござる』
『任セロ』

 四人が入れ替わり立ち替わり前へと出た結果、最終的にロボとプックルが先頭に出ました。

 
「なんだ。最初は獣か。ならこちらも魔獣どもから行こ――」

『うわぉぉぉぉぉん!』
『メェェェェェエェエェエ♪』

 ロボの精霊力を籠めた遠吠えと、プックルのあれは……眠クナル魔法ですか。

 バタバタと眠りに落ち倒れる魔獣たち。

『やったでござる!』
『ヤッタッタ』

 第1ラウンドはロボとプックルに軍配が上がりましたね。
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