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118「経験の差」
しおりを挟む「我が名はパンチョ! 人族の勇者ファネルの一番弟子である!」
タロウが作り出した光球にカッと照らし出されたパンチョ兄ちゃんが声高に名乗りを上げました。
「スポットライトかっこよすぎー!」
「いざ行かん! 助太刀致す!」
腰に佩いた刀を鞘ごと引き抜いたパンチョ兄ちゃんが物凄い勢いで丘を駆け下ってきます。
「パンチョ兄ちゃん! 手加減をお願いします!」
「分かっておる! 任せておけ!」
パンチョ兄ちゃんはこの旅の間は軽鎧と言う軽めの鎧を着ています。
以前アンセムの街でお会いした時の鎧に比べれば、ガシャガシャと鎧の擦れる音は少ないものですが、それにしても全く音がしません。
七十年以上に渡る騎士人生は伊達ではありませんね。
恐ろしく洗練された動きです。
丘を駆け下って、最初に接近したイロファス住人の鳩尾のやや上に鞘尻を突き込みました。
「パンチョ殿! 油断なされるな! 連中すぐに立ち上がってきます故!」
ロップス殿がそう叫びましたが、パンチョ兄ちゃんの鞘に突かれ、又は殴られた者が起き上がる事はありませんでした。
……まさかとは思いますが、一思いに……
「ロップス殿、貴殿もヴァンも相当に強い。だが圧倒的に経験が足らんよ」
「経験が……」
十二歳のロップス殿と一緒にされるのは心外ですが、パンチョ兄ちゃんから見ればそうかも知れません。
「我とてな、これほどの人族を殴り倒した事などないが、獣や魔獣も人族も肉、どこをどう殴れば良いか、まぁ一緒だな」
そう言いながらも手を止めないパンチョ兄ちゃんの歩んだ後には、すでに二、三十の住民が横たわっています。
襲い来る鍬を手に持った鞘付きの剣を逆さにして剣把で受け、剣把と鍔で引っ掛けて受け流す、さらに逆さにした剣を戻しながら鞘尻を喉のすぐ下に突き込む。
こんな動きを全く淀みなく出来る、それはもう相当な経験の差があるのは間違いありませんね。
『なんか物凄いでござるな』
「初めてかっちょいい思ったっす」
『パンチョ、実ハ、出来ル子』
「私も加勢する!」
北からパンチョ兄ちゃんが徐々に突っ込んでくるお陰で、北の集団に対峙していたロップス殿に余裕が出てきたようですね。
南の集団に対峙する僕の方はもうちょっと我慢です。
「こうか!?」
「ちと弱い。もう一割五分ほど力を籠めてみよ」
「まだ弱いか。これ以上で殴るのはなんとなく気が引けるのだが……」
「気持ちは分からんでもないがな、何度も無駄に殴られる方が我なら嫌だ」
「……もっともだな」
もう二、三度の挑戦でコツを掴んだロップス殿も、一撃で住民達の意識を奪っていきます。
この二人でならあっという間です。
北の集団にはすでに、誰一人として立っている者はいません。
僕らの所まで近付いてきたパンチョ兄ちゃんが口を開きました。
「魔法の灯りか……。タロウ、貴様は完全に魔法使いとなったのだな」
「前も使ってたっしょ?」
「風の刃や土の大壁、あとなんだ、水と雷のやつ、それらに比べて繊細な操作のようだ。一丁前の魔法使いになったものだ、と腹立たしく思うたまでよ」
魔法使えない同盟の破棄へ不満が隠せないようです。
大人気ないですね。
「さ、もう半分と少しか。老体に鞭打つとしよう」
「若輩ながらお供させて頂く」
南の集団へ向けて対峙していた僕の前へと進み出て、そう言ったパンチョ兄ちゃんとロップス殿。
「ヴァン殿は魔力消費もあろう。ここは私とパンチョ殿に任せて休め」
「お願い致します」
お言葉に甘えて休ませて頂きましょう。
魔力ガードだけでもキツい位には消耗しています。警戒だけはしつつ、魔力ガードは解きましょうか。
魔力の棒を握るロップス殿にパンチョ兄ちゃんが適宜指示を出しているようですが、驚くほど二人の連携がスムーズです。
「ほれロップス殿、我の右に回って打て。その後は後ろだ」
「おぅさ! 次はこっちか! おりゃ!」
いとも容易く打ち倒しているように見えますが、パンチョ兄ちゃんの経験あっての物ですね。何とも安心感のある戦いぶりです。
その証拠に、僕の後ろでタロウとプックルが座ってくつろぎ始めました。
さらに荷物から保存食の干し肉を取り出して齧っています。
「ふー、どうなる事かと思ったっすね」
『タロウ、魔法デ水、出セ。喉乾イタ』
注意しようかとも思いましたが、まぁ良いでしょう。実際、取りこぼす事なく叩き伏せていってます。
「タロウ、ロボにも水を飲ませてあげて下さい」
「オッケーっす!」
その後少しして、全ての住民を打ち平らげました。
「ぷはーっ、草臥れたわ」
「パンチョ殿、大変勉強になった。感謝する」
左手で剣の鞘を握るパンチョ兄ちゃんと、魔力の棒を体内に吸収したロップス殿がこちらに歩み寄ります。
「こら! タロウとプックルは何をくつろいでいるか!」
ロップス殿が座ってくつろぐタロウ達へと駆け寄ります。ごもっともですね。
「お疲れ様です。パンチョ兄ちゃん、助かりました。ありがとうございます」
「いやなに、礼には及ばんよ」
僕の目前へと近付いて、にこやかにそう言ったパンチョ兄ちゃんが、剣の柄へと手をやり言います。
「予定通りだからな」
けふ。
え?
パンチョ兄ちゃんの左手には空の鞘。
どうして右手に握られたパンチョ兄ちゃんの剣が、僕の左胸へと突き立っているんでしょうか…………。
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