異世界ニートを生贄に。

ハマハマ

文字の大きさ
上 下
158 / 185

118「経験の差」

しおりを挟む

 「我が名はパンチョ! 人族の勇者ファネルの一番弟子である!」

 タロウが作り出した光球にカッと照らし出されたパンチョ兄ちゃんが声高に名乗りを上げました。

「スポットライトかっこよすぎー!」

「いざ行かん! 助太刀致す!」

 腰にいた刀を鞘ごと引き抜いたパンチョ兄ちゃんが物凄い勢いで丘を駆け下ってきます。

「パンチョ兄ちゃん! 手加減をお願いします!」
「分かっておる! 任せておけ!」


 パンチョ兄ちゃんはこの旅の間は軽鎧けいがいと言う軽めの鎧を着ています。
 以前アンセムの街でお会いした時の鎧に比べれば、ガシャガシャと鎧の擦れる音は少ないものですが、それにしても全く音がしません。

 七十年以上に渡る騎士人生は伊達ではありませんね。
 恐ろしく洗練された動きです。

 丘を駆け下って、最初に接近したイロファス住人の鳩尾みぞおちのやや上に鞘尻を突き込みました。

「パンチョ殿! 油断なされるな! 連中すぐに立ち上がってきます故!」

 ロップス殿がそう叫びましたが、パンチョ兄ちゃんの鞘に突かれ、又は殴られた者が起き上がる事はありませんでした。

 ……まさかとは思いますが、一思いに……

「ロップス殿、貴殿もヴァンも相当に強い。だが圧倒的に経験が足らんよ」
「経験が……」

 十二歳のロップス殿と一緒にされるのは心外ですが、パンチョ兄ちゃんから見ればそうかも知れません。

「我とてな、これほどの人族を殴り倒した事などないが、獣や魔獣も人族も肉、どこをどう殴れば良いか、まぁ一緒だな」

 そう言いながらも手を止めないパンチョ兄ちゃんの歩んだ後には、すでに二、三十の住民が横たわっています。

 襲い来るくわを手に持った鞘付きの剣を逆さにして剣把で受け、剣把とつばで引っ掛けて受け流す、さらに逆さにした剣を戻しながら鞘尻を喉のすぐ下に突き込む。

 こんな動きを全く淀みなく出来る、それはもう相当な経験の差があるのは間違いありませんね。

『なんか物凄いでござるな』
「初めてかっちょいい思ったっす」
『パンチョ、実ハ、出来ル子』

「私も加勢する!」

 北からパンチョ兄ちゃんが徐々に突っ込んでくるお陰で、北の集団に対峙していたロップス殿に余裕が出てきたようですね。
 南の集団に対峙する僕の方はもうちょっと我慢です。

「こうか!?」
「ちと弱い。もう一割五分ほど力を籠めてみよ」
「まだ弱いか。これ以上で殴るのはなんとなく気が引けるのだが……」

「気持ちは分からんでもないがな、何度も無駄に殴られる方が我なら嫌だ」
「……もっともだな」

 もう二、三度の挑戦でコツを掴んだロップス殿も、一撃で住民達の意識を奪っていきます。
 この二人でならあっという間です。
 北の集団にはすでに、誰一人として立っている者はいません。

 僕らの所まで近付いてきたパンチョ兄ちゃんが口を開きました。

「魔法の灯りか……。タロウ、貴様は完全に魔法使いとなったのだな」
「前も使ってたっしょ?」

「風の刃や土の大壁、あとなんだ、水と雷のやつ、それらに比べて繊細な操作のようだ。一丁前の魔法使いになったものだ、と腹立たしく思うたまでよ」

 魔法使えない同盟の破棄へ不満が隠せないようです。
 大人気おとなげないですね。

「さ、もう半分と少しか。老体に鞭打つとしよう」
「若輩ながらお供させて頂く」

 南の集団へ向けて対峙していた僕の前へと進み出て、そう言ったパンチョ兄ちゃんとロップス殿。

「ヴァン殿は魔力消費もあろう。ここは私とパンチョ殿に任せて休め」
「お願い致します」

 お言葉に甘えて休ませて頂きましょう。
 魔力ガードだけでもキツい位には消耗しています。警戒だけはしつつ、魔力ガードは解きましょうか。


 魔力の棒を握るロップス殿にパンチョ兄ちゃんが適宜指示を出しているようですが、驚くほど二人の連携がスムーズです。
 
「ほれロップス殿、我の右に回って打て。その後は後ろだ」
「おぅさ! 次はこっちか! おりゃ!」

 いとも容易く打ち倒しているように見えますが、パンチョ兄ちゃんの経験あっての物ですね。何とも安心感のある戦いぶりです。

 その証拠に、僕の後ろでタロウとプックルが座ってくつろぎ始めました。
 さらに荷物から保存食の干し肉を取り出して齧っています。

「ふー、どうなる事かと思ったっすね」
『タロウ、魔法デ水、出セ。ノド乾イタ』

 注意しようかとも思いましたが、まぁ良いでしょう。実際、取りこぼす事なく叩き伏せていってます。

「タロウ、ロボにも水を飲ませてあげて下さい」
「オッケーっす!」



 その後少しして、全ての住民を打ち平らげました。

「ぷはーっ、草臥くたびれたわ」
「パンチョ殿、大変勉強になった。感謝する」

 左手で剣の鞘を握るパンチョ兄ちゃんと、魔力の棒を体内に吸収したロップス殿がこちらに歩み寄ります。

「こら! タロウとプックルは何をくつろいでいるか!」

 ロップス殿が座ってくつろぐタロウ達へと駆け寄ります。ごもっともですね。


「お疲れ様です。パンチョ兄ちゃん、助かりました。ありがとうございます」 

「いやなに、礼には及ばんよ」

 僕の目前へと近付いて、にこやかにそう言ったパンチョ兄ちゃんが、剣の柄へと手をやり言います。

「予定通りだからな」


 けふ。


 え?

 パンチョ兄ちゃんの左手には空の鞘。

 どうして右手に握られたパンチョ兄ちゃんの剣が、僕の左胸へと・・・・・・突き立っているんでしょうか…………。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とびきりのクズに一目惚れし人生が変わった俺のこと

未瑠
BL
端正な容姿と圧倒的なオーラをもつタクトに一目惚れしたミコト。ただタクトは金にも女にも男にもだらしがないクズだった。それでも惹かれてしまうタクトに唐突に「付き合おう」と言われたミコト。付き合い出してもタクトはクズのまま。そして付き合って初めての誕生日にミコトは冷たい言葉で振られてしまう。 それなのにどうして連絡してくるの……?

異世界グルメ紀行~魔王城のレストラン~商品開発部2

ペンギン饅頭
ファンタジー
 予算使い放題、自由出勤、ノルマ無し、命の危険多少あり。魔界最強を誇り、闘う事にしか生きる意義を見出せない 『堕天使ロキエル』 現代日本からやって来た、料理を作る事しかできない、ちょっとアホっ娘な 『天才料理人マリ』 ふたりのポンコツが織りなす、美味しい異世界ファンタジー。

武器を失ったドラゴン[完結]

シンシン
児童書・童話
特にオチもない話です 一瞬で終わります。 ご勘弁を…m(._.)m

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

single tear drop

ななもりあや
BL
兄だと信じていたひとに裏切られた未知。 それから3年後。 たった一人で息子の一太を育てている未知は、ある日、ヤクザの卯月遥琉と出会う。 素敵な表紙絵は絵師の佐藤さとさ様に描いていただきました。 一度はチャレンジしたかったBL大賞に思いきって挑戦してみようと思います。 よろしくお願いします

愛玩犬は、銀狼に愛される

きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。 そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。 呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

処理中です...