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56「嫌悪の闇」
しおりを挟む「ヴァンよ! 我ら二人を相手にするのかい!」
「ナギーを倒したくらいで調子に乗るんじゃないのさ!」
面倒ですね。
「どちらでも構いませんよ。二人同時でも、別々でも」
口元を手で隠し、顔を見合わせてゴニョゴニョと相談する二人。
「我が名はヤギー!」
「我が名はユギーなのさ!」
プックルが草を食むのを辞めて顔を向けました。呼ばれたと思ったんでしょうか。
「我ら二人がオマエを殺す!」
「オマエを殺すのさ! 行くぞ!」
「あ、ちょっと待って頂きたい」
二人揃ってカクッと小さくズッコケる仕草。ナイスコンビですね。
「貴方がたの操るという闇。そこに飲み込まれると死にますか?」
「それを教えると思うの――」
「いつか死ぬのさ!」
「あ、バカ、教えるのかい!」
……なんとなく癒されてしまいますね。
「どうすれば助けられますか?」
「それこそ教えると思――」
「我らが死ねば出てくるのさ!」
「あ! ほんとバカかい!」
……ほんとバカですね……
「そうですか。まだ間に合いそうですね。では参ります!」
大剣を肩に担いだままで突進します。
「バカが! 《嫌悪の闇》を喰らえ!」
「喰らえなのさ!」
ヤギーとユギーが大きく菱形を作る様に、それぞれの両手を合わせ、合わせた片方の手を上に、逆の手を下に下ろしました。
その菱形の中、空間が真っ黒な蠢く闇と化します。
魔術!
これが闇の正体、見たこともない特殊な魔術のようですが、一体――――
「ひぃぃいゃぁぁっ!!」
「オマエもダメだったかい!」
「ヴァンもダメだったのさ!」
これは僕には無理です!
大剣を盲滅法振り回しますが当たりません。目を閉じているから当たり前なんですが、本能が拒否してしまいます! 剣が触れるのも嫌です!
ダ、ダメなんですよ僕!
脚の多い虫がウジャウジャいるのダメなんですよ!
アレに呑み込まれるくらいなら死んだ方がマシです!
ヒュッ――
風切り音の後、パァンという音と共に全身を覆っていた嫌悪感が不意に去りました。
恐る恐る目を開けます。
菱形の中から僕に向かっていた脚の多い虫の大群は消えていました。
「ああ! ヤギー、どうしたのさ!?」
見ると、菱形を作る二人の左側、ヤギーさんの首から上がありません。
タロウですか。
助かりました。吹き矢をいつでも使える様に精神感応で頼んでおいて良かったです。
ズレたメガネをかけ直し、落ち着いたフリをしましょう。
「……どうやら二人でじゃないと発動できない様ですね」
「ヤギー! あんた顔どこにやったのさ!」
動揺するユギーさんの隣で、サラサラと風に体を吹かれて消えてゆくヤギーさん。
「あぁ、ヤギー! 一人にしないで欲しいのさ!」
菱形ポーズを解き、地に突っ伏したユギーさん。
「まだ戦いますか?」
「くそぉ! やってやるのさ! ヤギーを返せ!」
無数の魔術の矢が襲ってきます。体に覆わせた魔力の出力を全力近くまで上げ、躱すこともせずに弾きます。ここは無理してでも力の差を見せつけます。
「以上ですか?」
「まだなのさぁ!」
両手に纏わせた魔力を伸ばし、魔力刀を作り出したユギーさんが襲い掛かってきます。
やはりナギーさんの様な速さも威圧感もありません。
こちらも大剣に魔力を纏わせ、魔力刀を弾き、返す刀で左腕を付け根から切り飛ばしました。
「ぐぅぁああ!」
ユギーさんが叫び声を上げながら飛び下がりました。
「ワタシにまでこんな、痛いのさ! もう許さんのさ!」
残った右腕で服をめくり上げ、浅黒い肌のお腹を露出、そこには菱形をした魔術陣が…………まさか……
「魔力枯渇に陥るけど、一人でも発動できるのさ!」
「ひぃっ」
「喰らえ! 《嫌悪の闇――」
ヒュッ――
「ぐぶぅぅぁっ」
……もうタロウに頭が上がりませんね。
お腹の魔術陣が丸ごと無くなり、向こう側が見える大きな穴が空いています。
血を吐いて前のめりに倒れたユギーさんに近寄ります。
「まだ息がありますね」
左腕と腹部に癒しの魔法を使います。部位欠損には効果ありませんので、出血を止める程度の気休めですが。
「もう貴方は保ちません。少しお話しを聞かせて下さい」
「ぐふっ、ヤギーも、いない。未練はないのさ。何でも聞くと、良いのさ」
「貴方達の目的はなんなんですか?」
「知らん、我らは駒なのさ。アギー、にでも聞け」
やはりアギーさんが親玉なんでしょうか。
「では、貴方たちは何名くらいいらっしゃるのですか?」
「四、五十人だと思うが、詳しくは知らんのさ。ああ、ヤギー、すぐそっちにゆくの、さ」
「最後の質問です! 貴方達は昏き世界の――」
ダメです。
もうお返事は頂けません。
僕の腕の中で、サラサラと風に吹かれて飛んで行くユギーさんだったもの。
すると、間を空けず、僕の周囲の宙空に突然現れた無数の黒い円。
先ほどの脚の多い虫の大群を思い出して、一瞬で全身に鳥肌が立ちます。
それぞれの円からドサドサと地に落ちる人々。服装からしてシュタイナー村の村人のようです。
心の底から安心しました。
出てきたのが足の多い虫でなくて良かった。
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