10 / 185
8「マトンが現れた」
しおりを挟むアンセムの街へ向かう二日目。今日もお天気は悪くありません。テントや焚き火を片付けて早速出発です。
「今日も元気に歩きましょう」
「おす!」
街道に戻って歩き始めます。
それにしても昨夜のタロウには驚きました。いくらなんでも他人の魔力で火の魔法を使ってみせるとは、非常識にも程があります。
それなりに長く生きていますが、自分の魔力も感じられない初心者がそんな事をやれるものでしょうか。
「タロウ、昨夜の火の魔法が使えたのは凄かったですね。使えた事自体よりも発想が素晴らしいです」
「そうすか? 日本で読んでた漫画ではよくあるんすよ。オラの元気を分けるから使ってくれ的な」
マンガ? あちらの世界の物語のような物でしょうか。
「そちらの世界には魔法はなかったんじゃないですか?」
「マンガとか作り話の中だけっすね」
実際には魔法はないのに、物語の中には魔法があるんですか。想像力の豊かな世界なんですね。
「そういうものですか」
延々とまた歩きます。タロウは今日も魔力を感じようとウンウン唸りながら歩いているようですね。
大きい河に掛かった橋まで来ました。これでちょうど道のりの半分と少しです。順調ですね。
「おぉデカい河っすね」
「そうですね。アンセム領では1番大きな河です」
「このまま川沿いに行けば海に出るんすか?」
「はい、このまま南西に向かえば海ですね。この残された世界では1番大きな海です」
橋を渡りながらタロウは何か考えているようです。
「結界の一番端っこってどうなってるんすか?」
「どうもなっていませんよ。そこでこの世界は終わりです」
「海も陸も?」
「はい」
「結界の向こう側はどうなってるんすか?」
「向こうもどうもなっていません。昏き世界が広がっているだけです」
河を越えてまた延々と歩きます。このまま街道を行けば村もありますが、今回は急ぐ旅ですので、村へ向かう街道を逸れて森を突っ切ります。
森の手前で少し休憩し食事を済ませ、日暮れまでになんとか森を抜けて、明日の朝の内に街道に戻りたいところです。
森での野営は物騒ですからね。
「タロウ、森では周囲の警戒を怠らずに、素早く抜けたいと思います」
「熊っすか?」
「いえ、この森にはマトンが出ますので」
「……はぁ、マトンすか?」
「はい。一頭二頭ならどうという事もないですが、群れて出られると少しやっかいです」
首を傾げながらどこか納得行かない様子ですね。ヒツジがどうのこうのとぶつぶつ言っていますが何の事でしょうか。
この森は中心に向かってやや小高い丘になっています。丘の一番上まで真っ直ぐ行って、少し降った所でやはり出会いました。
マトンです。
タロウがまたぎゃぁぎゃぁ騒いでいますが、今はマトンを追っ払うか倒すかしなければなりません。向こうもこちらを敵と見做しているようです。
「タロウ、僕の後ろから出ないで下さいね」
後ろなのではっきりとは分かりませんが、コクコクと頷いているようです。
マトンはその巨体に似合わない速さでこちらに突っ込んできました。このまま躱すとタロウにぶち当たってしまいます。
では、こうです。
「風の大壁!」
僕の前方に、下から上に吹き上げる風の壁を作ります。ちょうどマトンの前脚が通り過ぎた辺りを狙いました。
マトンの胸の辺りを風が打ち付け、僕の頭より少し高いところまでマトンの体が浮き上がりました。今の衝撃で胸の骨は砕けたでしょうが、地に落ちる前にとどめを刺します。
「風の刃!」
両手から円盤状に薄く圧縮した竜巻を飛ばし、マトンの首を両断しました。
ドサドサっと地に落ちたマトンは動く事もなく絶命したようです。上手くいきましたね。
「タロウ、終わりましたよ」
振り向いた先では尻もちをついたタロウ。
「大丈夫ですか?」
「……ちょ、まっ、えっ、マトンて、え?」
初めてマトンを見たので驚いていますね。思っていたより大きかったでしょうか。
「大きいでしょう?」
「牛くらいデカいっす。いや大きさも確かに大きいっすけど、これ、豚じゃないっすか?」
何を言ってるんでしょうか。
「豚ですよ」
「豚っすよね」
当たり前の事を繰り返しています。
「だってマトンってヒツジじゃないんすか?」
「さっきもぶつぶつそんな事言ってましたね。魔獣の豚なのでマトンです。羊の魔獣はマヨウですね」
「魔獣ってなんなん!?」
あれ? 説明しませんでしたか?
「魔力を持った獣の事を魔獣と呼んでいます。説明したつもりでいました。すみません」
「……そうすか。こいつも魔力あるんすね」
「えぇ。魔獣は魔力のせいで大体は体が大きく、年経た魔獣は魔法も使います。このマトンは使う前に絶命したので、使えなかったのか使わなかったのか分かりませんが」
「豚のクセに俺より魔法うまいんすか……」
呆然とするタロウを放っておいて、マトンの死体を処理しましょう。大きすぎるので少しだけお肉を頂いて、残りは埋めておきましょうか。少しと言ってもなかなかの大きさです。
切り分けた肉は腐蝕対策として氷の魔法で凍らせ、火と風の魔法を併せて地面に穴を開け、その中に持ち切れないマトンを横たわらせ土を掛けました。
「埋葬したんすか?」
「あ、いえ、そういう訳ではないんです。放置すると他の獣が食べて魔獣に進化するかも知れませんので。マナーみたいなものです」
「なるほどっす」
この先は特にマトンに出くわすこともなく、順調に森を抜けられました。
道々タロウはマトンとの戦闘についての興奮を語ってくれました。マトンデカいっす、魔法スゴいっす、ヴァンさんかっちょいかったっす、とたまに良く分からない言葉で褒めてくれました。
しかし相変わらず魔力は感じられないようですね。
「今夜はこの辺りで野営ですね。夕食はマトンの肉を使いましょう」
「マトンて旨いんすか?」
「魔力があるせいだと言われていますが、普通の豚より美味しいです。タロウがこの世界に来た日の芋と豚肉のスープはマトンの干し肉でした」
「あ、あれマトンだったんすか。確かにあの肉が一番美味かったっす!」
10
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです
もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。
この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ
知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ
しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる