異世界ニートを生贄に。

ハマハマ

文字の大きさ
上 下
6 / 185

5「熊の獣人」

しおりを挟む
「熊だ! 熊が出たぞ!」

 まだそんな事言いますか。相当に険しい目つきでタロウを睨みます。

 ブンブンと顔の前で手を振って、チガウオレジャナイ、と口をパクパクさせています。

 目つきが悪すぎたでしょうか。

「ヴァン先生、どうやら村の広場の方に熊が出たようですな。ちょっと行ってきますので上がって待っていて下され」

 あぁ本当に熊でしたか。タロウに悪いことしましたね。

「ター村長、僕の出番もあるかもしれません。お伴します。タロウも来てください」

 ター村長を先頭にほんの少し走る。広場はすぐそこです。
 ちなみにター村長は二本足で走っています。振り返ってタロウを見ると、目を見開いて走っていますね。やはり熊の獣人が珍しいようです。

 数人の村人が遠巻きに熊の周りを取り囲んでいました。危険な状況ですが、普通の熊です。ター村長と僕がいれば万に一つも問題は起こらないでしょう。

 ター村長が呼び掛けます。
「みんな下がってくれ。後は私に任せるんだ」

 ター村長の声を聞いて村人たちがホッと安堵の表情となる。さすがですねター村長。

 一気に駆け出して熊に迫るター村長。熊もター村長に警戒を示し、両の前脚を上げ威嚇する。
 ター村長はそんな熊の警戒もお構い無しに右手でパンチ。もろに食らった熊の顔が首から千切れ、そこそこ離れた木に叩きつけられ飛び散りました。

 相変わらず恐ろしいパワーです。さすがペリエ村最強の戦士。あ、ちなみに僕を抜いた中の最強ですよ。

「スプラッター!」

 タロウが何か騒いでいますが、とりあえず放っておきましょう。

「ター村長、お疲れ様です。相変わらずの鋭い右ストレート、さすがです」
「いやいや、最近は歳のせいか昔ほどの破壊力が出ませんよ」

 ター村長は村人に声を掛け、首なしとなった熊の処理を頼む。肉もみんなに行き渡るようにと。さすがですター村長。

「花咲っく森の道~♪ 熊さんにぃ出会った~♪」

 タロウが何かおかしいです。いつもおかしいですが。肩を揺すって正気に戻す。

「タロウ、大丈夫ですか?」

 徐々に瞳に力が戻ります。

「……は! ヴァンさん! 熊さんが熊さん殴って首千切れて飛び散った!」
「め! そんな事言っては行けません!」
「いやだってその通りやん!」

 呆れて物も言えません。僕は肩を竦めて息を吐く。

「何言ってるんですか。ター村長は服を着てるんですから熊の獣人。熊は裸だから熊。だから全然違います。一目瞭然です」

 あら? 今度はタロウが、何言ってる、という顔してますね。僕、おかしな事を言いましたでしょうか。

「じゃぁヴァンさん、熊に服着せたら熊の獣人っすか?」
「何言ってるんですか。それは服を着た熊です。熊の獣人と見間違うかという意味でしたら、見間違う可能性は充分あります」
「服を脱いだ熊の獣人は?」
「熊と見間違うかもしれません」

 なんとなく納得できたでしょうか。やはりタロウの世界には獣人はいないようですね。誇り高い獣人たちが人前で裸になる事などまずあり得ませんから。

 ター村長の元へ向かって村人が走ってきます。お礼を言いに来たようですね。

「村長と喋ってるのは獣人っすね」
「そうです。彼は獣人ですね」
「服着たデカい熊に、服着た小さい兎がペコペコしてるのは何となく、逃げてー! って言いたくなるっす」

 まぁその気持ちは分からなくもないですね。兎の獣人は村長の膝くらいの背しかありません。


「どうやらそちらの青年に事情がお有りのようですな」
 のっしのっしと歩くター村長が言う。
「えぇ、そうなんです」

 村長の家に向かって歩く。タロウは二、三歩後ろをついてきています。
 村長の家でお茶を入れて頂き、掻い摘んで説明する。

 ファネル様の寿命について伝えるかは悩みましたが、ター村長には伝えておいた方が良い気がしました。

「という訳で、ファネル様の寿命のあるうちに、このタロウをファネル領に連れて行かねばなりません」

 少しの沈黙。タロウもおとなしくしています。

「分かりました。そうですか、異世界から。ファネル様の寿命の件は言われてみればなるほど確かに。この七十年、誰も気付かなかったとは……」
「ですのでまずはアンセム様の下へ向かい、アンセム様から今後どの様にすれば良いのか、お話しを伺いに参ろうと思います」

 恐らくは少し長めの旅になるでしょう。教会の管理と子供たちの授業など、村長に後を任せて家を出ました。

「タロウ、少し買い物を済ませてから戻りましょう」
「買い物っすか。お店とかあるんすね」

 小さな村でほぼ自給自足の生活ですが、小さな商店もいくつかあります。保存食を多めにと、タロウの着替え数点に加えて、軽くて丈夫なタロウの背より少し短い程度の木製の杖を一つ。

 あとはカバンやマントなど必要ですが、これは僕の予備のものがありますのでそれを使ってもらいましょう。

 「さぁ一度帰りましょうか。お腹は空きましたか?」
「いや全然っす」

 でしょうね。普段の食事量があれですもんね。

 道々アンセム領の説明を簡単にする。
 ペリエ村から南にまっすぐ下ると三日ほどでアンセムの街、そこからさらに山道を一日でアンセム様のご自宅。

「魔法でビューンと飛んでったりできないんすか? ブラム父ちゃんがやったみたいな」
「無理ですね。あんな非常識な事ができるのは異常な魔力量の父ぐらいでしょう。もしかしたら妖精女王タイタニア様なら、魔力はお持ちでないですが父の魔力量と同程度あるという精霊力で可能かもしれませんが」
「ブラム父ちゃんってそんなに凄いんすか……」

 その後、自宅で荷物を詰め、食事して就寝。
 荷物詰めの最中タロウから、魔法のカバンとかいう、物がいくらでも入れられるカバンはないのかと聞かれましたが、そんな便利な物あるはずがありません。
 なんなんですかソレ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とびきりのクズに一目惚れし人生が変わった俺のこと

未瑠
BL
端正な容姿と圧倒的なオーラをもつタクトに一目惚れしたミコト。ただタクトは金にも女にも男にもだらしがないクズだった。それでも惹かれてしまうタクトに唐突に「付き合おう」と言われたミコト。付き合い出してもタクトはクズのまま。そして付き合って初めての誕生日にミコトは冷たい言葉で振られてしまう。 それなのにどうして連絡してくるの……?

異世界グルメ紀行~魔王城のレストラン~商品開発部2

ペンギン饅頭
ファンタジー
 予算使い放題、自由出勤、ノルマ無し、命の危険多少あり。魔界最強を誇り、闘う事にしか生きる意義を見出せない 『堕天使ロキエル』 現代日本からやって来た、料理を作る事しかできない、ちょっとアホっ娘な 『天才料理人マリ』 ふたりのポンコツが織りなす、美味しい異世界ファンタジー。

武器を失ったドラゴン[完結]

シンシン
児童書・童話
特にオチもない話です 一瞬で終わります。 ご勘弁を…m(._.)m

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

single tear drop

ななもりあや
BL
兄だと信じていたひとに裏切られた未知。 それから3年後。 たった一人で息子の一太を育てている未知は、ある日、ヤクザの卯月遥琉と出会う。 素敵な表紙絵は絵師の佐藤さとさ様に描いていただきました。 一度はチャレンジしたかったBL大賞に思いきって挑戦してみようと思います。 よろしくお願いします

愛玩犬は、銀狼に愛される

きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。 そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。 呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

処理中です...