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50「Black or White《黒か白か》」
しおりを挟む「カラオケデブは美横 熊二の顧客だ。熊二のやろう、美少女や美少年を拉致しちゃ変態どもに斡旋してたらしいんだ」
美少女や美少年……
びきり、と思わず力が入って缶を潰してしまった。当然それに合わせて勢いよく噴き出すビール。
「おい! 汚ねえなゲンちゃんよぉ!」
「悪い。ちょっと色々と妄想してしまった」
慌ててティッシュで拭こうと手繰り寄せたが、これじゃ埒があかんとシンクへ立ち、握り潰した缶を放り込んだ。
さらに「すまん、拭いといてくれ」とタオルを喜多に投げつける。
手を洗い、再び新しい缶を手に取り座った私へ喜多が言う。
「なに妄想したか手に取る様だぜゲンちゃん。しかもそれ当たってる可能性もあるんだわ」
嫌な予感が当たるってのか。
「俺が調べた限りじゃカラオケデブの好み――野々なんかずっぽしらしいぜ――、ってまた握り潰すのは止せよオイっ!」
「あ――、あぁ悪い。ギリギリセーフだ」
蓋が開いてりゃ潰れてたな。
ビールでも飲んで少し落ち着こうと、改めてパシッと蓋を開け――るとすでに圧が掛かってたらしくて盛大に噴き出した。
「バ――バカやろう! 自分のバカみたいな指の力考えろってんだ!」
「すまん、言い訳のしようもない」
さっきのタオルで卓袱台も畳も喜多が拭いてくれている。私は再びシンクへ向かい、まだ残るビールをひと息に呷り手ぶらで戻った。
「一旦諦めた。続きを頼む」
「おう、それが良いぜ」
喜多もビールまみれのタオルをシンクに放り込み、ひと口だけビールを飲んで先を続けた。
「依頼を受けたはずのカラオケデブと連絡が途絶えた熊二は目先の金を取りに動いた。それが今回の殺しだ」
喜多が言うには、内縁の妻の遺産であってもしっかりした遺言さえあれば相続できるらしい。
私は殺しの背後関係を知らされる立場にないためそういった事には詳しくないが、そのケースに私の仕留め方はもってこいだろう。
なにせ殺しの証拠は残らない、事故死にしか見えないんだから。
得心のいった私の顔を見て喜多が言う。
「そういうこった。ウチの組織――中でもゲンちゃんの技をご指名だったって訳だ」
「なるほどな。これまでにもそんなケースはあったのか?」
「まぁ……無いとは言わねえが……俺は『黒』からの依頼はは弾いてっからな。ゲンちゃんが気にするこっちゃねぇよ」
ん? それどういう意味だ?
「……ん? 言ってなかったっけ?」
「何をだ」
「ゲンちゃんには『黒』を仕留める殺ししか頼んでねぇんだ。昔っから」
…………――――
「じゃあなにか? 私は悪者しか殺した事がない、とでも……言うつもりか?」
「あぁ、その通りだ」
「それも劣才さんの?」
「ああ、オヤジの昔っからの指示だ。ゲンちゃんは正真正銘、真っ黒な悪者しか殺した事はねぇ。それだけ聞くとどうだ、正義の殺し屋みてえだろ?」
喜多の軽口には答えず立ち上がり、ゴツンとその頭に拳骨落としてやった。
「いでぇっ! 何すんだこの――バカゲンゾウ!」
「バカはオマエだ。くだらんことを吐かすな。殺し屋に正義もクソもあるかバカ」
そのまま冷蔵庫へと歩き、ビールを手に和室へ戻る。缶を開け、口をつける前に喜多へ告げる。
「黒だとか白だとかはこの際もうどうでも良い。私が殺し屋だった事には変わりはない」
「まぁそうだ。どうでも良いこったな」
頭を押さえて涙目の喜多。とりあえずそれを無視してビールをぐいっと呷って言う。
「私は何をすれば良い。ヤクザとも美横の弟ともひと悶着あるんだろう?」
私の言葉にすぐには答えず、喜多もビールを呷ってから言った。
「なんにも。あとは俺がやる。ゲンちゃんはパン焼いてろ」
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