32 / 68
32「First baking《初パン焼き》」
しおりを挟む「じゃあ今日からは手捏ねチャレンジだね」
「はい! お願いします!」
いつもより早くに来て焼成と成形を進めておいた。成形を済ませたパンは温度調整してゆっくりめの二次発酵中だ。
「と言っても野々花さんが焼いたパンは売り物には出来ないからね、一日で一回、三つ四つのパンを焼く程度にしましょう」
成形済みのパンに溶き卵を塗る作業、簡単なパンの成形、そんなものを私と共に進めている間に昼ピークだ。
「カオルさん、忙しいとは思いますがカウンターおひとりでお願いします」
「まっかせて下さい! あ、違った、かしこまりーん♪」
「いや、それウチの決め台詞とかじゃないですからね」
こほん、とひとつわざとらしい空咳を挟み――
「さぁ、捏ねてみよっか」
「はい!」
縦型ミキサーの腹ん所のボウルじゃない、普通のボウルをデジタルスケールに乗せる。
「粉を二〇〇グラム入れてみよう」
「振るったりはしないんですか?」
「このままで平気だよ」
そして私の指示通りに、強力粉、砂糖、塩、水を入れて混ぜ、ある程度混ざったら全卵、さらに水に溶かしておいた生イーストを加えて混ぜる。
ゴムベラから手に変え、ボウルから台に変え、台に擦りつけるように捏ねる。
「バンバン叩きつけるのアニメで見たんですけど、しないんですか?」
「後でするけど、その擦り付ける作業が同じ効果なんだ」
「あれって、なんのためにするんですか?」
「グルテンを強くする――って言っても分かんないかな?」
「なんとなく……聞いたことあります」
粉っぽさがなくなったら油脂を加える。今回は無塩バターだ。スケッパーを使って切りながら混ぜていく。
「よし、お待ちかね、叩きつけるよ」
『いらっしゃいませこんにちはー!』
カオルさんの声が来客を知らせる。順調に昼ピーだ。売れ行きも耳で確認し、野々花さんを構いながらも時折り追加でパンを焼く。
バンっ、バンっ、という厨房からの物音にお客も興味津々だ。『あれってホントにやるんだね』なんて呟きが聞こえてくる。
普段の私もやっているんだが、オッサンがする分には特に話題にもならないということか。
そして発酵器に入れ一次発酵――
まぁ、パンを焼く細かい様子は割愛し、ガス抜きを経てベンチタイムを取って生地を休ませ、成形し二次発酵――
「お疲れ様でしたカオルさん」
「野々のパン、どうですか?」
「ええ、もう焼き上がりますよ」
天板二枚挿し三段オーブン、自慢の彼が焼き上がりを知らせる。
当然すでに店内は焼き立てパンの香りが充満しているのだが、オーブンを開くとさらに香った焼き立てパンの香りに野々花さんの顔が綻ぶ。
分かる。
私も手伝ったとは言え、初めて焼いたパンは特別だよな。
「さぁ、野々花さん初の手捏ねパン、ロールパンの出来上がりだよ」
「ふ――ふわぁぁぁぁあ!」
それも分かる。
目を見開いて頬を桃色に染め、そして語彙を失う。
見るからに美味そうなパンが初めて焼けた時はそうなるよな。
ただし、私が初めて焼いたパンはゴミのような目も当てられないパンだったが……
「小さめにしたから八つ焼けました。二人のお昼にどうで――」
「はい! ぜひぜひ!」
「ちょ――ちょっとママ慌てすぎ!」
野々花さんよりカオルさんが食い気味に手を挙げたのを、野々花さんが真っ当に嗜めた。
「だって野々花の初めてのパン食べたいんだもーん!」
「わたしだって食べたいけど……でも、美味しいか分かんないから……」
素人パン焼き名人のより絶対に美味しいのは間違いない。私のレシピ、私の監修、さらにパン屋の機材に材料。
しかも、それを食べるのがカオルさんなら尚のことだ。間違いない。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
こちら夢守市役所あやかしよろず相談課
木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ
✳︎✳︎
三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。
第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。
JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。
尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
キャラ文芸
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。
完全フィクション作品です。
実在する個人・団体等とは一切関係ありません。
あらすじ
趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。
そして、その建物について探り始める。
ほんの些細な調査のはずが大事件へと繋がってしまう・・・
やがて街を揺るがすほどの事件に主人公は巻き込まれ
特命・国家公務員たちと運命の「祭り」へと進み悪魔たちと対決することになる。
もう逃げ道は無い・・・・
読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。
もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。
大変励みになります。
ありがとうございます。
戒め
ムービーマスター
キャラ文芸
悪魔サタン=ルシファーの涙ほどの正義の意志から生まれたメイと、神が微かに抱いた悪意から生まれた天使・シンが出会う現世は、世界の滅びる時代なのか、地球上の人間や動物に次々と未知のウイルスが襲いかかり、ダークヒロイン・メイの不思議な超能力「戒め」も発動され、更なる混乱と恐怖が押し寄せる・・・
エリア51戦線~リカバリー~
島田つき
キャラ文芸
今時のギャル(?)佐藤と、奇妙な特撮オタク鈴木。彼らの日常に迫る異変。本当にあった都市伝説――被害にあう友達――その正体は。
漫画で投稿している「エリア51戦線」の小説版です。
自サイトのものを改稿し、漫画準拠の設定にしてあります。
漫画でまだ投稿していない部分のストーリーが出てくるので、ネタバレ注意です。
また、微妙に漫画版とは流れや台詞が違ったり、心理が掘り下げられていたりするので、これはこれで楽しめる内容となっているかと思います。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
宝石の花
沙珠 刹真
キャラ文芸
北の大地のとある住宅地にひっそりと佇む花屋がある。そんな花屋に新米教師の藤田穂(ふじた みのり)がやってくる。何やら母の日の花を選ぶのに、初対面の店主に向かい自らの不安を打ち明け始めてしまう。これは何かの縁だろうと、花屋店主の若林蛍(わかばやし ほたる)はある花の種を渡し、母の日の花をおまけする代わりに花を育てるように、と促す。
はてさて、渡した種は不安を抱えた新米教師に何をもたらすのか––。
涙が呼び込む神様の小径
景綱
キャラ文芸
ある日突然、親友の智也が亡くなってしまう。しかも康成の身代わりになって逝ってしまった。子供の頃からの友だったのに……。
康成は自分を責め引きこもってしまう。康成はどうなってしまうのか。
そして、亡き親友には妹がいる。その妹は……。
康成は、こころは……。
はたして幸せは訪れるのだろうか。
そして、どこかに不思議なアパートがあるという話が……。
子狼、子龍、子天狗、子烏天狗もいるとかいないとか。
書道家・紫倉悠山のあやかし筆
糸烏 四季乃
キャラ文芸
昔から、俺には不思議な光が見えていた。
それは石だったり人形だったりとその都度姿形がちがって、俺はそういう光を放つものを見つけるのがうまかった。
祖父の家にも光る“書”があるのだが、ある時からその”書”のせいで俺の家で不幸が起き始める。
このままでは家族の命も危険かもしれない。
そう思い始めた矢先、光を放つ美貌の書道家・紫倉悠山という若先生と出会い――?
人とあやかしの不思議な縁が紡ぐ、切なく優しい物語。
※【花の書】にて一旦完結といたします。他所での活動が落ち着き次第、再開予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる