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28「Cutlet《カツレツ》」

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「なぁゲンちゃんよ」
「どうした?」

 後片付けも掃除も終わり、部屋に戻って喜多と二人だ。

「ああは言ったけどよ、そのフランスパンでビールってちょっとどうかと思うよな」

 ……まぁ確かにそうだ。私なら適当にチーズを溶かし、なんちゃってチーズフォンデュにしてワインと合わせる。

 しかしワインないものは無い。

「安心しろ。私はパン屋だぞ、任せておけ」

 バゲットを三分の一ほどフードプロセッサーに掛ける。わざわざこの為に店から持って上がった。
 パン粉が出来たらスライスしたバゲットを小麦粉を水に溶いたバッター液に潜らせてパン粉をまぶす。

 フライパンでラードを温め、両面こんがり揚げ焼きにすれば完成だ。
 ソースをかけて喜多が待つ卓袱台ちゃぶだいへとサーブする。

「おいなんだよゲンちゃん! じゃねえか、パンどこいったんだよ!」
「いや、これはだ」

 怪訝な顔の喜多が、箸でつまみ上げてざくりと齧る。

「旨えっ! なんこれトンカツでもパンでもねえ! けど旨え! ビール寄越せゲンちゃん!」

 うるさい奴だ。けれど大人しく冷凍庫からビールを二つ取って戻って私も座る。

「おつかれ喜多。この夏は手間掛けさせるが、よろしく頼む」

 ビールを手渡しそう言った私に、喜多はなんだそんな事かと鼻を鳴らして言った。

「ふん、俺は俺で楽しんでやってるから気にすんな。そんな事より早く食えよゲンちゃんもよ」

 ゾ⬜︎リも読めるもんな。ってそれだけじゃないんだろうけどよ。しかしなんにせよ礼は言えた。
 二人揃ってビールを開けて、私もパンカツを齧ってみる。

「お、なかなか上手く出来てるじゃないか」
「なんだ? ゲンちゃんも初めてなんかよ?」
「バゲットではな。本当は食パンで作るもんなんだよ」

 手捏ねパンのチェック、って意味じゃあこんな事しちゃ全然意味がないけどな。
 まぁ、また近いうちまた手捏ねすりゃ良いか。


 パンカツをむしゃむしゃ食べながらも、どうやらひと缶目のビールをまだ半分ほどしか飲んでいない喜多。恐らくなにか話があるんだろう。
 また寝こけやがる前に聞いといてやるか。

「それで何か話があったんじゃないのか?」
「お――? お、おぅそうだそうだ」

「依頼の件か?」
「いや、そっちはまだ胡散臭いとこがあってな、もうちょい掛かる」

 胡散臭い……? やはりどこか引っ掛かる依頼らしいな。

「カオルちゃんの……ってか美横みよこの事だ」
「美横……ってカオルさんの元旦那の……」

「そうだ。四年前の隣県、俺らがヤった四人のうちの一人」
「そいつが?」

「依頼人だったヤクザから問い合わせがあった。『美横 熊一ゆういちは生きてんじゃねえか?』ってよ」

 私もその四人のうちの一人を殺した。その一人は間違いなく殺したが……

「実際のところどうなんだ?」
「間違いなくヤッたよ。だいたい死体の処理は依頼人の方でしたし、ちゃんと確認もさせた。間違いねえ」

 ざくり、と再びパンカツを齧った喜多が続ける。

「なんでそんなこと言い出したのかは明かしやがらなかったが、何かしら理由があってのことだろう」

 ベストの下、シャツの胸ポケットから一枚の写真を喜多が取り出した。

「念のため美横の写真を持ってきた。頭入れたらそれは燃やせ」

 喜多から受け取った一枚の写真を見る。複雑な気持ちだ。
 二枚目な喜多よりも私のような見た目がタイプだと言ったカオルさん。その元亭主……

 ――くっ、二枚目じゃないか。くそっ!
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