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18「Monstrosity《怪傑》」

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「はい店長、マスター特製サンドイッチ。それと店長にもコーヒー淹れますね」
「ありがとうカオルさん」

 このやり取り、堪らなく幸せなんだよな。
 だってよ、ちょっと夫婦っぽく――止せ止せゲンゾウ。それはさすがに気持ち悪いだろういくら何でも。

「ところでカオルさん」
「なんです?」

 バックヤードに戻って手を洗い、キャップを被ったカオルさんに声を掛ける。

「明日は凛子ちゃんの親戚が見学に来るんですけど――」
「あぁ、さっきの電話の……」

 ここで私の名案の発表だ。

「もちろんお二人が良ければなんですけど、夏休みの間、野々花さんもどうかなって」
「どう――?」

「その……体験……パン屋さん……」

 目を丸くしてお互いを見る杭全くまた親子。
 ……あれ? 思ったより名案じゃないのかコレ……?

 しばし見詰めあった杭全くまた親子。
 先に声を上げたのは野々花さんだった。

「やりたい! わたしパン屋さんしてみたい!」
野々のの、あなたそんなこと言ってパンよりご飯党じゃないの」

「それはちょっと前までだもん! さっきのサンドイッチもこの前の甘いパン……」

「パン・オ・ショコラ」
 思い出せない様なので助け舟。

「そうそのパン・オ・ショコラも! すっごい美味しくってわたしもうパン党なんだから!」

 パン屋である私はパン党ではない。
 実際私は朝晩にパンを食べる事はほとんどない。
 朝はシリアル。夜は商店街の定食屋で日替わり定食に納豆をつける。言っても男の一人暮らし、まぁそんなもんだ。
 話の流れと関係ないが、パン屋は仕事前に納豆はあまり食わない。酵母菌さまの天敵だからな。

 しかし、パン屋にとってこれほど嬉しい言葉はない。私が焼いたパンでご飯党からパン党へ、パン屋冥利に尽きるというものだ。

「なに泣いてんだゲンゾウ」
「バッ――バカ野郎、泣いてなんかいないぞ!」

「分かった分かった、ゲンゾウは泣いてねえ。まぁゲンちゃんにしちゃ良いアイディアなんじゃね」
「と言うと?」

 喜多の軽口に首を捻るカオルさん。

にって事だろうが、出来るだけ学童に行きたくねえ野々にとっちゃ毎日来てえぐらいの渡りに船だからよ」

 おぉ、の喜多とは思えん鋭さだ。
 実はそこが一番ネックだったんだ。

 私から二人に『学童行きたくないならロケットベーカリーで過ごせば?』と提案すれば、なんとなく素直に頷かない気がしていたんだ。主にカオルさんが。

「そ――そうなんだ。自由研究にもってこいかと、ね」

 ここは喜多に乗っかっておく。
 そしてうっかり『ゲンちゃん』呼びしてうほうほさえ言わなかった事には目をつぶってやろう。

「ママ良いでしょ?」
「勉強はいつするの?」

「図書館でやるよ! 喜多お兄ちゃんと!」
「何言ってんの。喜多さんだってお仕事あるで――」

「良いぜ。さすがに毎日は来れねえけどよ、週に……三日は来れるぜ多分」

 カオルさんのシフトは週に五日。その内三日と言えば五分の三、結構来れるんだなオマエ。
 殺し屋の方はともかく不動産屋の方は大丈夫なのかよ。

「なら決定だ。日曜と月曜以外の三日、それぞれ二,三時間はこっち来れる様に都合つける。その二,三時間は図書館でゾ⬜︎……――じゃなくって勉強な」

 オマエ……まさかゾ⬜︎リが読みたかっただけじゃないだろうな?
 ……まぁ良い。動機はなんであれ喜多――いや、ゾ⬜︎リのお陰でだ。
 それにアレ……確かいま七十作くらいあるし丁度良いよな。



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ギネス登録おめでとうございます!
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