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「ありがとうございました。公爵閣下、公爵夫人、マリーズ公女」


10時ぴったりに迎えにきた侯爵家の馬車前まで見送りに来てくれた公爵家族に私は深々と頭を下げる

嬉しいことに公爵夫妻は私のことを気に入ってくれたそうで、昨夜は沢山話をさせて頂いた
公爵夫妻は35歳。よく考えたら同世代なのだ、自然と話は盛り上がるのは必然だろう



「またきてね、エミリエンヌ」

「はい。ありがとうございます」


公爵夫人は「私たちもう友達よ!」と言ってくださり、恐れ多くも名前で呼んでくれている
流石の私は夫人の名前には様をつけているけれど


ガタン、と揺れた馬車が動き出す
向かいに座るアルフレッド様は私の顔を見てふわりと笑った

「楽しかったですか?」

「っ、はいっ」

その笑顔にドキッと胸が高鳴る
今までなんとも思っていなかったのにこうも意識してしまうのは昨夜、マリーズ様の言葉のせいだ



~~


「エミリエンヌ様はアルフレッドお兄様のこと、どう思っていますか?」

「どう、ですか…?」

「ええ。従姉妹の私からみても優良物件ですもの。エミリエンヌ様が貰ってくれたら私、嬉しいですわ」

どうかしら?と首を傾げるマリーズ様の言葉に年甲斐もなく顔が赤くなったのが昨夜の出来事




~~

それを思い出してまた顔が赤くなった


「エミリエンヌ?大丈夫ですか?もしかして風邪をひかれたのでは…」

「いいえ!大丈夫です、これはその、思い出し赤面といいますか…」


気にしないでください。と彼に告げれば彼は意味ありげな笑顔を向けてきた


そんな話をしているとすぐに侯爵邸につき1日ぶりの私の自室と化している部屋に入って椅子に座った











「ふぅ…」

バルコニーで飲酒を嗜むのが日課になりつつなっていた
今日の空も星が煌めいて美しい


1人で空を眺めていた私は午前中のことと、マリーズ公女の言葉をまた思い出した


(「夢に、出てきてるのよね…」)



ここ最近、ずっと夢に出てきているのはアルフレッド様だった


(「しかも…私、欲求不満なのかしら…!!」)


夢の中で私はいつも彼と愛し合っているのだ
蕩けたような瞳で見つめてくる彼の体は立派で、アッチの方も元夫のマシューに比べて……

「だ、だめよ!他人様の、しかも恩人にそんな邪なことをするなんて!」

思ったより響いた声に辺りを見渡す
夜も老けているお陰で近くには誰もいない
ほっとした私はグラスに残った少しのワインをグッと飲み干して寝室へと向かった




ーー






「エミリエンヌ…今日も良いですか…?」


あぁ、またこの夢だ。
眠りについてから何時間、何十分経ったのかは夢の中の私にはわからないが、今日も変わらず彼の夢を見る


「はい…優しく、お願いします」


そして私はそんな彼を拒まない。


表面上では気高く、貴族としのプライドを崩さず、淑女として毅然とした振る舞いを心がけているつもりだ


だが一皮剥けたらどうだろうか

愛していた娘がいなくなり、15年曲がりなりにも連れ添った夫とも別れた


実家ももう残っていない私には何も無くなってしまった


だから、夢の中でも求めてくれる彼を拒めない


やけに生々しい熱さを感じながら私は今日も夢を見る
その熱に揺さぶられている間は孤独から解放される





ーーー






「これより、貴族裁判を執り行う」


公爵家に泊まらせて頂いた日から1週間後
王宮内にある裁判室の傍聴席に私は座っていた
  

「無理はしなくて良いのですよ」

「大丈夫です。…15年、一応は夫婦だったのですから」

最期ぐらい見届けます。と、隣に座るアルフレッド様に答える
今日の彼は騎士団の服ではなく、侯爵としての正装だ
私は侯爵家に置いてあった前侯爵夫人の上品なドレスを借りていた




「マシューシェロン。貴様は女性への暴行、および強姦、脅迫、そして息女の公女殺害未遂の責任を追うものとして、男爵位は返上、そして終身刑を言い渡す。」


裁判所に響き回るその声を聞いて私は静かに目を一瞬閉じ、そして被告人席にいるマシューをみる
覚悟を決めていたのか項垂れている彼を見て不思議となんの感情も湧かなかった私は薄情なのだろうか

騎士に連れられて裁判所を出て行く彼の背中を私はずっと見続けた



「エミリエンヌ・レイリー様でお間違い無いでしょうか?」



閉廷された裁判所を出ようとした私の背中に1人の裁判官が話しかけてきた
懐かしいその名字を呼ばれて私は「はい」と振り向く

「お話ししたいことがあります。ご同行願えますか?」


顔色ひとつ変えない裁判官の後に私は静かについて行った












「不正、ですか」

「はい。シェロン前男爵と元男爵は貴方が輿入れした後にレイリー男爵家へ払うはずだった支援金を支払いしていない上に、シェロン男爵領の負債をレイリー男爵領に被せていたと言う事実が発覚しました。」


裁判官に連れられて入室した部屋には先程までマシューの裁判を執り行っていた裁判長が椅子に座って待っていた
そして驚く私の目を見て「これが10年前の真実です」と告げた


私の生家であったレイリー男爵家は私が嫁いだ5年後に没落していた
没落したと聞いた時はマシューと義父に珍しく私も怒りをあらわにしたのを覚えている
なぜ、支援してくれなかったのか、負債があったのならなぜ、肩代わりしてくれなかったのかと。


結果的にはシャロン男爵家もかなりカツカツで他領の面倒を見れるほどの力がなくなっている。と告げられたのを覚えている

むしろ、生家が没落してしまったが私はここでマシューの妻として変わらない生活を送ってもらって構わない。と言われた


生家が無くなった妻は追い出されてしまうことがあるのも事実だった
その当時の私は追い出されずに変わらず生活して良いと言ってくれる2人にそれ以上追求することはなかった





そして、10年後
まさか私の生家が意図的に没落させられていたと言う事実に目の前が真っ白になった


「幸い、令嬢のご両親は健在ですので、国王陛下より、シェロン元男爵領を含むレイリー子爵家として再建なさるよう通達が出ています」


ご両親には後日こちらからお伝えします。そう告げた裁判長の言葉が他人事のように聞こえた
ハッとして横を見たらアルフレッド様がニコリと笑って私の手を取る


「よかったですね。エミリエンヌ・レイリー子爵令嬢」


その言葉を最後に私の脳内はキャパオーバーしたのか意識がブラックアウトした


薄れゆく意識の中で「婚姻届が…」と聞こえたのは後から聞き直さないと。言うのだけはやけにはっきり頭の中に響いた







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