幸せをもたらしてくれた貴方

Ruhuna

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「俺の恋人になってくれないか」


「えっ」



オーケストラが奏でる優美な音楽が夜風に乗って静かに流れてくる
歓迎会が開かれている王城のテラスで来賓としてエヴァーツ帝国から来た皇太子、セザールがリオノーラの腕を掴みながらそう告げた


一体何を、と思考が混乱している中でリオノーラはハッとして姿勢を正す
右腕は掴まれたままだ

「で、殿下…ご冗談がすぎます…」


消え入りそうなか細い声でリオノーラは目の前にいるセザールに言葉を返す
リオノーラの視線はキョロキョロと定まらず離して欲しい。と切に願う視線だった


「フェルディーン公爵令嬢。いや、リオノーラ。どうか私と恋人になって欲しい」


「私はアーロン殿下の婚約者なのはご存知ですよね…?」

恐る恐るとリオノーラの頭2つ分ほどの高さにあるセザールの顔を覗き見る
どこか愉快そうに、そして切なげな瞳で見つめてくるセザールにリオノーラの心臓がドキリと高鳴った

「知っている。それに、君が不遇な立場にいることも」


「それは……あっ」

依然としてリオノーラの右腕を離さないセザールは自身の言葉にシュンっと項垂れるリオノーラをグッと自分自身の体に寄せてその華奢な細い体を抱きしめた


腕の中で顔を真っ赤に染めて口をハクハクとしているリオノーラの姿にセザールはクックっと喉で笑う


「離して…!離してください…!こんなところをアーロン殿下に見られたら」

怒られてしまいます!と目元に涙を浮かべてうるうるとするリオノーラの姿にセザールは自身の雄の部分が高鳴るのを感じた

(「落ち着け。彼女はまだ、俺のものじゃない」)


「それはすまない。だが、どうか前向きに検討して欲しい」


「……ッッ」


抱きしめていた体をそっと話し、リオノーラの白磁の手を取り、その甲にチュッと唇を添える


体を離したことでホッとした表情を浮かべていたリオノーラはセザールのその行動にまた顔を真っ赤に染めた


「失礼いたします…」


エヴァーツ帝国から友好の証として王太子の婚約者にと、渡された淡い桃色の春らしい色が裾に向かって色を濃くしていくドレスをひらりと翻してリオノーラは後ろを振り返らず急いでテラスを後にした





ーー




「お嬢様。おはようございます」

「ローリ…おはよう」

「昨晩はよく眠られましたか?」

意識が浮上して目を覚ませば眼前には見慣れた彼女のお気に入りの天蓋ベッドの上だった

リオノーラはぼんやりと昨夜のことを思い出す

王太子の婚約者として貴賓の相手をすることは常だった
例に漏れず、隣国のエヴァーツ帝国から貴賓として来られたセザール皇太子殿下が案内役としてリオノーラを指名したことにリオノーラ自身も違和感を感じていなかった


(「セザール殿下とは元々面識もあったし、先月帝国に赴いた時にも、『そういう』素振りはなかったのに」)


昨夜、セザールに抱きしめられたことを思い出す
小柄な人が多いグリアーソンにはいない、背が高く鍛えられた体はリオノーラの体をすっぽりと覆っていた

男性に抱きしめられたことなどないリオノーラはそれを思い出した顔が熱くなる
侍女のローリが心配そうに顔を覗き込んできたが、大丈夫よ、と声をかけて頬をパンッと両手で叩いた


「着替えをお願いできるかしら」

「かしこまりました」

いつものようにベットから出て顔を洗う
顔を洗って他のメイドが髪を櫛でとかしてくれている間にローリがドレスを持ってくる


「あら?そのドレス初めて見るわ」


いつもは婚約者であるアーロン殿下からもらったドレスを着なければならないため、普段とは異なるプリンセスラインの淡いパープルのシルク生地に散りばめられた宝石が光り輝く美しいドレスを見て、リオノーラは首を傾げる

ローリがくすりと笑いながらドレスを広げた


「エヴァーツ帝国の使者が昨夜来られて、ドレス一式をお嬢様に、と置いていかれました。旦那様がこれを着て、執務室にくるようにと言われています」


「エヴァーツ帝国から…どうしてなのかしら?よくわからないけど、お父様が待っているから急いで準備しましょう」

リオノーラがメイド達に急かすよに指示を出し、普段よりも幾分か早い時間で支度が終わった






コンコン


リオノーラは父の執務室の扉をノックした
ノックしてすぐに父の声が聞こえ、ガチャリと扉が開かれた


「ドナートありがとう」

「お待ちしておりましたお嬢様。どうぞお入りください」

公爵家の家令であるドナートが扉を開けてにこりと笑う
ドナートは今年60を迎える
ドナートは幼い頃から見てきたリオノーラを孫のように可愛がっていた
祖父母を早くに亡くしたリオノーラもまたドナートを祖父のように思い懐いていた


「睡眠はちゃんと取れたかな?」

「ええ。昨夜はご心配おかけして、ごめんなさいお父様」

今年40を迎えた公爵はリオノーラと同じヘーゼルナッツの瞳をスッと細めた後に、にっこりと笑った

「あんなに顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうな顔をしていたから驚いたよ」

「あれは…色々とあったんです」

「そうかい。ふふ。そういうことにしておこう。それでね、リオノーラ宛に2通手紙が届いている」

罰が悪そうに視線を足下にさっと落とすリオノーラを公爵は特に追及することなく話を進めた

「手紙?」

「一つは毎度のことながらアーロン殿下からで、もう一つは…セザール皇太子殿下からだ」

「皇太子殿下から…」


セザールの名前を聞きリオノーラの喉がヒュッと息を吸いこむ


「2通とも中は確認したよ。アーロン殿下は昨日途中退席した理由を教えにこい、っという内容で、セザール殿下はお茶会のお誘いだ」

2通とも指定時間が被ってるんだが、どうしたもんか。と呑気に笑う公爵にリオノーラは恨めしい視線を向けた


「そんな睨まないでくれよ。普段だったらアーロン殿下を優先すべきだが……今回ばかりは話が変わってくる」


公爵はアーロンの手紙を起き、セザールの手紙をリオノーラに差し出した
リオノーラはその手紙を受け取り内容を確認する


『親愛なるリオノーラ・フェルディーン嬢

昨夜は体調が悪そうだったが、問題はないだろうか?
元気な姿を私に見せてくれると嬉しい。

本日の午後2時からなら時間が取れそうだ。是非一緒にアフタヌーンティーをとろう


                         セザール・エヴァーツ』



「お父様…」


手元にある手紙をぐしゃりと握る
やれやれと、首を振る公爵にリオノーラは助けてくれ、と視線を向けた


「残念だけど、これは断れないよ。アーロン殿下も2時を希望しているから、アーロン殿下には断りを入れてセザール殿下の方に行きなさい」


もちろん、ドレスはそのままで。と指示する公爵にリオノーラは何も言えず渋々と執務室を後にした

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