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01 パーティ追放された

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 『冒賢者ワイズマンと叡智の塔』。


 それは、世界で最も有名な冒険譚。
 この世の全てを冒険し尽くし、全てを手に入れた四人の偉大な冒険者が、神様によって作り出された難攻不落の塔に挑戦するというお話。
 見事その塔を制覇し最上階に辿り着いた冒険者達は、神様に願いを叶えて貰えたのだという。

 お爺ちゃんによく読んでもらったその物語は、私の憧れだった。
 私も《冒賢者ワイズマン》達のような立派な冒険者になりたい、彼らのようにカッコいい魔法をガンガン使いたい。


 そしていつか、私も『叡智の塔』に挑戦して――。


「ラズカ、アンタ今日でクビね」


 今日までは、そんな甘いことを考えていた。

「………………え?」

 私は最初、その言葉の意味を理解できなかった。
 10年来の付き合いがある幼馴染であり、私の所属しているパーティのリーダーでもあるカンパニュラから、突如パーティを抜けるように宣告されたのだ。

 私たちのパーティは、様々な凶悪なモンスターを倒してきたことや、未開の地の開拓などの功績を認められ、先週冒険者ギルドから、最高の名誉たるAランクパーティの称号を授与された。
 その結果、よりどりみどりの強力な冒険者たちがこぞって私たちのパーティへと加入希望を出してきた。
 最大で4人までしか登録出来ないパーティに、魔法の一つも使えない私が必要ないのは当然と言えるかもしれない。

 けど、それで納得出来るほど、私は物分かりのいい人間ではなかった。

「そ、そんな…パーティ結成してからずっと……今まで一緒にやってきたのに! 」
「一緒に……ねぇ」

 明らかに馬鹿を見るような目で、カンパニュラはフンっ、と鼻息を鳴らす。

「足手纏いが自惚れてんじゃないわよ!  アンタがやってる事なんて精々雑用か本読んでるぐらいでしょうが!」
「で、でも……」
「ならアンタ、自分の魔力もう一回確認してみな、そうすりゃ嫌でも身のほどわきまえるだろ!?」
「……《魔能開示ステータス》」

 カンパニュラの言う通りに、私は、自身が使える数少ない魔法の名を口にした。
 すると、私の目の前に文字・数字が浮かび上がる。


 ラズカ・ハート
 火適正…2
 水適正…3
 風適正…4
 地適正…4
 補助適正…8
 魔力…42


 そこに浮かんだ数字を見て、カンパニュラがケタケタと笑う。

「ほら、そんな数値でどう使い物になるっていうんだい? あァ?」
「っ………」

 この魔法は、唱えた本人の魔法の適正、そして秘めた魔力を数値化するというものだ。
 成人で見れば、魔力は大体1000が相場だろう。生まれたての子供でも魔力60ぐらいはある。
 適正も、全体の平均でみれば500ぐらいはないと戦力にならない。
 最高クラスの魔法使いであるカンパニュラに至っては、各適正が3000以上あり、魔力も20000を超えていた。

 なのに、私はこれである。赤ん坊以下、まるで何もできやしない。
 当然、一流の魔法使いになるべく魔法を覚えるという努力ぐらいはしてきた。幸い、記憶力という分野には自信があったおかげで、この世に存在するおそらく全ての魔法の使い方を覚えることが出来た。
 しかし、魔法を知っていても、魔力が無くては意味がない。完全な役立たずなのである。

「分かりやすく言ってあげようか!? Aランクパーティに攻撃魔法の一つも使えないゴミクズは必要ないっつってんのよォ!!」
「ぅぐぁっ……! 」

 ヒール付きの靴で、カンパニュラが私の腹を思い切り蹴り飛ばす。
 その勢いで私は壁に叩きつけられ、腹部に走る激痛に悶え倒れこんだ。
 ここは路地裏で、誰も見ていない。故に、この状況に物申す人間は他に誰一人いない。

「ずっとイライラしてたのよ、根暗で泣き虫で、魔導書ばっか読んでるくせに、ちょっと可愛いからって男に言い寄られて……どうせ隠れて色んな奴らに体預けてたんだろ!? 」
「そ、んなわけ……っぐぅ!! 」
「嘘をつくなァ! ロベリアのヤツが言ってたのよ、アンタが男どもと毎晩毎晩遊んでるってさぁ!!」
「あぐっ、うぐぁっ!! 」

 カンパニュラは般若のような形相で、私に蹴りを入れ続ける。
 ロベリアは、パーティのメンバーの一人で、カンパニュラを敬愛し、私を目の敵にしていた。まさか、知らない間にこんな嘘をつかれていただなんて……。

「何の役にも立たないくせに!  いい身分だよなァ!? オイ、コラァッ!!」
「うぅっ……ぁぁ……」

 カンパニュラは怒りを隠そうともせず、その感情の全てをぶつけんばかりに私を何度も何度も蹴りつける。
 その度に、まるで走馬灯を見るかのように、私の頭に過去の思い出が駆け巡る。

 前述したとおり、私は魔力量が低すぎて魔法が一切使えず、周りの人達から落ちこぼれ呼ばわりをされていた。
 そんな私をいつも支えてくれていたのがカンパニュラだった。
 カンパニュラは魔法を完璧に使いこなせて、剣術も抜群の腕前で、勝気で男勝りで……周りの子たちからいじめられている私をいつも助けてくれた。
 そして、こんな私をパーティに誘ってくれて、「ずっと一緒」だと言ってくれた。

 ……ほんとにこれが、あのカンパニュラなの……?
 
 私の事をいつも気にかけてくれて、お姉ちゃんみたいな存在で……私は、彼女のことが大好きだった。
 なのに、こんな、こんなのって……。

「ハァッ……ハァッ……」
「っ……うぅ……あ……」
「……もう二度と、アタシ達に面ァ見せんじゃないわよ……この雑魚がッ!  」
「ごほぁっ…!! 」

 最後に、一際強めに私を蹴りつけて、「クソッタレが」、と一言吐き捨ててからその場をあとにした。

「………っぐす……」

 蹴り飛ばされた痛みが、肉体には深く残っている。
 けど、それ以上に。
 大好きなカンパニュラがあんな事を思っていて、本当は私のことがあんなにも大嫌いだったこと。
 そして、最後までカンパニュラの役に立てなかった、己の不甲斐なさ。

「ひっ……ぐすっ……ぁぁ……うわぁぁぁぁん………」

 その事実だけが、肉体以上に心に深く傷をつけ、私から嗚咽と涙を搾り出していくのだった。




 トボ、トボと、失意のままに街を歩く。
 足取りが少しおぼつかずフラついてしまっているため、時々通行人にぶつかりそうになる。
足蹴にされて泥まみれになった服とローブはよく目立ち、通行人の目を集める。皆チラ見する以上の事はせず、私の前を通り過ぎて行く。


「おい、この前の号外見たか? また新しいAランクパーティが出たってよ」
「何でも黄金の湧き出る島を見つけたとか……かぁーっ、ロマンだよなぁ!」
「俺も早く一人前になってドラゴンの一匹でも倒してみたいもんだぜ!」
「無理無理、あいつら島1つ丸ごと消せるんだぜ? 人間の相手出来る奴じゃねーよ」



 楽しげな会話、おめでたいニュース、様々な事が耳に入ってくるたびに、自分という人間の程度の低さが否応無しに思い知らされるような気分になる。
 
(私なんて、褒められたことすらほとんどないのに……)

『馬鹿な奴だ、身のほども知らずに……』
『叡智の塔なんてあるわけないだろ……いつまで夢を見てるんだ』
『語る暇があれば攻撃魔法の1つや2つ使えるようになってみろってんだ』

 過去、何度も何度も、何人からも言われたその言葉が頭の中をこだまする。その度に、心がどす黒い感情で埋め尽くされていくのをはっきりと感じた。

 (…………私、何やってんだろ………)

 叶えられもしない夢に縋って、引きずって。
 実際、何も出来ずに終わって。とんだ駄目人間だ。

 自己否定的になり、また涙が溢れそうになる。
 さっきのことを思い出すたびに、自分という人間が嫌で嫌でしょうがなくなる。カンパニュラを怒らせて、あんなに迷惑をかけていたことにも気づかなくて。
 こんな気持ちになるなら、私なんていっそ……。


「生まれてこなければよかった……」


 そんな事を考えていた時だった。


「ほんっっっっっと信じられないあいつらぁ!! 何よ何よ!! あんな奴ら豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえばいいのに!!」


 前方から、いっそ清々しいぐらいヒステリックな怨嗟の声が響いて来た。
 恐らく、相当嫌なことがあったのだろう。周りに多くの人が居るというのに、かなりの大声だ。
 他人事みたいにそんな事を考えながら、俯き気味に歩いている時に悲劇は起こった。

「ほんっともうほんまに……えーと……石に躓いて転べばいいのにほんとにもぉおぉおぉぉ………きゃあっ!? 」
「うぁっ!?」

 ドンッ、と、体に鈍い衝撃が走る。
 俯いて歩いていたせいで、前から歩いてきた女性とぶつかってしまったのだ。
 突然のことで、私もぶつかった女性も尻餅をついて倒れてしまう。

「あいたたた………ちょっとあなた大丈夫?」
「う、うん、そっちこそ………………」

 目が合った瞬間、思わず言葉に詰まってしまった。

 荒々しい口調に反して、その女性の見た目が大変に可愛らしかったからだ。
 どう手入れすればそこまで艶めくのか、と言いたくなるほど綺麗な二つに結んだ赤髪や、クリッとした大きな瞳。そして低めの身長。
 見た目だけで言うなら、正に「可愛い」という概念の化身とも言えるだろう。
 正直……女の私でも、見惚れてしまうぐらいだった。

「大丈夫? 立てる?」
「あ、どうも……」

 女性はすぐに立ち上がり、私に手を差し伸べて立たせてくれた。

「あはは、ほんとごめんなさい、パーティ追放されてムカついちゃってて……それじゃ、あたし行くわね……」

 女性は空笑いをしながら、申し訳なさそうにそそくさと立ち去ろうとする。

「待って」

 私は、それを引き止めるように声を出す。
 この人、さっき、パーティを追放されたって言ってた。
 同じ境遇なら、私に話すことで少しスッキリ出来るかもしれない。
 女性はピタリ、と止まってから、こちらへ向き直る。

「な、なに……? 慰謝料は勘弁して欲しいんだけど」
「そうじゃなくて、私も、その……貴女と同じ……」

 女性の大きな目が、更に見開かれる。

「……もしかして、あなたも追放されたの……?」

 こくり、と、頷く。
 それを聞いた時、女性の顔がパァっ、と輝いた。

「うっそ、奇遇過ぎるわ!! ね、ね、ちょっと今大丈夫!? よかったらお話しましょうよ!!」
「う、うん……いいよ」
「良かった! あ、長くなりそうだし今日はもう遅いから、そこの宿に入って話しましょう!」

 女性は激しく興奮した様子で、私を宿に引きずり込んで行く。かなり強引な人だ。

「あ、あたしはミラっていうの、あなたは? 」
「私は……ラズカだよ、よろしくね」
「よろしく!! それで聞いてよラズカ!! あいつらったらね……」





 その後1時間くらい、ミラは、私に今日あった出来事を語り続けた。

 自分が、長年の付き合いだった人物からパーティ追放を言い渡されたこと。
 その理由が、全く魔法が使えないためお払い箱になったからだ、ということ。
 そして、帰る場所が無くて、失意のまま町を徘徊していたのだ、ということ。

 それらは何から何まで、私の境遇と類似していた。それを話すと、ミラは大層興奮して、目を輝かせた。

「いやぁすごいわね!  偶然っていうにはちょっと出来過ぎよね!  多分これは運命よ!! 」
「運命だなんてそんな……大げさだよ」
「いやこれは奇跡の巡り合わせよ! ……そうだ、いいこと思いついたわ!」

 パン、と、両の手の平を合わせて、ミラが何かを思いついたかのように声を上げる。
 そして、横にいた私に顔を近づけて、衝撃の提案を口にした。

「貴女、あたしとパーティ組まない!? 」
「え、わ、私と…?」
「そう!  今は魔法の一つも使えないけど、いずれ二人であいつらを見返せるほどに強くなってギャフン! と言わせてやるのよ!」

 ……たった二人の、パーティかぁ。

 ミラの語った事は、まるで夢物語と言って差し支えないほど馬鹿げた事だった。
 魔法を使えない私が、Aランクパーティを越えることを目指すなんて、口に出すだけでもおこがましい事だろう。

 けれど、このままひとりぼっちになるくらいなら……。

「…………うん、いいよ」
「!! 」

 私の了承を聞き届けた時、ミラの顔がまるで太陽のようにパアッ、と輝いた。
 表情が豊かな子だなぁ、思っていること全てが顔に出るみたいだ。

「それじゃ、今日はもう夜遅いから、明日申請しに行きましょう!!  じゃああたし、今日は別の部屋とってるからそっちで寝るわねお休み!! 」

 それだけ告げると、ミラはまるで嵐のように去っていった。
 ほんとに、自由な子だ。違う視点で見れば、その奔放さは《我儘》とも呼べるのかもしれない。
 けれど。

「……いいなぁ……」

 あんな風に、自分の考えや主張を臆する事なく告げられるのは、私にとって、とても羨ましいスキルだった。
 私も、私の持つ馬鹿げた夢を思いっきり口に出来たら、どれだけ嬉しい事だろう。
 あの子と居ればもしかしたら、何か変えられるのかもしれない。

 私は不安と少しの期待を胸に秘めて、床に就いたのだった。
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