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第三章 ベオルブイーターを倒せ!

第九百七十話 主の御身を守れぬ子分の思いを留め

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 メルザとシラ。無理やりシラを引き剝がそうとしていた。
 俺はシラとメルザに直ぐ近づくと、途端に膨れ上がった玉から出る無数の手に襲われる。
 それらを全てグングニルで貫き振り払うと……「許せ、メルザ」
「ああ、ルイン。勝手なことして……ご免。助け、て」

 俺はメルザの腕ごと侵食された部分を断ち切ると、直ぐにタルタロス十王、薬師の癒の力でメルザの傷を癒しながら、抱きかかえてシラから距離を取りつつ、ゲイボルグの力で上空から迫りくる手を打ち払う。
 シラはまるで意に介さず、座ったままブツブツ呟き続けるままだった。
 結局こうなったか……メルザを最初に確認した段階で、他に方法が無いかアクソニスと戦いながら考えていた。
 だが、侵食された部分が黒ずみ、恐らく使い物にならなくなっていた。
 そしてシラも同様なのかもしれない。
 シラはもう七割ほどは侵食されている。
 あれを生きていると言っていいものか。
 自らの母親に養分にされるなど……胸糞悪すぎて吐き気がしてくる。
 メルザは俺を見つめ、後悔しているような、安心しているような顔をして少しぐったりとしている。
 お前の顔は母親に似たんだな。
 ライデンの面影はあまり感じ取れない。
 シラはずっと同じ姿勢のまま、紅色のオーラを円状に発し始め、さらにひと際大きくなった玉のようなソレを大事に大事に抱えていて、メルザの方を見てなどいない。

「メルザ。腕は大丈夫か? お前を……また片腕にしてしまった。お前には辛い思いをさせてばかりだ」
「なぁルイン。俺様、腕は痛くねーし、元々無かったからいいんだ。でもさ。それよりあいつ見てると、ここがいてーんだよ……」

 片腕で胸を抑えるメルザ。
 本当の親だと、どこかで感じているのか。
 これ以上シラをメルザの視界に入れたくない。
 例え後々メルザに俺が恨まれたとしても、こいつはもう……。
 そう思っていたら、メルザから口を開いた。

「俺様、ルインを探しに行ってさ。もう我慢出来なかったんだ。止められたけど振り払って、それでカルネと……あれ? カルネをなんでルインが抱えてるんだ?」
「メルちゃ。ばか。止めた。危ないって」
「わりーなカルネ。でも俺様さ、気付いたらあのへんな女に引きずりこまれててよ。ちっとも離してくれねーんだ。なのになんでかな。あいつとくっついてるとよ、落ち着くんだ……なんでだろう」

 アクソニスと一緒にいたあの辺りのことは覚えてないのか。それならそれでいい。
 お前が傷付かないようであれば、それで。

「……あれは常闇のカイナの王で、俺たちの敵だ」
「じゃあ、倒さねーといけねーんだな。それなら俺様も……」
「ダメだ。お前はあいつを傷つけちゃいけない。そう……あれを女性が傷付けると、半分が黒くなるんだ。そういう能力があるらしい」

 かなり苦しい嘘を俺はついていた。
 元々嘘を付くのなんて苦手だ。
 でも、誰かを守るための嘘なら、それは必要なことだと思った。

「う? そーなのか。ルインは半分黒い女は嫌なのか?」
「あ、ああ。別にメルザなら何でもいいと思うが、美容は大事だとファナやサラたちにも言われたろ?」
「うーん。でもあいつが悪の親玉なら倒さねーと」
「そういう役目はお前の子分である俺の務めだろう?」
「そーだな。また片腕無くしちまったけどよ。なんか……あんまり辛くねーんだ。ルインがいてくれるからかな。それじゃルイン! あいつをぶっ倒してくれ。にはは」

 笑っているように見えて、全然笑えていないメルザの髪を最後に撫でる。
 綺麗な紅色の、憧れるような美しい髪。
 ずっとこうしていたいと思う。
 メルザの片腕を見ると落ち込んでしまう……元々片腕での暮らしが長かったとはいえ、これは俺の責任だ。
 もっと早く己の力を恐れず、会得していたら……いや、出来なかったことを悔いても仕方がない。
 片腕の少女と目が不自由な男。
 今は……「メルザ。片腕で大変だろうけどカルネを頼む」
「なぁ。俺様、離れた場所で見ていたい。どうしてもやばくなったらさ。別に半身黒くなっても構わねえ。ルインを助けたい」
「そうならないために務めるのが俺の役目だ。女王陛下、王女殿下は高みの見物を」

 なんの護衛もつけなければ、臣下としては失敗だろう……が。

「さて……そろそろ回復しただろう。意思ある我が軍団よ。今こそ総力を挙げて戦うとき。封印者よ、我が前に集え!」

 バシレウス・オストー、ジェネスト、クリムゾンダーシュ、ゲンビュイ、白丕、リュシアン、サーシュ、パモ。まずは封印されていて傷が浅かった者たちから登場する。
 リュシアンとサーシュにルジリトたちへの伝令を依頼。
 彼らには女王の護衛をお願いした。
 レウスさんまでクリムゾンポーズを取るとは予想していなかったが。
 そして……「死んだと思ったんだがな。貴様は俺を休ませるつもりが無いらしい。長らく見ない間に強くなった」
「ベルローゼ先生。遅れてすみませんでした。無様な姿をさらしました」
「俺が見たのは貴様がフェルドラーヴァの攻撃を軽く防ぎ切ったというその一点だけだ。見事としかいえん。もう勝てないだろう」
「いえ。俺には子供が五人もいるんです。どうか可愛がってはもらえませんか?」
「ふっ……新作はあるのだろう? それで手をうとう」
「はい。そのあたりはファナに託してありますから」
「ダメだ。貴様が作れ」
「……はい。必ず。ベリアル、ハルファスにマルファス、それにセーレはいいとして、お前ら誰だ?」
「それはこっちの台詞だ! あの化け物に吸い込まれたはずだが……」
「フェネクス! おいこの嘘つきフェネクス! 絶対許さないぞお前!」
「シャックスとフェネクスってのは確か、紫の城前で俺を奇襲しようとしていた奴らか。お前は……思い出した。扉前で死にかけてたやつだ。勝手に封印して悪かった」
「……こいつが本当にあの悪魔だというのか?」

 一度に封印者が増えすぎて、混乱することになるとは思ったが……ゆっくりと自己紹介などをしている余裕はない。

「悪いがお前ら全員、俺の言うことを聞いてもらう。嫌ならそうだな。タナトスの領域にでも送り込むか。ああ、ここから逃げても構わないが、今の俺は封印者を招来できる。こんな風に、な!」

 地面に手をあて闇を伸ばし、魂のくさびを引き抜くようにすると……この場にいなかったはずの封印者が現れる。
 これはブレアリア・ディーンとタルタロスの持つ能力を併用したものだ。
 ウォーラス、イーファにメナス……は裸だったので慌てて戻して、ドーグルを呼び出した。
 だが、別空間にいる影響だろう。リルカーンはどうあがいても呼び出せない。
 呼び出せたのは現在地底にいる者だけだ。
 ……気を付けて使わないと酷い登場をさせることになるのが分かった。
 俺は後でイーファに往復ビンタされるだろうな。

「今一瞬全裸の女エルフと銀髪の娘がいなかったか?」
「気のせいだ。ドーグル、ウォーラス。すまないな。他の作業にあたらせていたのに」
「ようやく会えたカベ。ここはどこカベ?」
「これは……招来されたのだな。ちみは随分と変わった力を手に入れたようだ。報告が楽に出来るが……それどころではないのだな」
「ああ。お前らから勝手に力を借りるのは俺のやり方に反する。全員、力を貸して欲しい。新しく入った奴も含めて……一番の働きの奴には褒美も与える。ゲイボルグ……欲しいだろ?」
「おいルイン。おめえ……簡単に神話級をこいつらに渡して平気だと思うか?」
「ん? ああ。ゲイボルグは俺には効かないからな。そもそも俺の封印者は誰も逆らったりしないだろう。最高の寝床なんだろう?」
「くっ……面白ぇこと言いやがる。おいてめえら、いざこざは後にしようぜ。今は昔年の恨み……神兵ギルティと戦おうじゃねえか」
『お前が言うな!』

 やっぱりベリアルって嫌われてるんだな……
 名前が分からないと不便だ。新しく加わった三名には名乗ってもらおう。

「ソロモン七十二柱、序列四十四番のシャックス。正直者のシャックス」
「ソロモン七十二柱、序列三十七番。不死鳥のフェネクス。同じ鳥仲間に嘘はつかない」
「ソロモン七十二柱、序列三番。俺は門番じゃないぞ。もっと目立つ存在なんだ……」

 また随分と個性的なやつらだな。
 だが……「ヴァサーゴ以外嘘つきだろ。自分で自分のことを正直だとか、嘘はつかないなんてやつはそもそも嘘をついているからこそ、そう言うんだよ」
「おいおい。本当に正直なんだって」
「ちなみに今連れてきていないんだがな。俺の封印者に嘘を見抜く怖い怖い能力者、死霊族のプリマがいるんだ。気をつけろよ」

 死霊族に嘘は無効。いなくて良かったな。
 さて……話はここまでだ。
 シラを包むオーラが膨大に膨れ上がっている。
 あの中に入れば無理やり養分にされるだろう。
 中途半端に手出しして辺り一面焦土になるくらいなら復活させて対処する方が賢明だ。
 
「全員湖には入るなよ。俺以外入れば死ねる毒が撒かれている。澄み切るまであの水はやばい。戦場はこの湖一帯だろうが、出現する神兵ギルティのサイズが分からない。それと時間も掛けてはいられない。地底崩壊前に全員で冥府へたどり着かなきゃゲームオーバーだぜ……あれ?」


 と恰好よく決め台詞を伝えたところで……俺の装備している籠手がぶるぶると動き出す。
 この籠手はルーニーとなる武器、カットラスを収納しているのだが……「ホロロロロー! ぐえっ」

 ぼさりと出てきたのは伝説の女性、ライラロさんだ。
 彼女はいつも唐突に俺の意表を突いてくる。
 そして彼女はいつもタイミングが最悪だ。

「ちょっとなんなの? アルカーンにもっと入口を広くしておけって言ったのよ? アルカーンの下に出られる装置だったのに、何でここに出るの?」
「最悪なタイミングで出て来たな……いや、ここはあえて戦力が増えたと喜んでおくか」
「あらルインじゃない。アルカーンはどこ? 文句の一つでも言ってやりたいのだけれど?」
「すまない。アルカーンは……会えないところにいるんだ」
「そう。それで? 状況教えてくれるかしら? あら、バカ弟子は……よくない状況のようね。いいわ。あとで聞くから。もう! ベルディスったらまた私を遠ざけて」
「話は後だ。どうやら生み出される」
「もっともっと早く……世界を、終わらせたかった。安息の地は、もう、無いの」

 近づきがたい紅色のオーラを円状に発していたシラ。
 その紅色のオーラは収束し、玉に集まっていく。

「全て……遅かった。わたシ、もウ、何モ無イ」

 シラの半身、黒い部分と玉はずっと結びついていた。
 その半分が巨大な黒い塊となり……所持していた玉が巨人を象っていく。
 アトアクルーク神殿ほどの大きさに膨れ上がるその存在。
 目は頭、胴体、足にそれぞれ二つずつあり、不気味に光る紅色の目をしている。
 触手のような紅色の髪。
 そして腕が無数に生えている。
 そのうちの一本が……シラだ。
 もう……人間の形成は留めてなどいない。
 復活の合図とも言わんばかりに、大きな雄たけびが地底の世界へ鳴り響き……その覇気はアトアクルーク神殿を崩壊させ、上空にあった紫色の城が、湖へと墜落してくる。

「これが最強を誇る神兵ギルティ……桁違いだ」

 俺たちは負けるわけにはいかない。
 雄たけびと同時に崩壊を始めたと思われる地底世界。
 ここからは時間と……封印されている仲間と俺、そして……「我が主のために。お前ら、いくぞおおおおおおおおおおお!」
『ぶちのめしてやるぜえーーーーー!』
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