上 下
1,078 / 1,085
第三章 ベオルブイーターを倒せ!

第九百六十六話 アクソニスとルイン。半魂のヴィネとブネ

しおりを挟む
 潜った湖から浮上して上方を見上げる。
 ……アトアクルーク湖に浮かんでいるこの巨大な神殿は、見るものを魅了するような、引き寄せられるような力を感じる。
 だが、わびしさが渦巻く建物にも思えてならなかった。
 
「悪いな。眠っているお前らの力、少し借りるぞ。ハルファス、マルファス。虚像の塔、建設……アルカーンよ、俺に力を……時の回廊」

 その神殿を四方系に包み込み、すっぽりとおおうような塔を目の前に生み出した。
 さすがにこれほど大きな虚像を生み出すのは大変かと思ったが……すんなりできてしまう。
 子の力はもう、神の力に等しいのだろう……そのままゆっくりと神殿内へと入る。
 外観は傷一つ見当たらない石のような、金属のような造りだ。
 大きな上り階段があり、音を立てて昇っていくと、吹き抜けた庭園のようなものが見えてきた。
 湖の水が静かに湧き上がっているような音が聴こえ、中央にはその水場が存在する。
 そこを抜け、さらに奥へと進むと今度はそこから下へ下へと続く階段の道があった。
 ……この先か。

 既に下には何者かがいる。
 そして、そのうち何名かは誰か分かっていた。
 はるか遠くの声が耳に聞こえてくる。

「なぁ母ちゃん。そろそろルインのとこ一緒に行こうぜ。なぁ」
「早く……もっと早く、もっともっと早く……」
「本当そればっかだな、母ちゃん」
「ぐっ……早く、幻術を、解かねば……」

 俺は下りの最終段を踏み終え、視界にそのすべてを入れた。
 正面には二つの棺。そこへ光が差し込んでいる。
 左手の棺前にアクソニス。右手の棺前にはシラ……とメルザ。
 手前中央にクリムゾン、ジェネスト、カルネを守る四幻。
 ルインズシップからここまで……止められなかったか。
 メルザはシラの持つ気持ち悪い玉に、自らの片手を引きずりこまれているのに、にこやかにシラにくっついて離れない。

「ようやく来ましたね。待っていました」
「主、さま……すみません。まるで引き寄せられるように……女王とカルネ様が。どうにかカルネ様だけお救いできたのですが……幻惑されているようです」
「ああ。お前たちは封印に戻れ。カルネ。おいで」
「あー。うー、うあーう」
「ああ。大丈夫。何も心配するな。よく泣かずにいい子でいたな」

 メルザは俺が声を発してもそれに気付かず、ずっとブツブツ言っているだけのシラにまとわりついている。
 ……残酷過ぎる。アクソニス、お前は俺の持つ怒りの許容を越えた。
 カルネを抱き上げ……ぼろぼろの四幻とクリムゾン、ジェネストたちを無理やりに封印した。
 
「退屈しのぎにもなりませんでした。さて、あなたの答えを聞きましょうか」
「答え?」
「ええ。あの娘があなたにとって全てなんでしょう? あの娘は見ての通り、かけがえのない本当の肉親を手に入れました。残念ながら父親は死んでしまいましたけどねぇ……」
「……お前には、あのメルザが幸せそうに見えるのか」

 メルザは嬉しそうに……母に語り掛けている。
 
「なぁ。母ちゃん。俺様久しぶりに、めっけのフライが食いてぇんだ。ルインにもよ。食わせてやりてーんだよ。だからさ。早く帰ろうぜ? 俺様、ちゃんと家があるんだ。いっぱい仲間がいてよ? 俺様、一人ぼっちだったけどさ。もう一人じゃねーんだ。だからさ。母ちゃんも一緒にさ」
「早く……もっともっと早く……しないと、いけない」
「ええ。メイアという女に見えているのでしょうからね。それはもう、幸せでしょう」
「幻にずっとしがみつくほど、メルザはおろかじゃない。おかしさに気付かないほど、メルザはバカじゃない。母への感謝を忘れるような、恩知らずな主じゃない。あいつは優しいから……分かっていてそうしているだけだ。幻影を解けばメルザは泣き崩れるだろう。でも、あいつは理解している。俺はそう信じている」
「この幻術は魂に直接作用するのです。このアクソニスがそうだと言えばそうなる。だからあなたは私の……私の……なぜだ。私の、私の私の私の私の! ……くっ。これは、なぜだ! 私の紫電級アーティファクトになったのに! なぜ、なぜだ。なぜ手に入らない。なぜカイオスが手に入らない! なぜ、なぜ私のものにならない! カイオスは私のもの。その小さな娘のものなはずがない。カイオスは私だけのもの。さぁカイオス。この魅惑的な私を見なさい。その娘の前で……愛しなさい」

 そう言って、タルタロスより奪った紫電級アーティファクトを何度も動かそうとするが、反応がない。
 当然だ。この中の時は……止まっているのだから。

「無駄だ。お前は醜い。全てにおいて醜い。俺は目が見えない。外見的な美しさなど意味をなさない。そのような幻術など、生まれたときから一切効果が無い。いや……世界は美しいものであふれていたよ。自然も、女性も、建造物も、神も、魔族もだ。けどな。何よりも美しいと感じたのは……たった一人の暖かい女性の心だった。メルザの心より愛せるものなど、存在はしない」
「……私があなたを手に入れるために取引をしましょうか。ふふふ……あなたはそれを分かっていて私を醜いと言ったのでしょう? さぁ……あの娘、メルザ・ラインバウトを解放して欲しくば、私のものになりなさい」
「ああ。いいだろう。だが、条件はある」
「条件? 条件など出せる立場だと思っているのですか?」
「ああ思ってるね。お前がカイオスの寵愛を望むなら、どんな条件でも飲むだろう」
「……聞いてみましょう」
「カイオスはやってもいい。だが、ルイン・ラインバウトはメルザ・ラインバウトの夫だ。そっちはくれてやるわけにはいかないね」
「バカなことを。あなた自身がカイオスでしょう!」
「いいや。俺の名前は一宮水花。メルザからもらった名はルイン・ラインバウト。カイオスだなんだとよく分からないことをお前らは言うけどな。それはお前らが持つ魂の記憶の話だろう? 俺には関係ないね。人をカイオスカイオスと呼ぶな。俺には二つの魂の名前しかない。だからお前がカイオスをどれだけ望もうと……そうだな。あーあいしてるよーアクソニスー。これでいいか? この程度しか言ってやれん」
「……少しだけ昔話をしましょう。私は、カイオスと戦ったことがあるのです。当時、私はヴィネという名前でした。ソロモンの軍団を率いるに至るよりずっと前の話です。ゲンドールに生まれた小さな生命でした。絶対神がゲンドールにやってきて、地底を構築し、地上には多くの魔族や人が現れました。彼らは繁殖を、領土を、世界を欲しました。そんな彼らと交渉したのが、アルカイオス幻魔、カイオスでした。そしてカイオスは失敗し、大きな戦いが起こりました」
「ヴィネ……それがお前の本来の名前か」
「ええ。私の部族は散り散りになりました。アルカイオス幻魔を信仰していた部族だったのです。私は、恨みに恨みました。苦汁を舐め、生き残り、彼を殺そうとしたが敵わなかった。あまりにも勇ましく、輝かしい彼を、いつしかしつこく追い回している間に、彼を越えることは不可能だと悟りました。ならばと彼を我が夫とし、その子供に彼を越えさせようと……なのに彼は……その前に死にました。私は彼の魂を追いました。随分と長く……探したと思います。私も死に、魂は半分にされました。そのかたわらの力は、その娘から感じられました。だから、返してもらったのです」

 メルザの体……そういうことか。

「ブネがお前の半魂だったのか」
「そうです。私は死ぬ前にある仕掛けを魂に施したんです。半魂はとても清らかで無感情な魂。そして半魂は憎悪とカイオスを渇望する魂。片方は簡単に見抜ける仕掛けを、もう片方は絶対に見抜けない仕掛けを作って。それがこの……アクソニスです。先ほどのあなたへの感情は……半魂を取り戻したがゆえのものです」
「相手がたとえブネの半魂だとしても、お前を俺は斬らねばならない」
「言ったはずです。あなたは私のもの。それともメルザという娘はこのまま死んでもいいと?」

 悪いな……すでに手は打った。
 ヴィネよ。お前ほどのものでも、俺の力に気付かないのか。

「闇。最も深い闇よ。闇の賢者ブレアリア・ディーンの名において命ず。黒に染まりし者を引きずりこめ。ダークトゥドラッグ……魂の支配者、タルタロス・ネウスの名において命ず。結びつく魂を引きはがせ。スピリットティアー」
「これは!? 管理者の力!」

 ずぶりとシラとメルザが地面に吸い込まれた。
 俺はずっと悟られないように行動していた。
 ただのルイン・ラインバウトであると。
 昔のように、メルザのピンチに飛びつくような、考えなしの俺じゃないんだ。

「さぁ、戦いを始めよう。そうだな……カイオスとして勝負を挑もう。ソロモン七十二柱。ヴィネよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

処理中です...