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第二章 地底騒乱

第九百二十七話 懐かしき地下のモンスター

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 今、俺は赤い土の上に正座をしながら血をベルベディシアに分けている。
 そして……「せっかく貴重な薬の材料だったのに! もうバラッバラじゃん! ほんの少ししか取れなかった!」
「姉御ぉ。いいとこ二回分の材料ってとこです」
「いや、最初に説明してくれれば……」
「だからベルシアの誘導に従ってよ。もう!」
「わたくしは止まるように指示しましたわ。手だって離さなかったんですのよ」
「あっちにメルザが見えたのと、ベルベディシアの手がツルに見えたんだよ。それで……すまない。言い訳しても無駄だな。俺がアルラウネの能力にかどわかされたことは事実だ」
「ふーん。妖魔君てあんまり反抗とか反発しないんだね」
「まぁ、あなたはそうですわよね。なるべく穏便に済ませようとする。女性には特に甘いですわ」
「男には厳しいの?」
「男にも甘いですわ。特に、女性に優しいというだけでどちらにも甘いですわね」
「ふう……あまり女性とか男性で差別するようなことはしない。自分が悪いと思ったところを認めることは大事だろ? でもそれを相手も悪いなどと言う必要は感じられない。俺が我慢すればいいだけのことだ」
「私も説明不足があったのは認めるよ。で、も! 何でこんな可愛い子、隠しておくの?」
「パミュ?」
「ふふっ。何せそいつは俺の大事なパモだからな。切り札は誰にでも見せるもんじゃない」
 
 俺の肩の上に乗るパモは、パサパサと両手の羽を広げてみせる。
 パモの新たな能力については、俺も完全に把握しているわけではない。
 先ほどの能力だって以前には無かったと思われる能力……かどうかも定かではないのだが。
 
「パルームだけど、どうみても違うパルームなんだよね。その子調べちゃダメ?」
「ダメだ。パモのことはいいだろ? それよりもまだ出発しないのか? 急いでるんだ」
「その急ぎのせいで結果遅れることになってるんでしょ! 出発前にもっと話を聴いておけばこうはならなかったのに」
「仕方ありませんわね。幻覚で見てしまう程会いたいみたいですし? わたくしの手をつかみながらメルザ! 何て言ってしまうくらいですから」
「う……俺そんなこと言ってたのか。参ったな」
「急ぐのはいいけどアイジィが素材を集め終わるまでは待ってよね! 道順を説明するから、ちゃんと聞いてよ。アルラウネの樹……跡の先が沼地になってるの。その沼地を越えると池が見えて来る。その周囲にモラコ族が作ったっていう地上へ出られる穴が開いているわ。そこから……」
「モラコ族が作った穴? それって俺が昔ムーラに押し出してもらった穴のことじゃないか?」
「ムーラ? モラコ族は忽然とこの場所から姿を消したの。何処にいるか今は知らない」
「……だがあの穴はムーラの能力が無いと登れないだろ? それに出た先はマッハ村付近のはずだ」
「なんだ、マッハ村知ってるの? それならそこへ向かって彼らの協力を得てフェルス皇国へ向かうよ」
「だから、どうやって登るんだ?」
「それに関してはいいの。私がいるんだから」
「そうか……ってベルベディシア、もう止血していいか」
「もう少しですわ。もう少し血が欲しいのですわ」
「……ベルシアって、変」
「うるさい小娘ですわね。本来こんなに血を欲することなどありませんわ。この地底ではわたくし、消耗が激しいみたいなのですわ」
「ヴァンパイアって直接噛みついて相手をアンデッドにしちゃうんじゃないのー?」
「わたくしを下等なヴァンパイアなどと一緒にするんじゃありません。わたくしはね。血詠魔古里ですわ。血で対象を詠み取る能力を持つ太古の種族の中でも貴重な種族なのですわ!」
「ふーん。じゃあベルシアも調査対象ってことね」
「姉御ぉ! 集まりやしたぜー! 根の方は思ったより残ってやした」

 ベルベディシア、ヤトと座ったまま話し込んでいると、アイジャックが両手一杯にバラバラに刻んだ草や木の枝、根などを抱え込み持って来た。
 それをヤトカーンが背負う荷の中に入れていく。
 あれも間違いなくアーティファクトだろう。

「さて、それじゃ行くよ」

 少しフラフラでまだ動けないベルベディシアを担ぐとアルラウネの樹の奥へと歩いて行く。
 道は相変わらず赤土色で、周囲はヤトが照らし出してくれる。
 赤土がある場所ならまだベレッタに近いのだろうか。
 この先は一直線に広がる地下エリアだ。
 壁に穴などは開いていないし生物も見当たらない。
 全てアルラウネの養分となってしまったのだろう。
 虫一匹すら見当たらない。

「喰い尽くされてるな」
「そうだね。この周囲の頂天に君臨してたからさ。さっきの剣……ううん、今はいーや。また妖魔君を困らせるだろうし」
「話はフェルス皇国へ辿り着いてからだ。話はそこでしよう。仲間を交えてな」

 ――暗くて無音の道をどれくらい歩いただろうか。
 ヤトが手で制すると……「ここから先が沼になってるの。アイジィ」
「おう!」
 
 アイジャックが地面の土を丸めて放り投げると、投げた土は地面に落ちても崩れず、飲み込まれていくようにみえた。
 これ、沼って言えるのか!? まるで触れた対象を吸収しているようにみえるぞ。

「知らずに進むと飲み込まれるのか」
「そうだね。沼って表現したけど飲み込まれるって方が近いかも」
「渡る方法、いや避ける方法はあるか?」
「無ければ此処へ連れて来てないよ。アイジィ」
「姉御、失敗しないでくだせぇよ」
「するわけないじゃん。私の可愛い可愛いアイゼルギアの能力なんだから」

 ……能力? そうか、俺はすっかり忘れていた。
 ヤトは妖魔だ。妖魔の本質は取り込む能力。
 アイゼルギアってのはヤトが取り込んだモンスターの名前に違いない。
 
「行きますぜ、ヤトの姉御ぉ!」
「良いよ! 来い!」
「……何やってんだお前ら? 何するつもりだ?」
「ふんっ!」

 アイジャックはヤトを前方側面の壁に向けて投げつけた! 
 そのまま何もしなければ壁に激突した挙句、地面に落下して沼に飲み込まれる。

「アイドラギヤ! いっけー!」

 壁に激突したかと思わたヤトは、壁にギザギザ状の歯車のようなものを埋め込んでいた。
 その上に着地すると、次々とギヤが連鎖的に壁へと繋がっていく。
 そして、側面部分にあっという間にギヤの道が出来た。
 さらにそれらが動き出し、順送りにヤトを遠くまで壁伝いに運んでいく。
 
「さぁ急いで行きやしょう」
「あ、ああ。便利な能力だな」
「あれでも極一部ですがね。姉御は探索に役立つモンスターを封印しまくってるもんで」

 戦闘以外に役立つモンスター能力か。
 俺のモンスターの中にも特殊な技持ちもいたが……今まであまりそれらを行使する機会は無かったな。
 ああいう使い方も、考えてみるか。
 沼地を抜けると先ほど放出した歯車は全て消え去っていた。
 そして、この辺りからちらほらと虫などが見え始める。
 そして……「懐かしいな。ここは」
 以前俺が梯子に成り下がっていた水場だ。
 ピーグシャーク。想像しただけで空腹感を覚える。

「さすがに、腹減ったもんな。狩ってもいいか?」
「いーよ。上に出たら砂漠だし、食糧はここで確保した方がいいもん」
「それだけじゃない。主への……手土産にもなるからな」

 こいつの肉は格別に上手い。
 そして今の俺は遠隔攻撃手段もある。

「ラモト・アダマ地面

 地面に両手を着け、青白い七十二文字が地面を這いずり、水場近くにいたピーグシャーク
へ青白い炎が吹き上がる。ラモトの基本技で、察知されていない相手への効果は抜群だ。

「ブギィイイイイイイイイ」
「今のって何……くー、気になることが多すぎるよ妖魔君! でもいいなぁ、それ」

 どさりどさりと三匹程いたピーグシャークを仕留めた。
 残りは砂の中に潜んでいると思うが……今はこれだけで十分だ。

「パモ。此処から回収できるか?」
「ぱーみゅ! ぱーーーーーみゅーーーーー!」

 遠方からの吸い込み。
 これも新しい能力だが便利過ぎる。
 相手の縄張りへ入ることなく仕留めたピーグシャークの回収に成功。
 さすがだぜ、パモ。

「ムーラさんの掘った穴は此処から少し離れた場所だな。その穴の前まで行って休憩しよう」
「そうだね。分かってるじゃん妖魔君」
「何がだ?」
「無駄な殺生はしない。食べれる分だけあれば十分だもんね」
「ああ、それはそうだろう。まぁこいつ三頭分くらい我が主ならあっさりと……いや、やめておこう。メルザではなくマルザになり果てた頃を思い出す……」

 遠い昔の記憶。
 だが、あいつがいるだけで旅はどれほど明るく輝いていたことか。
 子供が生まれてから……いや、メルザの腕を直すためにメルザと距離を置いてから俺は……ずっと怯えている。
 いつかあの輝きを失ってしまうのではないか、ということに。
 だから……ずっと籠の中にいて欲しいのかもしれない。
 でもそれは、俺が思うただの我儘なんだ。
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