上 下
879 / 1,085
第五章 親愛なるものたちのために

第七百九十二話 リンドヴルムの愛嬌

しおりを挟む
 これは絶対暴れ出すパターンだろ……。
 今はそんな事してる暇ないのに――と思っていたのだが。

「ああ。リンはやっぱりずっとわたくしを思ってくれていたのね。
帰りましょうリン。わたくしの城へ。早く。直ぐに」
「お姉様! お洋服がベタベタに!」
「くっ。相変わらず我が君を愚弄しおって! この伝説竜めが!」
「俺、いつまで腕立てやってればいいんだ?」
「テンガジュウ。水で服を洗ってきなさい」
「俺の鎧だけど? 何でだ? 汚れたのは俺の鎧じゃないのに?」
「リン。こんなところで暮らしていては楽しくないでしょう? さぁ早く行くわよ」
「キュイオーーン!?」
「あ……消失した……泉に戻ったな」
「……ちょっとこれはどういうことかしら。あなた、リンを何処へ匿ってるの」
「約束は果たしたはずだ。おとなしく帰ってもらおうか」
「そうだったわね。それじゃ明日また来るわ」
「明日来ても、俺たちはここにいない」
「なら明後日来ますわ」
「だからいないって」
「じゃあ来るまでテンガジュウを置いていくわ」
「俺を置いてってどうするの!?」
「参ったな。あんたは一体何がしたいんだ」
「わたくしはね。リンを探していたのよ。もう随分経つのよ。
あの子は消失の竜。好きな所に自由に現れるわ。そして好きなように消えるの。
一つどころに留まってくれないのだわ。でもね。わたくしの所には! 聞いて
驚きなさい! 驚くのよ! 驚くのね! 驚くに違いないわ!」

 この魔王、こういう喋り方しかできないのか。
 勿体つけるように言うから時間がかかるんだけど。

「驚くから話してくれ」
「三日もいたのよ! あの消失の竜が三日も! わたくしの許に!」
「……うちにきて、もう半年以上経つが、未だに出て行かないんだけど」
「……たったの半年ですって! ほら見なさい!」
「あの、お姉様。負けてます」
「我が君が敗北などあり得ぬ事だ! 貴様数字を盛ったな!」
「そんな数字盛ってどうすんだよ! んで、リンドヴルムを遊びに行かせれば
それで満足なのか?」
「いいえ気が変わりましたわ。あなたの住む場所とやらに案内なさい。
これは命令ですわ」
「嫌です」
「下賤な魔族風情が、我が君の命令を断れると思うか!」
「いや、下賤とか言われてもな。人様の家にお邪魔しようとするやつが、他者を
見下して家に入れてもらえるとでも?」
「くっ」
「くっ……じゃなくてな。そもそもさっき帰るって言わなかったか? 
絶魔王っていうのは嘘付きなのか?」
「テンガジュウ、帰りなさい」
「俺が帰っても意味ないだろ!?」
「そいつの言う通りだ。あんたが帰らないでどーすんだよ!」

 何ともつかみどころがない魔王だ。
 こんなやり取りしてたら、日が暮れるな。この忙しい時に……。

「ではどうしたらリンの許へ行けるのかしら」
「……どうしても会いたいなら、盟約を結べば考えなくもない」
「盟約? わたくしの配下になると?」
「いいや。対等な関係じゃないと盟約とは呼べないだろ」
「まぁ。わたくしと対等? あなたが? わたくしと?」
「そうだ。何かおかしいか?」
「力が違い過ぎますわよ。あなたにどんな力があるかも知らないけれど」
「……俺にはティソーナとコラーダがある。それでは不足か?」
「二対の神話級アーティファクト? それが何か?」
「……後は、伝書の力がある。ラモトのちか……」
「ラモトだと!? 貴様がか?」

 言うより早く、ベロアが反応する。
 絶魔王のうち誰かが伝書の力を持つというのは本当のようだ。

「面白いですわね。その力が事実であるなら、見せてご覧なさい。
そうしたら、対等な盟約を結ばなくもないですわ。そうですわ。そうですわよ
そうに違いありませんわ!」
「お姉様の言う通り」
「さぁ力を示してみろ」
「いいだろう。だが……危ないから少しだけだ。それでもいいな」

 コクリと頷いた。よし……! まだ全然使いこなせていないのはばれずに済みそうだ。
 まったく、冷や汗が出る。従属なんて冗談じゃない。
 ……手に意識を持っていく。青白い文字が手に浮かび上がり、それを両腕に広げ……
地面に押し当てると同時に、師匠たちに使用した要領で唱えた。
「ラモト!」

 青白い炎が渦を巻きながら、何もないところで吹き出す。

「……あなた。少しは嘘をついてもいいのよ? バカ正直に生きていて疲れな
いのかしら? ……仕方ありませんわね。いいでしょう。絶魔王、雷帝のベルベディシア。
あなたと盟約を結んであげるわ。ビローネ。雷印は持っているかしら」
「はいお姉様」
「ふん。運のいい奴め。我が君と対等に盟約を結ぶ者など絶魔王にもおらぬというのに」
「それで内容はどうするのかしら。どうしたらリンに会えるのかしら」
「俺たち……いや、ジパルノグを含めて、一切の戦闘行為を禁止する。
襲われそうだったり襲われるようならその時は勝手にすればいい。
こちらもそちらへは不戦を約束する」
「あら。それじゃわたくしに不利だわ。竜狩りができないじゃないの」
「あんたが喜びそうな食事を提供するのではどうだ?」
「お食事? あなたが? わたくしに? 満足できるものを作れるとは思えないのだけれど」
「それはどうかな。俺の町は食事が豊かでね……亡き友のお陰で」
「ふうん。テンガジュウ、毒見しに行きなさい」
「また俺ぇ? え、食いに行っていいの? やったぞ」
「くっ。貴様ばかりいつもいつも! どうか毒見の件はベロアめに!」
「ずるーい! ビローネが。ね? お姉様」
「それならわたくしが毒見しますわ……」
「それじゃ毒見の意味ないだろうが! ……調子が狂うな。お前らいつも
こんなやり取りやってて疲れないのか……」
「俺は疲れたんだよな……大体腕立てとかやってるからな」
「そうか……いじられてるんだな、お前。最初に襲って来た奴だよな」
「俺はテンガジュウ。あのアメーダという奴がいなくて正直ほっとしてるところだ」
「それで、他に盟約はあるのかしら。無いならリンに会いに行くわ」
「待ってくれ。何か最近不穏な事とか無かったか。絶魔王の住む周囲で」
「不穏? わたくしはあまり他の絶魔王に干渉しないの。したくないのよ」
「そうよ。お姉様は忙しいの」
「我が君は崇高なお方。他の魔王など相手にはせぬのだ」
「……それって、ハブられてるだけなんじゃ……」

 なんとなくこの絶魔王についてわかってきた。
 こいつは恐らく……均衡を保つとか保たないとかにも興味がない。
 趣味に生きる変な魔王だ。
 盟約も雰囲気からして守りそうだな……ここはルジリトの力を借りるべきだろう。

「それなら、全員で盟約についてもう少し話し合おう。
甘い菓子といい香りのする飲み物も提供しよう」
「おお。俺の毒見するやつだな。それは楽しみだ」
「テンガジュウ、腕立てをなさってなさい。わたくし一人で行くわ」
「ええっ!? 毒見役は?」
「お姉様! 一人で何て危険よ」
「我が君! 片時も御身から離れませぬ」
「じゃあわたくしが残るから行ってきて」
「だからそれ、意味ないだろ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

【R18完結】愛された執事

石塚環
BL
伝統に縛られていた青年執事が、初めて愛され自分の道を歩き出す短編小説。 西川朔哉(にしかわさくや)は、執事の家に生まれた。西川家には、当主に抱かれるという伝統があった。しかし儀式当日に、朔哉は当主の緒方暁宏(おがたあきひろ)に拒まれる。 この館で、普通の執事として一生を過ごす。 そう思っていたある日。館に暁宏の友人である佐伯秀一郎(さえきしゅういちろう)が訪れた。秀一郎は朔哉に、夜中に部屋に来るよう伝える。 秀一郎は知っていた。 西川家のもうひとつの仕事……夜、館に宿泊する男たちに躯でもてなしていることを。朔哉は亡き父、雪弥の言葉を守り、秀一郎に抱かれることを決意する。 「わたくしの躯には、主の癖が刻み込まれておりません。通じ合うことを教えるように抱いても、ひと夜の相手だと乱暴に抱いても、どちらでも良いのです。わたくしは、男がどれだけ優しいかも荒々しいかも知りません。思うままに、わたくしの躯を扱いください」 『愛されることを恐れないで』がテーマの小説です。 ※作品説明のセリフは、掲載のセリフを省略、若干変更しています。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

嫌われ者の僕

みるきぃ
BL
学園イチの嫌われ者で、イジメにあっている佐藤あおい。気が弱くてネガティブな性格な上、容姿は瓶底眼鏡で地味。しかし本当の素顔は、幼なじみで人気者の新條ゆうが知っていて誰にも見せつけないようにしていた。学園生活で、あおいの健気な優しさに皆、惹かれていき…⁈ 学園イチの嫌われ者が総愛される話。 嫌われからの愛されです。ヤンデレ注意。 ※他サイトで書いていたものを修正してこちらで書いてます。

邪悪な魔術師の成れの果て

きりか
BL
邪悪な魔術師を倒し、歓喜に打ち震える人々のなか、サシャの足元には戦地に似つかわしくない赤子が…。その赤子は、倒したハズの魔術師と同じ瞳。邪悪な魔術師(攻)と、育ての親となったサシャ(受)のお話。 すみません!エチシーンが苦手で逃げてしまいました。 それでもよかったら、お暇つぶしに読んでくださいませ。

【R18】超女尊男卑社会〜性欲逆転した未来で俺だけ前世の記憶を取り戻す〜

広東封建
ファンタジー
男子高校生の比留川 游助(ひるかわ ゆうすけ)は、ある日の学校帰りに交通事故に遭って童貞のまま死亡してしまう。 そして21XX年、游助は再び人間として生まれ変わるが、未来の男達は数が極端に減り性欲も失っていた。対する女達は性欲が異常に高まり、女達が支配する超・女尊男卑社会となっていた。 性欲の減退した男達はもれなく女の性奴隷として扱われ、幼い頃から性の調教を受けさせられる。 そんな社会に生まれ落ちた游助は、精通の日を境に前世の記憶を取り戻す。

Sランクパーティーから追放されたけど、ガチャ【レア確定】スキルが覚醒したので好き勝手に生きます!

遥 かずら
ファンタジー
 ガチャスキルを持つアック・イスティは、倉庫番として生活をしていた。  しかし突如クビにされたうえ、町に訪れていたSランクパーティーたちによって、無理やり荷物持ちにされダンジョンへと連れて行かれてしまう。  勇者たちはガチャに必要な魔石を手に入れるため、ダンジョン最奥のワイバーンを倒し、ドロップした魔石でアックにガチャを引かせる。  しかしゴミアイテムばかりを出してしまったアックは、役立たずと罵倒され、勇者たちによって状態異常魔法をかけられた。  さらにはワイバーンを蘇生させ、アックを置き去りにしてしまう。  窮地に追い込まれたアックだったが、覚醒し、新たなガチャスキル【レア確定】を手に入れる。  ガチャで約束されたレアアイテム、武器、仲間を手に入れ、アックは富と力を得たことで好き勝手に生きて行くのだった。 【本編完結】【後日譚公開中】 ※ドリコムメディア大賞中間通過作品※

迅英の後悔ルート

いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。 この話だけでは多分よく分からないと思います。

処理中です...