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第五章 親愛なるものたちのために

第七百三十六話 予知

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 魂吸竜を封印するための手筈を整えるため、ベリアルはアメーダと王女を待っていた。
 二人ともベリアルの様子を見て察したのか、少し離れた位置で待機していたようだ。

「お見事でございます。かの竜を鎮めるのは骨が折れるのでございますが……いかようにして
鎮められたのでございますか?」
「んなことより目的を済まそうぜ。その上でおめえに頼みがある」
「そうでございますね……承知したのでございます。やはりあなた様……いえ、ベリアル様は
ゲンドールに縛られてはいないのでございますね……」
「あたりめえだろ。何千年前の話だよ。絶対神も、アルカイオス幻魔も、俺には興味がねえ。
あるのは……おめえにはわかってるだろ」
「そうでございますね……それはシカリー様も……」
「予知能力。それが欲しいんだろ、シカリーはよ」
「……やはりお気づきになられましたか」
「まぁな。だがおめえらはそもそも、似たような能力を持ってるんじゃねえか?」
「いえ、この能力は予知などではございません。名から記憶を探る能力でございます」
「似たようなもんだろ。まぁいい、それよりも早く行くぞ。あの魂吸竜の
気分が変わってもいけねえ。一つ聞きてえんだが……神話級アーティファクトの余りはねえか?」
「ございませんが……そういえばアレがあるのではございませんか?」
「……仕方ねえ。できれば使いたくはなかったんだが、そうするか」

 ラーンの捕縛網。こいつを使うのは少々もったいねえな。
 使い勝手が最高によく、封印する能力とも相性がいい。
 今から探し回るわけにもいかねえしな……。

「……」
「おや? どうやらあるようでございますよ。神話級アーティファクトが」
「ほう。そいつは……リア・ファル……失われた運命の石か。よくそんなもの持ってやがるな」
「どうやら結婚する儀のために頂戴したもののようでございますね。本当によろしいので
ございますか? 神話級アーティファクトなど、地上には殆どございませんのに」

 そっぽを向きながら自分の喉を指さす王女。
 そうか、まずはこの喉を治しやがれ、話はそれからだってことだな。

「いいだろう。王女の喉を治すのを最優先事項にするぜ。アメーダ、場所を教えな」
「承知したのでございます。どうぞこちらへいらしてほしいのでございます」

 直ぐに魂吸竜の許へ戻る予定だったが、しばらくはエルバノに任せてこっちの件を片付けるとするか。
 口呼びの儀式とやらは俺も聞いた事がねぇ。
 さっさと済ませられるものなら助かるんだがな。

 ――――アメーダに案内されて着いた場所。
 何の変哲もねぇ白い家だ。
 この中でその儀式とやらを行うってのか。
 
「この中にはマリーゴールド、キンセンカの花が多量にございます。
さらにこの中では様々な情景を見る事ができるのでございます。
この中に、ベリアル様ではなく、あなた様と二人で入って欲しいのでございます」
「ちっ。お役御免かよ。確かに花には詳しくねえし、女の泣き言に付き合う柄じゃねえな。
いいだろ、また後で変わるぜ……」


 ベリアルは意識を手放すと、再びルインへと交代した。
 ベリアルとの意思疎通がうまくできるようになってから、あいつの考えがはっきりと
わかり、言葉も全て聞こえるようになった。
 勝手が過ぎる奴とは思っていた。
 簡単に封印内のモンスターを犠牲にするとは思わなかった。
 あんな戦い方、許せるわけがない。どうにかあいつにそうさせないようロックをかけないと。

「さぁ、あなた様。お時間が惜しいのでございます。どうぞ」
「白い建物……シカリーの館とそっくりだな。ミレーユ王女。行きましょうか」
「……」

 相変わらずそっぽを向いたままだ。
 マリーゴールド、キンセンカの花があるといっていたよな。
 嫉妬、それに失望といった意味合いを持つ、悲しい花だ。
 美しさというより哀らしさがある花。
 この花はアメーダが用意しておいたのだろうか。だとするなら王女の意思を理解した
上でここへ連れてきたのか。
 嫌いな花ではないが、眩しいばかりに明るいメルザには似合わない花だな。
 俺がこの花を送る事はない。
 
 無言のまま王女は覚悟を決め、建物の中に入る。
 俺も王女に続いて建物の中に入った。

「う……花の匂いがきつい……効能とかがあるのか? にしても部屋の中だってのに……」
「……」

 見渡す限り真っ白な空間。
 そして何もない。花の香りは確かにするが、天井も地面も壁も何もない真っ白な空間。
 入り口の扉だけがいびつにあるその空間は、どこか見覚えのある空間だ。

 ……そう、アルカーンの領域に近い。

「それで、こんな何もない空間、王女と二人きりで何をどうすれば王女の声が出るようになるんだ?」
「……」
「って王女に聞いてもわからないよな。なぁミレーユ王女。あんた、俺が嫌いか?」

 そう聞いても返事はない。だがそっぽを向いたまま、首を横に振っている。
 別に嫌いってわけじゃないのか。

「じゃあなぜこちらを見ようとしない?」
「……」

 質問するだけ無駄かもしれない。
 しかしこうでもしないとこの空間は何もない。
 頭がおかしくなるような感覚すらある。
 そう思った時、背景が白い空間から歪みを見せ、黒いドロドロとした空間へと変貌していく。
 これは王女が言葉で受けた感情だろうか。

「質問を変えよう。喋らなくてもいいような質問に……」
「ただ、国を守れる力のある者に、嫉妬した」
「え? ミレーユ王女……いや違うか」

 本人も驚いていた。自分の口から発している言葉ではない。
 しかし確かに聞こえた。

「突然現れた男。コーネリウスと親しくする男。自由な男。好きな人と一緒にいられる男。
強くたくましい男。お兄様にも気に入られ、認められる男。私にも優しくする男。
苦難を簡単に乗り越えていく男……私は何て無力なの。いつからか私は人形のようだった。
結婚なんてしたくない。誰の操り人形にもなりたくない。私は私のままでいたい。
ずっと……一人のただの少女でいたかった」

 ミレーユ王女は必死に耳を塞いでいる。
 だが声は鳴り響き続ける。いつまでも、繰り返しながら。
 王女は急いで扉のドアをひねり、出ようとするが、扉はぴくりともしない。

「そうやって逃げて、捕まって、捕虜にされて、騙されて、力を吸い取られて、成り行きに
任せて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて……そんな自分が嫌い。そんな私を見捨てない男も嫌。
一人になりたかった。でも私は王女だから。役目をまっとうしないといけない。
でも喋れない、使えない王女ならどう? 私を必要としなくなるんじゃないかな。
だったらこのまま喋れなくてもいい。ずっと一人でいられるかもしれない。
なのに……」

 ふと、反響していた音がやんだように思えた。その後に続いた言葉。それは……。

「どうして私は自由になれないの! なんで途中で捨てていかないのよ! 私なんていなくても
皆で国を勝手に建て直せばいいじゃない! もううんざりなのよ!」
「それならそれで、いいんじゃないか」
「え……?」
「人ってのは無責任だよな。誰かに役割を押し付け、自分は楽したいと思ったりする。
国家単位でいうならもっとそうだ。国を背負って立つなんて、誰しもができることじゃない。
それを生まれが王族だって理由で継続しなきゃいけないなんて、間違ってるだろう。
俺がいた世界は、やりたいと思うやつが立候補し、複数が集まって統治をしていた。
そういう制度に切り替えたって悪くはないんじゃないかな」
「声……出た。ずっと、言えなかった。言ったら怒られるって。口に出したらさげすまされるって
そう思ってた。説教しないの? 王女の癖にだらしないとか、何で言わないのよ。
こんな話、コーネリウスにだっていえば説教されるわ。あなたは何でそんな切り替えしができるの? 
あなたは一体何なの? どうしてそんなに他者に優しく出来るの?」
「簡単だよ。その方が笑いあえるからだ」
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