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第五章 親愛なるものたちのために

第七百二十九話 我儘な手甲

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 仕方なく酒を取りに行った俺は、念のため残りの武器……後族長の刀と思われるものも
持っていくことにした。
 何せ本人がそこにいて、武器はどうしたと騒がれても困る。

「持ってきたぞ。ひとまずこれで足りそうか?」
「うむうむ。これじゃこれじゃ……うはぁ、まろやかで酸味もあるのう。
どうやって作ったんじゃ? これ。うむうむ、気に入った。葡萄酒というのじゃな」
「正確には果実酒かな。スタッフィーという果実で造ったものだよ」
「なんじゃと? お主は酒を造れるのか? 妖魔とはかくも器用な者たちだったんじゃな。
わしが知ってる妖魔なんぞ、モンスターを取り込みきざっぽい台詞を吐いて
興味無さそうにどこかへ去っていく変質者たちじゃった。いい男だらけじゃったがのう」
「いい男って、あんたは女だったのか」
「何を言うておる。酒鬼魔族はだいだい女じゃ」
「じゃあ俺は……」
「お主は神兵との間に生まれた子だからじゃろう。きっと父親に似たんじゃな」
「そういえば見た目は人と大して変わらないよな、エンシュは」
「はい。だから神兵たちともうまくやれてるんだと思います」
「どうかのう。あいつらが信用なるとは思えん。さしずめお主は利用されてるんじゃないかの」
「そんなことは! ……でも、本当に仲が悪かったんですか?」
「うむ。待っておれ……ふぅーーーん! よし」
「うわあ! 全然よくない服着ろ服! エンシュは見るな! 目に毒だ」
「は、はい!」
 
 手甲から魔族の形へと変貌した族長。
 いかにも魔族らしい褐色肌に大きい角を持ち、にっかりと笑う暗い緑髪の女性が現れる。
 急いでアメーダに服を用意してもらった。

「なんじゃ女子の裸くらいで動揺しおって。お主くらいの年ならもう子もおろう?」
「いませんよ! 俺は……一人なんだ」
「なんじゃつまらんのう。そっちの妖魔はどうじゃ? おぬしくらいなら三人はおるじゃろ」
「えっと……五人……生まれる予定だが」
「……ちと多かったのう。やるな妖魔」
「一体何の話に巻き込まれてるんだ、俺たちは」
「それより草ぼーぼーで陰湿な場所じゃのう。お主、刀もちゃんと持ってきたようじゃな。
寄越すがよい」
「どうせ取りに行けとか言われそうだったんで、予想して……な! 確かに渡したぞ。
他の道具も持ってきてあるから、後で使ってくれ」
「うむ。幾千年ぶりの我が愛刀。衰えぬ其方の力を今一度借りよう。
芦色千斬・雲!」

 エルバノが刀を振るうと、刀の斬撃が綺麗な灰色となり、それは灰色の竜巻となり
周囲の草を刈り取り始めた。
 刈り取られた草は空中へと巻き上がり、少し離れた地点で粉微塵となりゆっくりと落ちていった。

「凄い! 今のは刀の力ですか?」
「お主、こんな初歩の技も使えんのかえ?」
「俺にだって技の一つくらい出せます。見ててください……神無明の太刀、壱……踏みの御剣!」

 あれは一度プリマと一緒に戦闘した時出した技か。
 しかし先ほどのエルバノの技とは明らかに性質が違う。

「ぎゃーーはははは、なんじゃその技。おもろ! ぎゃははは……ひぃ、ひぃ」
「どこがおかしいんですか!? ちゃんと教えてもらったんですよ、神兵のやつに。
酒鬼魔族の秘伝だって言われて」
「秘伝! ぎゃーーっはははははは。あのような技が秘伝……ひぃひぃ、お主、エルバノ様を笑い死に
させるつもりじゃろう」
「いや、あんた死んでるよな……」
「何を言うか。お主じゃって死霊族を宿しておろうに。それと似たようなもんじゃ」
「全然似てないぞ……そもそも死霊族は手甲に宿ったりしないぞ!」
「あれ、プリマ起きたのか」
「ふん。ねちっこく生きてる原初の奴らにはわかるまいて」
「何を!」
「何じゃ、やるのか!」
「おいやめろ……なんで俺を使って喧嘩を始めるんだ……」

 もう完全に一人コントだぞ、これ。
 早くプリマが自由に行動できるようにならないかな……。

「エルバノ様。さっきの話、どういうことですか? 俺はこの技を極めて行けば酒鬼魔族の
真髄にたどり着けると思っていたのに」
「お主、それはきっと神兵の技じゃな。抜刀術を主とする我ら一族の技なのに、なんで相手に
突っ込んでいくんじゃ? ぎゃーははははははっ」
「あ……先生はもしかして気付いておいでだったのですか?」
「確かに説明した通り、抜刀術は待ちが基本。だが攻撃していく抜刀術もあるのは確かだ。
その踏みの太刀というのも極めれば技の一つとしては使えるだろう。だが……」
「さっきエルバノ様がやったあの竜巻、あれが来たらどうするんじゃ? その踏みの太刀とやらで
太刀打ちできるのか?」
「極めれば竜巻だって斬れます!」
「そうじゃろうな。それは否定せん。じゃがそんな事をしている間に、相手はニ手、三手先を
用意するじゃろう。後手に回れば戦況はどんどん不利になる。その対策が出来ぬ方が負ける。
それが戦じゃ」
「裏の手は常に持て」
「見せるならさらに裏を持ち、奇に備えよ……じゃぞ。なかなかよい師がおるではないか」
「先生にはまだ、知り合って一日しか経っていない。教わっていくのはこれからだ」
「何を言うておる。戦いにおいて最も大事な事は何か。それは教わったんじゃろう?」
「……え? ええと……」

 しばし考えるエンシュ。
 そうだ。以前のエンシュだったら強くなることと言っていただろう。
 だが、そこは変わったはずだ。

「子孫を残す事……でしょうか?」
「お主、そんなことを教えたのか……」
「おい! それも大事だけど誤解を招くからそっちはやめろ! あれだ。
もっと大事な事を教えただろ?」
「ええと……そうか! 死なない事ですね!」
「ふむ。その通りじゃ。どんな戦況、どんな状況においても生きていればさらなる経験を重ねて
先へ進む事ができよう。じゃが死ねばそうはいかぬ。仮に死して生きれる死霊族のようなおかしな
存在じゃったとしても、背負うリスクはあるということじゃな。よかろう、このエルバノ様が
貴様の技の鍛錬を手伝ってやろうぞ。じゃが先生はもうおるからな。そうじゃのう……」
「よろしくお願いします。エルバノ師匠!」
「うまい。その手は俺も使った。後は老師って手もあるぞエンシュ」
「老師。確かにエルバノ様はお年を召して……」
「誰が年寄りじゃと……教えるのやめようかなー」
「いえ、師匠は美しいです。ちなみに……おいくつなんですか?」
「うーむ五千歳くらいかのう。忘れたが、まぁ気にするな。肌もぴちぴちじゃしな。
酒があればもっとぴちぴちじゃ。ぎゃはははは」
「おいみんな。さっきので草が刈り取れたならそろそろ出発しないと日がくれるぜ。
ここで夜を明かしていくか?」
「いや、ここはまずいだろう。周りから見えづらいってだけで、草を進むモンスターからは
丸見えだ。神の空間を広げるって手もあるが、近いならコウテイたちでさっさと進んでしまおう」
「わかった。それじゃいこーぜ!」

 ジュディに促され、俺たちは一度話を切った。
 しかし……最初はアメーダ、プリマ、俺、パモだけだったのに、気づいたら
ジュディ、ピール、エンシュにエルバノ。
 何か人を集める能力でも、備わっているのかもしれないな……。
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