上 下
802 / 1,085
第四章 シフティス大陸横断

第七百十九話 手合わせ ルイン対エンシュ 抜刀術の基礎編

しおりを挟む
 テントの外の広い場所。天井こそ高くはないものの、修業するには十分なスペース。
 そこでエンシュと対峙する。

 相手までの距離はあえて離している。
 いきなり近づいて斬りかかれる事なんてそうそうない。
 剣に適した距離からの訓練など、実践ではまるで役に立たないからだ。

「その辺に落ちてたりするものは何でも使っていい。俺の術や技は一度だけしか使わないようにしよう。
石を上に投げるから、それが地面に落ちたら開始だ。いいな?」
「はい!」

 適当な石を上空へ放り投げ、放物線を描いて地面に落ちる。
 俺は当然様子見。エンシュも様子見で、突っ込んでこなかったのは正解だ。
 というより抜刀術は基本待ちの姿勢。攻めの抜刀術も無いわけではないようだが、どう見ても
受けの構えだ。

 すり足で徐々に間合いを調整していく。
 この時点で相手が飛び道具であれば無理にでも近づかねばならない。
 しかし暗器があるとそうでもない。
 素早く投擲できるようなタイプの暗器は、モーションが長い事がおおい遠距離武器攻撃に当てやすい。
 ちらつかせるだけでも優位に戦えるようになる。
 ただ……暗器以上に厄介なのが……これだ。

 棒切れでどこまで出来るかはわからないが……今の俺なら出来るだろう。

「赤閃!」
「くっ……」

 とっさに右側へと回避するエンシュ。
 そう……斬撃や術の類。
 特に遠距離へ早く放出することができる術や技は、範囲や距離にもよるが、苦戦する。
 剣一本で本気で戦うなら、これらの対策を全て行えなければならない。
 自分自身が斬撃を放てるようになれば世界が変わるだろう。

 今は、近づくのが困難な事を教えてやった。
 さて次は……俺も抜刀術の構えを取る。
 はぁ……懐かしいな。シーザー師匠に叩きのめされた事が頭に浮かんでくる……。





 ――――遠い昔、デイスペルへ向かう前の修業期間。

「おい小僧。抜刀術ってのは知ってるか?」
「ええ。前世で滅茶苦茶かっこいい抜刀使いの話を知っていたもので、憧れます! 頬にいかした十字傷まで
あるんですよ」
「憧れるのは構わねえが、それだけで戦えるわけはねえ。何せ剣をしまってる状態だ。
はたからみりゃ挑発だろうよ。そう受け取る阿呆はいいカモだが」
「何をいってるんですか師匠。格好いいじゃないですか。あの低姿勢から切り抜けるやつ……
俺も使えますかね?」
「無理だな。ありゃ低身長向きだ。おめえには向かねえよ」
「がく……身体的特徴で使えるかが決まるんですか」
「あたりめえだ。どれだけ低い姿勢で、相手の視線誘導を行えるかがカギだ。
特に抜刀術は見失いやすい。何せ一瞬で切っ先が目の前までくるんだからな。
目ってのは種族にもよるが、いいとこ百七十八度しか見て取れねえ。特にどれだけ広げても下の方は
目がいきづれぇ。そこを真横から振り抜くように派生する抜刀術は厄介だと言える」
「厄介? やべぇくれぇつえぇ! とかじゃないんですか?」
「んじゃおめえ。抜刀術やってみろ。離れたとこからだぞ」
「わかりました」

 
 シーザー師匠に剣を持ち対峙する。
 距離は……百歩ってところか。
 師匠は素手で何も持ってない。
 幾らなんでも危ないんじゃないかと思ったが、開始とともに左右に
フェイントをかけながら突っ込んでいく。
 これでも頑張って走りこんだんだ。少しは早くなったはずだ! 

「かー……おめえ動きが丸見えじゃねえか。左右に動いてる意味すらねえぞ」
「だって斬撃とかとばせませんし! 師匠じゃあるまいし!」
「近くに石とか落ちてるだろうが! 戦場にあるものは何でも使えっていったろ!」
「そうでした! すみません! うぉりゃ!」

 俺は石をいくつか拾い上げ、師匠にけん制して投げながら進む。
 当然軽く避けられるが、避けているモーション中俺への視界は散漫になる。
 といっても武器を持ってないし、あえて大きく避けてくれているのがわかる。

 そうか……より見えづらくするために手段を講じろってことか。
 そりゃそうだ。抜刀に意識を持っていかれたら、それこそ知ってるやつならまるわかりだし。

 
 恐らくわざとだろうが、十分な間合いとなった。
 そして俺は剣に手をかけ……たところで簡単にねじ伏せられた。

「いいか。常時剣に手をかけてれば相手は遠距離で攻撃してくる。
 手が離れている間は抜刀術を行わねえから向かってきても構わねえ。
 間合いに入る頃に手をかける。だからそこを狙い撃ちにされる。
つまりだ。何がいいてえかわかるか?」
「ぐっ……見せるなってことですよね……手元や視線、行動の予測域を」
「そういうこった。ま、おめえの体格なら抜刀術なんてやるだけ無駄よ。ガッハッハッハ!」
「くそ……格好良く技名を発しながら抜刀術をやってみたかったなぁ……」
「バカ野郎。それこそバレバレだろうが。抜刀術すなわち、忍者の如き隠密なやつってことよ。
どうしてもやりてえなら、抜刀プラス別の攻撃手段だ。こっちの方が断然つえぇからな」
「はぁ……」

 

 ――――懐かしい響きだった。あの時は簡単にねじ伏せられたっけ。
 今対峙しているエンシュにもわからせる必要がある。
 
 あの時は出来なかったが、今の俺の筋力なら、かなり低い姿勢を取る事が出来る。
 俺の姿勢はエンシュよりずっと低い形を取り、相手を見据える。
 
 付近にある石を指の間に挟む。棒は腰に挟んだままなので、両手が開いている。
 左右合計八個の石を指の間に挟む。
 
 俺は低い姿勢から斜め上に跳躍しつつ石を投げつけた。
 じっと見ていたエンシュはとっさに来た石を見て、慌てて棒で石を払いのける。いい動きだ。
 そのまま天井に足をつけその位置から石を投擲。天井を足場にして再び地面に向けて跳躍しつつ石を放つ。
 着地の瞬間今度は足を少し滑らせながら二個の石を放つ。
 この動きにはもうついてこれていない。
 エンシュは、防ぐのではなく、身を翻して回避した。
 その回避先に石を投げつつ一気に間合いを詰めつつ……抜刀する棒に開いた片手をつける。
 その姿をエンシュはもう捉えられていない。

「う、うわあーーーー!」
「お前の負けだ」

 俺の棒がエンシュの腹にボフッと当たる。さらに格闘術でエンシュをねじり伏せた。
 当然力はいれていない。石もまだ余っているから、けん制されても斬り結びつつ石を投擲して
位置を調整することはできただろう。

「どうだ。目で後を追えたか?」
「……まさか石を使うなんて」
「石なんてどこにでもあるだろう? お前の周りにも沢山な」
「あんな動き、俺には……」
「できる。何せお前は背が高くない」
「な……そんな……」
「あれ? 気にしてたのか?」
「はい……俺の父も母も小さかったから、きっと大きくなれないと……」
「よかったな。そいつは抜刀術に向いてるってことだ。俺の背だと抜刀術向きじゃない。
お前は今……百五十センチくらいか? まだ子供だからかもしれないが、あまり大きくなるようなら
抜刀術を諦めないといけなくなる。それと、戦ってみてどの手段が一番辛かった?」
「石です。姿勢を崩されました。あんな適格に石を投げられるものなんですか?」
「そりゃあ……手の皮が何回ずる向けても、投げるのを止めさせてくれない師匠がいたからな……」
「先生のお師匠様は厳しい方だったんですね」
「いや、優しい方だよ。シーザー師匠に出会わなければ、俺も仲間も、露頭に迷って
死んでたかもしれない。俺の憧れであり、あんな風な格好いい男になりたいって、そう思ったのさ」
「そうだったんですか。一度お会いしてみたいです!」
「だったらお前に絶対守ってもらいたいことがある」
「何ですか?」
「戦いにおいて死以上の敗北はない。だから絶対死ぬような戦い方をするな。
たとえそれがお前の中で邪道だと思う戦いだったとしてもだ。そして
……本当の意味での殺し合い以外で、相手を殺すべきじゃない。
意思疎通ができ、話し合いができるならば、戦闘は避けるべきだろう?」
「それは……わかりました。あの……俺も斬撃、飛ばせるようになりますか?」
「どうかな……俺も最初は横薙ぎ! なんて言いながら頑張って戦ってたんだぞ。
でもお前も魔族と神兵との間に生まれた子供なら、何かきっかけがあれば変わった事ができるかもな」
「きっかけですか……でも父も母も、かなり昔に亡くなったのでよくわからないんです」
「お前の父、神兵の事はわかるんじゃないのか? 母の事に関しては何か文献とか残っていないか?」
「この洞穴の奥に、俺の一族の墓があるらしいんです。そこなら或いは……でも俺じゃ辿り着けなくて」
「そうか。事のついでだ。墓参りにでも行ってみるか。俺たちはこの先を抜けれるか、確かめないといけないし」
「ありがとうございます! 先生!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

無限初回ログインボーナスを貰い続けて三年 ~辺境伯となり辺境領地生活~

桜井正宗
ファンタジー
 元恋人に騙され、捨てられたケイオス帝国出身の少年・アビスは絶望していた。資産を奪われ、何もかも失ったからだ。  仕方なく、冒険者を志すが道半ばで死にかける。そこで大聖女のローザと出会う。幼少の頃、彼女から『無限初回ログインボーナス』を授かっていた事実が発覚。アビスは、三年間もの間に多くのログインボーナスを受け取っていた。今まで気づかず生活を送っていたのだ。  気づけばSSS級の武具アイテムであふれかえっていた。最強となったアビスは、アイテムの受け取りを拒絶――!?

処理中です...