上 下
446 / 1,085
第四章 メルザの里帰り

第三百八十八話 大和撫子

しおりを挟む
「ふぁー、いつの間にか寝ちゃったか。おはようリル」
「やぁ。僕もいつの間にか眠ってしまったよ」

 昨日話し込みながら、二人で雑魚寝してしまったらしい。
 せっちゃんの宿は結構広いしベッドも複数ある部屋だらけだ。
 飲み水用の容器などもちゃんとおいてあるし、セシルが綺麗に片づけているのか、部屋の隅々まで
掃除が行き届いている。綺麗好きとしては有難いな。
 そもそも前世のいた国最大の魅力は衛生面だったし。

 伸びをしながら水を汲み、リルに渡すと二人で飲み干す――――と、何か部屋の入口あたりが
騒がしいので開けてみた。

 ずざー--っとなだれ込む女子三人。こいつらまた……。

「何してんだ、ライラロさん、サラにベルディア」
「べべ、別にお兄ちゃんとルインが変な事してるなんて思ってないわ!」
「このバカ。いきなり確信から言うんじゃないわよ!」
「ルインの初夜が男ってまじっしょ? ありえないっしょ!」
「何言ってんんだお前ら。俺はリルと……その、美しい花の育て方を話していただけだ。なぁ? リル」
「え? うん。そうだよ。スイレンって言う花がどう育ったのかをね」
「それってルインの事じゃ。きゃー-」
「おい。それより三人ともちゃんと寝たのか? 俺はココットとニーメのところに行ったら
メルザを連れて出かける予定だけど」
「無理―、私ら女子会してたから、これから寝るとこなのにルインがいないからさぁ……」
「探して寝込みを襲おうとしてたっしょ。そしたら……」
「男と雑魚寝なんてまったく。あんたは本当ベルディスに似てるわね」

 プンスカしている女性陣。どのみち寝てないならついてはこれないな。
 リルも妖魔の国へカノンと向かうようだし、ここでしばらくお別れか。

「リル。お互いに気を付けて落ち合おう」
「うん。僕らの方が先に着くだろうけどね。アルカーンにあったら色々伝えておくよ。
ルーニーの事もなるべく早く戻すよう伝えておくから」
「そっちも大変だろう。無理はしないでくれよ。フェルドナージュ様の位置はわかるのか?」
「ううん。フェルドナージュ様の位置はわからないけど、これがあるでしょ?」
「そうか! フェドラートさんの! ……ああ、ルーンの町じゃわからないのか」
「そうだね。流石にここは亜空間すぎるでしょ。言うなればアルカーンの空間みたいなものだし」

 二人でクスリと笑いあい、拳を重ねた。相変わらずいい顔してる。妖魔のプリンス。
 ベルローゼ先生とは違う方向で格好いいな。

『やっぱり、男っていいわねぇ……』

 怖い視線に気づいて俺たちは慌てて拳を離す。

「さて! まだまだ忙しい。三人共ちゃんと寝ておけよ。キゾナ大陸経由でドラディニア大陸まで行く。
何日かかかる可能性もあるから、その間にシフティス大陸へ行く支度をしててくれ」
「うん、わかったっしょ。イーちゃんと少し特訓しておく予定だから」
「私は戦闘の幅を広げるために、妖術の練習かな。ストラスの技に頼りっきりになってるし。
真化の練習もしないと」
「私はお菓子巡りしてくるわね。あんたたちはちゃんと鍛えておきなさいよ。あの大陸、結構
やばいんだから」
「カノンを見なかったかい?」
「お兄ちゃん、それ聞いちゃうわけ?」
「え? だめなのかい? 主やファナもいないみたいだけど」
「そーいやファナとメルザは寝にいくっていってどこいったんだ?」
『はぁ……男ってダメね』
『えっ?』

 だめだ、会話が通じない! これが女の空気を読めという奴なのか? 
 俺はリルと顔を見合わせ、目をぱちくりさせる。
 わからん。俺もリルも男だ。まったくわからん。
 
 メルザを探しに行ってはいけないようなので、ニーメの鍛冶工房へ向かった。
 ここへ来るのは久しぶりだ。入口に入るとすぐ、マーナが近寄って来る。人形のマーナ。どうにか
戻してやりたいが……マーナの魂はもしかしてタルタロスが関与しているのか? 

「お兄ちゃん、お帰りなさい。どうしたの?」
「ただいまマーナ。出かける前に顔出ししたくて。それとココットに渡したいものもあるんだ。
っといってもメルザのポーチの中に入れたまんまなんだけど。これはまた今度かな」
「ニーメちゃんがね、話しておきたいことがあるみたいだよ。呼んでくるね!」
「マーナ。ちょっと待ってくれ。実は……」

 俺は地球に居た頃の遊びの話をマーナにした。おはじきはこの年代でよく知らないよう
だったが、さすがは女の子。布の折り方などにはかなり詳しいようだ。
 ……いや、きっとぬいぐるみの体でも出来る事を必死に探したんだろう。
 もう十分だろう。この子は悪くないんだ。どうにかして人の体に戻してやりたい。
 だがイネービュに掛け合った所で難しいだろう。そうなるとブネかタルタロスしかない。

「……俺が必ず戻す方法、見つけてやる」
「え? なぁに、お兄ちゃん」
「なんでもない。マーナ。ニーメと仲良く育ってくれ。必要なものがあれば揃えるから」
「うん! 私も出来る限り何かお手伝いするよ! それに、ニーメちゃんとは結婚するんだから!」

 しゃがんで頭を撫でてやると、ニーメを呼びに奥へと走っていく。
 責任、罪、恐怖、そして反省と贖罪。人に課せられる重み。あんな小さい子でも本当に
受けねばならないのか? 
 俺にはわからない。人の善悪の尺度は個人個人で判断がまるで違う。
 社会的弱者がそれだけで悪なのか? 生まれながらに働く必要のない地位はそれだけで善なのか? 
 正しいとは、悪いとは一体何なのか。それは別の世界に来て本当に考える事だった。
 
「せめてここでの人生は、マーナにとって幸せであるように、大人が頑張って作りあげなきゃいけないんだよ。絶対に」
「……若者よ。一人で背負いこむな。お主は一人じゃない。多くの助けがあろう。
お主のような偉丈夫。そうそう見かけられるものではない。この地へ来て一番の成果かもしれぬ」
「うわっ! びっくりした。誰……爺さんか」
「ほっほっほ。まったくわしをあのような美人の許へ置いていくとは。先ほどの話、少しだけ聞かせて
もろうた。ここは本当に不思議な場所じゃが、立った一日いただけでもわかる。
このような優しい町、わしゃ見た事がない。主殿というのは相当に素晴らしい人物なのじゃろうな」
「ああ。メルザはさ。誰よりも他人を大事にしてしまうんだ。そしていい意味で寛容だな。
大抵の者は気にせず受け入れてしまう。純粋で無邪気。俺の居た国でいう大和撫子ってところだ」
「大和撫子? はて、聞いたことがないんじゃが、どういう意味かの?」
「大和という国における女性を例えた話さ。一見弱そうに見えて、いざという時にその芯が非常に強い。
由来は秋という季節に咲く七つの草の一つだ。例えばこんな短歌がある。なでしこが、その
花にもが、朝な朝な、手に取り持ちて、恋ひぬ日なけむ」
「美しい調べじゃな。お主の祖国の歌か」
「万葉集という、多くの短歌を集めた書物。その中のお気に入りだな。あなたが撫子である
ならば、毎晩でもあなたを愛でようという、願望がある短歌だよ」
「お主の国にはもう、大和撫子はおらぬと?」
「時代は変わった。男も女も昔の形態とは違うだろう。だが俺は、例え苦しくても不便でも。
みんなが楽しめて暮らしていた時代の方がよかったんじゃないかって思うんだ。火事と喧嘩は江戸の華 
なんて言葉もある。こいつは喧嘩すりゃ目立つが飲食で仲直りする江戸の風物詩ってやつだったらしい。
分かり合うまで殴り合ったっていいじゃないか。気持ちをぶつけあえるんだ。陰湿な喧嘩よりよっぽど
スッキリするだろうさ」
「ふうむ。わしにはよくわからぬが、お主の居た時代はあまりよい時代じゃないようだのう。
しかし随分とお主の人となりを見させてもらうことが出来た。そろそろ話してもいいかもしれんのう」
「ん? 爺さんはここにハーヴァルと話す以外の目的があるのか?」
「いや、実はのう。信における人物を探しておってな……」

 と話そうとしているところで、ニーメがやってきたので一時中断した。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

処理中です...