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第三章 舞踏会と武闘会

間話 一宮水花が住んでいた世界は

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「なぁルイン。どうしたんだ? 何かぼーっとしてよ」
「ん? ああ。昔の事を少し思い出していてさ」
「昔ってルインが生まれる前の話か? 前に少し話してた。確か一宮水花っていってたよな」
「覚えてたのか。それ」
「だってよ。女みてーな名前だったからさ。どんな感じだったかもっと詳しくしりてーよ」
「うーん。あまり話したくない内容なんだが……」
「……俺様さ。半年も会えねーからよ。もし眠ってるならさ、ルインの事考えていたくてよ……」

 ようやく見えるようになったメルザの顔色は悪かった。そうか、無理もない。
 自分がどうなってしまうのかわからないし、みんなと会えなくなる。そんなの体験したことなければ
不安でしかないよな。手術前のような心境か。

「メルザ。少し物語のように話してもいいかな? その方が伝わると思うんだ」
「あーらメルザだけなんてずるいわね。私も混ぜてよ」
「当然混ざるっしょ」
「わらたちみんなで聞くとしよう。ルインの物語を」
「みんないつの間に。少し恥ずかしいけど……でも皆にも知っておいてもらったほうがいいかな。
決して明るく楽しい話じゃないけれど。俺の居た世界の話さ。逆ファンタジーってところかな」

 ――――。

 俺の名前は一宮水花イチノミヤミズカ。地球にいた頃の読み方は
[イチミヤスイレン]と読む。いわゆる当て字という本来の読み方と違う読みだ。
 母親が考えた名前で、水の中で育てる美しい花からつけた。代わった花だが水面に美しい花を咲かせる。
 地球という星では常識の花だが、異世界からすれば異形に映るんだろうな。
 文字が異なるのは、漢字が難しいとテストの記入や人生において多く時間を無駄にする
ことから、水花にしたらしい。いつも正確に読まれず女と間違われていた。

 自分自身の名前には興味がなかった。
 誰にも迷惑をかけず、ひっそりと生きていたい。そのことばかりを考えていた。

 それでも自分は恵まれている。
 この国に生まれた事自体幸せな事なのだろう。
 そして戦争の無い時代に生まれた事は、幸せな事だ。

 時代が時代なら、山の中に捨てられてもおかしくない。
 直ぐに命尽きる事になっていたのではないだろうか。

 生きている事自体は地獄ではない。
 不自由である事。ただそれだけだ。
 しかし人間の多くは五体満足だとしても、何かしらのしがらみに縛られ、生きている。
 この世界にある健康の定義は……七十年以上変化していない。
 健康とは単に病気や虚弱でないだけでなく、身体的、精神的、社会的に、完全に良好な状態の事である。
 俺がこれを初めて聞いた時、世界の大半はこれに該当しないのではと思った。

 そんな世界だが、特に精神的負荷が強い状況下にあるのが、日本という国だった。
 同調性がとにかく強く、他人と違う行動や外見だと、後ろ指を指される。
 言わなくてもわかるというルールが無数に敷かれていて、法規制はゆるいものが目立つ。或いは事件が
起きてから改変される。
 例えばこれも法改正されたが、赤珊瑚を他国が違法に密輸したうえで売却され、賠償金の
支払い額を払っても、大儲けできた……なんて事件があったくらい、法の整備が行き届いて
おらず、見直すべき点が非常に多かった。
 それは今も尚、変更をかける担当者ですら疑問に思っている法律もあるだろう。
 
 これは、身を尽くし他者をもてなす国の風習が抜け切れていないところもあるんだろうな。
 銀が異常なまでに安かった時代もあり、この国の地上資源はあっという間に枯渇してしまった。

 
 この国には優しい人……俺自身は種族だと思っているのだが、他人への思いやりが強い人々がいる。
 これは、遥か昔の古代人の血の影響だと思うのだが、ここに住まう者たちは、過酷な北の寒い
地域から、南下して移りすんだ種族と思われる。寒い地域から協力し合い、助け合い移りすんだのだろう。
 だからこそ忍耐力と同調性を兼ね備えた民族となったのかもしれない。
 


 そんな国で、一宮水花は弱視で生きていた。
 年を取り、一人で生きていた俺は、仕事に、社会に疲れていた。
 ただ、この世界には娯楽が沢山ある。家にさえ帰れば。休みさえあれば。
 現実ではない仮想の世界。そこで大きな夢を広げる事ができる。
 素晴らしい発想を持つ人々の物語が聞けたり、見たり。時には触ったりもできる。

 それらは全て直接、ないし間接的に、人の手により作られたものだった。
 きっと憧れていたんだろうな。形のある無しに関わらず、物を生み出す事に。
 そして、自分でもやってみたかったんだ。新しい事をさ。
 これは過去にいた人物、アリストテレスという、結果あまりよくない影響を与えてしまった
哲学者が言った言葉。
 【フィロソフィア】
という言葉がある。知を得る事を愛する……そのまま意を介せば、人は知識を得る異に貪欲だ。
 そして未知なる事を得た時、歓喜し、自信をつける事が出来る。
 だからこそ人は、本を読み、行動し、考え、笑いあい、生きている。
 俺もそう考えているんだ。


「だからメルザ。夢の中でさ。俺と一緒に新しい事をやってみたらどうかな。
きっとすごく楽しくて、すごく幸せな気持ちになれる。二人で手を合わせて……」
「二人じゃないわよ! みーんな一緒でしょ!」
「水花と書いてスイレンか。覚えておこう。その花を」
「案外いい世界じゃないの。ようは変な奴だけ気にしなきゃいいんでしょ?」
「どこの世界にも、変な奴はいるね。僕ら妖魔だって十分変わってるけどさ。君の物語、僕は好きだな」
「私はビノータスやエーナの大臣を思い出すだけで鳥肌が立つわ……」
「それ、ベルータスの部下だよね。何かあったのかい?」
「ははは。みんな本当にお喋りだよな。俺はさ、誰にも迷惑かけず一人で生きていこうとしてたのに
理由があってさ。親がずっと言ってたんだ。人様にだけは迷惑をかけないようにってさ。
けど視覚障害であると、誰頭にぶつかったりして迷惑がかかるだろ? だから一人でいればって。
でもさ。本当は違ったんだよな。迷惑をかけるんじゃない。それが迷惑にならないよう、手を借りたら
返していけばいい。ただそれだけだったんだ」

 親が悪いんじゃない。親だってどう育てていいかわかるわけなんてない。
 だからこそ、子である俺自身が気づいてやる必要があったんだ。
 俺自身が出来る事をアピールし、出来ない事に手を借りる。
 俺は十分バカ野郎だった。その経験を活かして、皆と仲良く手をとりあえていると思う。


「俺様、嬉しいよ。すっごく幸せだ。みんな優しくてさ。だから離れたくねーしさ、このままでも
いいやって何度も思ったけど。けどよ、戻ったらまたみんなといっぱい遊べるんだよな。
だからさ、みんな待っててくれよ。ぐすっ……」
『当たり前だよ』

 俺はみんなを抱き寄せ、力いっぱい抱擁しあった。
 ここにいるみんなと。それに必ず助ける、ブレディーの気持ちも合わせ、メルザに送った。
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