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第三章 舞踏会と武闘会

第三百二十四話 大切な事、思い出したよ

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 これから新作のお菓子を作る。本当は先生に真っ先に食べてもらいたかったんだけど……仕方ないか。

「準備はできたのか?」
「うわぁ!? ……ってここで待ってるようにいったの、俺だった。ブネ、もう少し時間もらえるか? 
メルザたちの支度にも時間かかるだろうし」
「何を言っておる。すでに貴様以外参加者は全員運んだぞ。強制的にな。そちらで支度出来る」
「……はい? んじゃ残ってるの俺だけってこと?」
「そうだ。それで貴様は何をしている」
「メロンパイをその……」
「イネービュ様への献上品か。ならばしばし待とう」
「どっちかっていうとほぼ全女性陣への献上品かなぁ」
「ならば私への献上品でもあるな。よい、しばし待つとしよう」

 いやー、料理って後ろに立たれるとやり辛いんだよ。料理好きの人ならわかるだろうけどさ。
 そうだ、ブネに一つ訪ねたい事があったんだ。

「なぁブネ。神の遣いであるあんたに聞くのはちょっと気がひけるんだけどさ。
俺が術で造る造形術って、意思があったりするんだけど、消滅したらそれまでの意思って消えるのか?」
「消えぬ。ベリアールよ。貴様が話しているのは魂魄の話であろう? 物質の形が消滅しようとも
魂魄が消滅するわけではない。貴様は魂魄の一部を具現化して行動させているにすぎぬ。そのうちに持つ
膨大な魂魄を分け与えて使役しているのだ」
「……どういうことだ。俺が多くの魂魄を持っている?」
「ふむ、貴様は招来術を理解しておらぬようだな。招来術とは本来特異な力。その身に無数の魂魄を宿す
者にしか使えぬ。これは先天的に持つ者もいるが、多くは後天的に得る者が殆ど。
それは……人の死に多く触れた者の一部が授かるものだ」
「っ! そんな。それじゃあ俺やメルザは人の魂魄を封じてるっていうのか?」
「そうではない……本来人の子に見せるべきものではないが、貴様には見せてやろう。
もはや人の領分を遥かに越えた存在だ。知っておいてもいいだろう」

 ブネは俺の頭に手をかざした――――。


「ねぇ植木さん。一緒に売店まで行ってもいい? 僕、暇で」
「ん? ああ。もちろんだよ。小さいのに本当、大変だね。私に出来る事があれば入院中は
なんでも言ってくれ」
「ありがとう。でもひと様に迷惑かけちゃいけないってお母さんに言われて育ったから。だからついでの
時だけで」
「はっはっは。子供はそんな事気にしちゃいけないよ。さぁ、行こう」

 これは……入院中の小さい頃の俺か。この人は……覚えている。優しいお爺さんだった。

「うぅ、苦しい。苦しい!」
「植木さん? 大丈夫ですか? 急いで処置室へ! 早く!」
「……」

 そう、深夜に苦しみだして、そのまま戻らなかった。病院ではよくあることだった。

「お兄ちゃん、いくつなんですか? ご病気は?」
「まさか俺より小さい子がいるとは思わなかったな。俺は十七だよ。君は十歳くらいかな?」
「うん。僕は十一歳だよ」
「まだ小学生かよ……落ち込んでいられないな。俺は……ガンなんだ。どれくらい
進行してるかもわからない。君は?」
「僕は目が不自由なんだ。お兄ちゃんの顔も、あんまりよくわからないや。でも
きっと、かっこいいんだね! ガンなのにへっちゃらそうだし」
「あ、ああ。そうだぞ、へっちゃらさ。だから君も負けないよう、頑張って生きるんだぜ」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん。ところで、ここ暇じゃない?」
「ああ、そうだな。でもゲーム持ってきてるし。見えないかもしれないけど、一緒にやってみるか?」
「いいの? 僕ゲーム好きだよ。お母さんは目が悪くなるからダメって持ってきてくれてないけど」
「おっと。それじゃやらせたらまずいかな?」
「ううん、平気だよ。お医者さんはそういうのが原因じゃないっていってたし」

 このお兄さんは旗本さんだ……短期間しかいられなかったけど、俺に楽しい事やくじけない心を
教えてくれた人だった。
 数週間で死んでしまった。たったの十七歳で。

「……おい坊主よ。なんでおめぇみてぇなガキが入院なんてすることになったんだ」
「おじさん。僕は目が不自由で。原因はわからないんだって」
「そうかよ……やっぱり神なんてのぁいねえんだろうな。平然と暮らす者もいりゃこんな小せぇのに
病院なんて牢獄に入れられたままのガキもいる。
自由? 平等? 平和? なんだそりゃ。くそくらえだろ」
「でもおじさん。僕には母さんがいるよ。僕がここに入った時はずっと悲しい顔をしてたんだ。
僕はそんな母さんの顔、見てると涙が出てきちゃうんだ。だからね、苦しくないように、ずっと笑って
いるように、元気な姿をしているように見せていたんだ。そしたらね、母さん、辛い顔
しなくなったんだよ。笑顔でいられる事って、平等に与えられた事じゃないのかな?」
「おめぇ……おめぇはその年でよぅ。そんな辛い事にたえてきてるのかよ。
ううっ……すまねぇ。すまねぇな。おめぇの言う通りだ。こんなガキがよ。なんで、なんで……」

 ……この人は鈴木さんだ。少し荒くれた人だったけど、俺の事を最後の時まで気にかけてくれた人だ。
 本当は凄く優しい人だったんだろうな。

「はぁ。早く死にてーな」
「お兄さんは、何で死にたいの?」
「痛いからだよ。生きてるだけであちこちが」
「痛いってことは生きてるってことじゃないの?」
「俺は生きていたくないんだよ。常にどこかが痛む苦しみってやつ、わかるか?」
「うん。僕も毎日治療で恐ろしい事をされてるから。でも我慢しないと」
「そーいやお前の治療、ありゃまじかよ。他に方法ないのか?」
「わかんない。でもここ、大学病院だから、実験も兼ねてるんだって。前に……いた人にきいたの」
「最先端の治療を受けられるって聞きゃいい響きだが、やってることは非合法の人体実験だしな。
人は犠牲の上に成り立つ。お前も、俺も、社会からすりゃいいモルモットだ。そうやって発展していく
人ってのは、残酷そのものの生き物じゃねーのかな」
「そうかもしれないね。でも僕、まだ十一歳だから、よくわからないよ」
「生まれて十一年で常に病院の中か。俺ならさっさと死にたいね」
「そこから飛び降りたら楽になるかもって考えた事もあるよ。それでも、それは多くの人に
迷惑がかかるでしょ? 僕は誰にも迷惑かけず、生きていたいんだ」
「そうか……同じ苦しみを持つ坊やが、幸せに生きていけるように、俺も祈ってるよ」


 この人は石崎さん。難病疾患で地獄の苦しみを味わっていた人だ。
 いつも辛そうだったけど、最後は嬉しそうに笑って亡くなったって聞いた。


 俺は幼少期からずっと入院生活を繰り返した。何度も手術を繰り返し、結局何一つよくならず
暮らすことになった。
 治療でも、社会でも大きく苦しんだ。それでも生きていけたのは、自らを見捨てなかった家族のおかげだ。
 二度目の人生は逆だった。家族に捨てられ打ちひしがれたところを、見知らぬ者に助けられた。
 そう、思い返してみれば前世でも、そうだったんだ。
 入院中亡くなられた多くの人に助けられていた。
 多くの人の死に触れた。

「死とは、何だと思うか?」
「ブネ……死とは、他者が感じるその人への思いなんだな……」
「そうだ。人は常に死ぬ。その者が認識しない者の死など、他者にとってはどうでもよい事。
だが一度知りえれば、その者に強く影響を受ける者。
この者はこんな人物であった、この者は早くして亡くなった。
他者の死を己の生の一部とし、人は生きている」
「そしてそれが一部の魂魄として取り込まれるってことか?」
「わかったか。その通りだ。その者の大半は作り変えられ、貴様のように転生したりもする。
思考をそのままに移るすなわち思留転生シリュウテンセイ
思い強き者、或いは神に見初められ士者は、重留転生す。
お主の内にある、多くの死の思いを大切にせよ、ベリアール」
「ああ。俺の生き方そのものの思い出。忘れたりしないよ。どんなに辛い過去でも、
どんな悲しい過去でも。俺は悲しみを乗り越えて生きていく。それにきっとあの人たちだって、転生
できるんだろ? 今度こそ幸せになっててくれるといいな」
「そうだな。個々の魂魄の経緯まではわからぬ。だがきっと、貴様に触れ人としての悲しみを
知った者たちは、強く生きていけるのだろう。さぁ元へ戻り、貴様が用意するものが済んだら
四層に向かうぞ」
「ああ……ブネ、ありがとう。大切なもの、思い出したよ」

 
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