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三部 主と突き進む道 第一章 海底の世界へ向けて

第二百七十八話 生きているうちに無駄な時などない

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 泉の前に座り、情景を眺め見る。
 俺、メルザ、ベルローゼ先生、イーファ、ドーグル、レウスさん、ファナ、サラ、ベルディア、リル、カノン、パモ、ブレディーにドルドー。多くの仲間とこんなところまで来た事を不思議に思うし、今こうして
みなといられることを幸せに思う。あの頃に比べれば天地の差だ。
 大切な仲間だからこそ、聞いて欲しい。そう思った。
 心の闇全てを流してくれそうな、滝の音がある。
 黒い色を朱色に染めてくれそうな花びらがある。
 そんな場所だからこそ……かな。

「俺の話を聞いて欲しい。決して面白い話じゃないけど、聞いてもらいたいんだ」

 俺が生まれ、記憶があった……いや、魂が宿ったのはこの体が三歳くらいのころなのだろう。
 正確な年齢はわからない。なにせ目が見えていなかった。
 理解も出来なかった。激しく動揺した。
 車に引かれた記憶、自分の身体の状態。手足が短くなったのかと思った。
 色々理解できないまま、俺に語り掛ける者がいた。多分母親だろう。

「なぜ、生きているの……ありえないわ。なんで……そう、あなたは死んだはずなのに、生きている。
まだあなたの面倒を私は見ないといけないのね」
「よくわから……」
「しゃべるな! その声、聴きたくもない!」
「……」
「食事は一日三回。入口に置く。自分で探しなさい。それじゃ」

 わけがわからなかった。自分の体はとても小さくなっていた。
 身体はよく動かなかったが、おそるおそるあちこち調べてみた。
 ベッド以外、何もない。小さな部屋。牢屋と変わらない、そんな部屋だった。
 言葉が時折部屋の外から聞こえてくる。食事をとり、体を少し動かし、寝る。
 そして色々考えた。俺はきっと生まれ変わったのだということ。
 生前の事。今の状態。わかることは少なかったが、見えない絶望に打ちひしがられた。
 そこからは妄想の日々。前世で行った出来る限り楽しいと感じた事を思い描いて。

 そうしなければ、生きているのが辛かったんだ。時が経つにつれ自然と言葉はわかるようになっていた。
 聞こえてくる声から学習したのかもしれないし、妖魔の力だったのかもしれない。
 聞こえてくる声は三つ。女の声が二種類。男の声が一種類。
 会話の内容に興味は無かった。ただ、年を追うごとに食事は少なくなっていった。

 だが、三食の食事は欠かさず運ばれていた。
 どのくらいの年月が経ったのだろうか。いつしか聞こえてきた声は一種類しか無くなっていた。
 俺には興味が無かった。あまりにも長い月日が、感情を殺した。
 残されたのは絶望と闇。たった一人の凍毒に関しては、前世からそうだった。
 だから一人でいることは苦ではなかったと思う。
 静かに誰にも迷惑をかけずひっそりと生きていたい。
 だが何もせず食事だけ提供されれば、それはその人に迷惑をかけているのだろう。

 その後ろめたさからだろうか。いつしか死にたくなっていた。
 そしてある晩。何者かに連れ出され、馬車か何かに乗せられた俺は、捨てられた。
 通って来た道や時間などはまったくわからない。
 既に衰弱していたのだろう。
 ただ、覚えているのは、抱きかかえた者もまた、衰弱していた事。
 そして最後に放った言葉。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい。もう私には無理よ……」

 今思えば、この人は母親だったのだろうか。
 それすらもわからない。だが、恐らく貧しいなりに食事を提供し、どこかで働いていたのだろう。
 自分の食事を提供するために。

 捨てられた俺は絶望しきっていた。それはこの人にではない。
 自分の生まれた環境に。この見えない目に。
 そして今は感謝している。食事を与え続けてくれたことに。
 そして、あの場所へ捨ててくれた事に。

「……これが俺の生きてきた道。前世の話は必要ないか。無駄な人生時間を送っていた。
そんな期間だと思う」
「そんなことはない。生きている事に無駄などありはしない。貴様はその年齢、ずっと精神修行を
行っていた。俺に近い強さを持てるのは、その絶望がある故だろう」
「俺様も、すごく悲しかった。でも、全部なくなっちまってよ。そこから新しい生まれがあるんじゃねーか」
「そうだね。僕もサラも、母上を、父上を失って、新たに得たものが多くある。君を含めてね」
「みんな、ツインに、惹かれる。それは、悲しみ、背負うから。痛みを知るから。人は、優しくなれる。
ブレディーも、いっぱい、痛み、持ってた。気持ち、わかる」
「ここにいる誰しもが、そんな悲しみを抱えているのね。私たち似た者同士が、惹かれあっているのかも
しれないわね」
「この時間もまた、自分を知ってもらう大事な時間。ルインよ、ちみもまた、王たる資格を持つのだな」
「他者への痛みを知り、どのような者へも優しい心を持ってみることができる。
傷を、痛みを知り、他者を第一に考える自己犠牲心。危うさと正しさを持つ。これ王の器然りか。
ドーグルよ。我がトリノポート大陸も、昔はそうだったのだ。住まう人々は思いやりに溢れ、みな
必死に生きていた。争いごとも少なく、みな笑って暮らしていた。他国の脅威にさらされ、いつしか
心が変わってしまったのかもしれぬ」
「俺には、王になんてなれないさ。なぜなら……俺にとっての王はもういる。誰よりも優しく、他人思い。
自分を犠牲にしてでも、俺を救おうとしてくれる、メルザが王様だ。
それにこいつは欲もない。本当にいい王様になれると思う」
「ふっ。確かにあの娘にはフェルドナージュ様に近しい能力を持つ。それこそ神に近しい能力を
持っているのかもしれんな」
「俺様、よくわからねーけどよ。でもみんなのこと、大好きだから、その……ずっとそばにいて欲しい。
もう、寂しいのは嫌なんだよ……」
「ここにいる誰一人、離れやしないし失わせたりしない。だからこそ、そのためにも……ティソーナを
手に入れてみせる!」
「ああ。ルインよ。其方ならきっと、手にできよう。伝説の二振り、見事そろえてみせてくれ」

 話し終えた俺たちは、神の空間を出し、休息をとる。といってもメルザと先生以外は俺の封印の中だ。
 メルザが寝付いた頃、先生に少し話をと呼び出された。
 ブレディーとドルドーは聞いてるかもしれないが、いいのかな。
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