悲しみの迷宮

軫成恵

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不文律

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 どうして
 力を使わせるために、この国はタカを呼んだのに。
 国として認めていないのか。
 だが、国の代表として、晟雅は頼んだのではないのか。
 なのに、認めようとしないのか。あの人は、役人の高官ではないのか。
 私は、なにもしらない。
 何も、わからない。
 タカのいた世界も、この国も。
 この国の言葉もわからない。共用語もしらない。
 何が起こっているのか。
 何をすべきなのか。

 ずかずか進んで、廊下の角を曲がり。
 どん、と誰かにぶつかったことさえ、よくわからないまま、ぼう、としていた。

 自分に何ができるのか。

「×××、×××?」
 声をかけられるまで、その人物に気が付かなかった。
 といっても、言われても何を言っているのかわからなかったが。
「あ、す、すみません!」
 自分の言葉が通じるかはわからないが、ヤナはすみません、と繰り返すと。
「なんで謝るの?」
 目の前に立っている男にそう尋ねられた。今度は、ツィスニル語だった。政府の高官には到底見えないかったし、第一王子だろうか。白髪白眼、真っ白なその男性は、幼さを残した顔立ちだった。透き通るような白磁の肌。ぽかん、とした、糸が一本抜けたような表情だった。第一王子の姿を、ヤナは知らないが、王子らしくない、簡素な服装だった。シャツとズボンといった庶民でも来そうな服装を、果たして公の場で着るものだろうか。
「?……えっと…、ぶつかってすみません……」
「ああ、そんなことか」
「………?」
 男性は、まったく気にしていないようだ。
「きみ、ツィスニルから来た使者?」
「? は、はい?」
「なんで、疑問形なの?」
「えっと……」
 自分は、おまけだ。タカが呼ばれているが、自分は何もできない部外者だ。現に、朝からタカやシダカを見ないし、自分は王女に茶会は呼ばれているものの、それは特段、何かをしなければいけないわけではない。重要なこと、機密事項を自分に話してはくれないだろう。そう、思っている。
「えっと、あなたは? この王宮の方ですか?」
「おれ? おれは、王宮の人間ではないよ」
「え……?」
 ならば、そんな服装をした人が、王宮に入り込んでいるのだろう。
「ええっと、じゃぁ、あなたの名前は?」
「おれ?……おれの…名前は…」
 男はぽかんとした表情のまま、首を傾げた。難しい質問ではないのに、なんで首を傾げるのか。ヤナも一緒に首を傾げた。
「アイス」
 ぽつり、と呟いた名前に、苗字はない。
「…………アイス、って呼ばれてる」
「えっと、私はヤナ、ヤナ・ユルスナール」
「ヤナ?」
「はい」
「……お迎えだ」
「え?」
 す、っとアイスは、ヤナの真後ろに指をさす。
 だんだんと近づいてくる人影が見えた。ただ、この王宮は広すぎる。人が来るのは分かったが、誰なのかよく見えなかった。
「彼によろしく」
「え……?」
 振り返ったそこにはだれもいなく。不意に窓からの風を感じて、窓の外、木々を見渡す。鬱蒼とした木々をすべて見ることはできないが、風に揺れる木々が見えるだけで、どこにも彼の姿は見えなかった。



「ごめん、ごめん! まさか、ほかの役人に聞くとは思ってなくて!」
 かけつけた王女は息を切らしながら、やってきた。彼がいっていた迎えは、霄のことだったのだ。
「それで呼ばれたんだから同然、その話をしても話がつながると思うわ」
 彼女の部屋へ案内され、ヤナの前にお茶とお菓子が並ぶ。侍女が下がって彼女は改めて、頭を下げた。眉間にしわを寄せて、ヤナはため息をついた。
「申し訳ございませんでした。不文律ゆえ、政治上の場、また政治にかかわる高官の一人でしたから、非になって否定したのでしょう。私と一緒にいたのもあって、過敏になったのでしょうね」
 音もなく現れた女性に、ヤナは目を見開いた。
「! さっきの…」
 廊下で高官が否定したとき、同席していた女性だった。その場で彼女は、何か言いかけたが、何かを発することはなかった。優雅に一礼して、すっと背筋を伸ばしす。美しい金髪に、濁りのない緑色の瞳。とても、美しい女性だ。霄が、自分の横を
「改めまして、私は、不肖第二王子が母、ハートゥと申します。茶会に呼ばれてはいなかったのですが、言葉足らずゆえ、国王陛下に許しを請うて、この場へ参りました。どうぞ、よしなに」
「こ、こちらこそ…。…………ん?」
「ん?」
 霄が、ヤナの言葉を反芻する。
「第二、王子………?」
 もしかして。
「あなた方を召喚させていただきました、晟雅・橄欖石の母にございます。現国王の妾ゆえ、政治的な立場は弱いですし、それ以上に、私は政治にかかわりたくないので、控えてはおりますが、今回はわが不肖の息子のことですし、国王陛下は全く使い物にならないし、あのくらいばかりがあって無能な政府の高官ですので、無言を貫く気にはなりませんでした」
「……………」
 にこり、と笑っているが、彼女の眼は怒りに満ちていた。
「言いたいことは分かるけど、………おばさんって、結構辛辣だよね」
「それは、私じゃなくても多少頭が働く人間ならば、だれでも不審に思うこと」
「う、うん」
「この国は、魔法に精通していながら、政治に魔法の介入を赦しておりません。そして、それは定められている規定ではあれど、文章として明記をしてはおりません。ゆえに、隠し、内外からこの国を護るのです」
「私が知っている限り、魔法を使えるのはタカだけです。晟雅王子にも見せてはいただきましたが、ツィスニル国で魔法を認知できる人たちは数えるだけしかいないはずです。混乱もありますし、便利なものとは言い切れません。だから、私はだれかにいうことはありませんでした。ただ、王子は、口にした。だから、それがこの国の常識なのかと思いました」
「この国には、一昔前に、魔法に関して結構な事件がおこりました」
「――――ハートゥ」
 咎める声音。
 険しい表情をする霄に、ハートゥも険しい表情だった。
 ただなら目配せに、ヤナは手で制した。
「言えないことなら、いわないで。私も、タカのことを聞かれたら、応えられないことも多いわ」
 申し訳なさそうに、二人は眉を下げた。そして、深々そろって頭を下げた。
「申し訳ございません。今回のことも、我々が力不足ゆえ。本来、あなた方にお願いすることではないのです。魔法が使える。それは、憧れであり」
「同時に、恐怖でもある」
「魔法を使えるものは多くありません。使えぬものにとっては、絵空事にすぎぬのです。」
「たとえ、国の中の人間が信じても。絵本の中の世界の出来事。魔法局省をこの国は設置しているものの、国政としてなにか対応できるわけではないのです」
「だから、一番政治から離されている王子、第二王子である晟雅を魔法局省に配置しているのです」
「私は、クレオードの政策をほぼ知りません。第二王子がどのくらいの地位にいるのかは分かりません。説明いただいても、きっと私は半分も現状をわからないでしょう。私にできることがあるのなら、タカのために何かできることがあるのなら。教えてください。私は能力はありません。だから、微々たるものになるでしょうが」
「ご協力、感謝いたします」
 深々と頭を下げるハートゥに、ヤナは尋ねた。
「あなたは、使えるんですね。彼らと同じように」
「ええ。あなたの澄んだ瞳に誓って」
「王女も?」
 こくん、と彼女も頷く。
「では、こちらからも、よろしくお願いいたします。私は、知識からして、足りなさすぎます。お教え願います。呼んでおいて、私だけ仲間外れはなしですよ」
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