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チェーン店の居酒屋で俺はくびぐびっと喉を鳴らしながらジョッキを空けた。

く、あー!!夏のくそ暑い時に飲むビールは美味いが、寒さが染みてくる頃に飲むビールもまた美味い。まあ、つまりビールはいつ飲んだって美味いのだ。俺は鼻の下についた泡をこすり、納得したようにひとりうなずく。

正面に座った笹山くんもごくごくとビールのジョッキを空にすると、俺の分と自分の分の二杯目をすぐに注文し、人の良さそうな笑顔でこちらを見てきた。

「飲みっぷりいいですね、藤野さん」

「おお、そうか~?」

笹山くんはにこにこしながら枝豆をつまみ、さらに続ける。

「藤野さんって結構男らしいですね」

おおう。面と向かって男らしいとか言われるとなんかむずむずするぜ。まあな、俺そういうとこあるからな。やってきた二杯目のビールに口をつけながら、もう一回飲みっぷりみせつけちゃおうかな?などど俺は悦に入る。

「仕事も真面目だし優しいし、わかりやすく業務を教えてくれるし、すげえ頼りがいあります」

まじかー。そんなことないけどな。ま、無くはないか。あるっちゃあるか。頼りがいかー、まああるかもなー。へへ。俺は酔っ払ってきていい気分になっている。笹山くんめっちゃいいね。褒め上手だわ。

「俺、藤野さんに教わりたい事たくさんあります」

えええ。なによー?仕事のこととか?それとも人生においてかな。俺はふふ、と鼻息荒くなる。

「まあ、なんでも聞くよ?俺」

すると少し照れながら笹山くんはスマホを取り出し画面を指で何度か操作すると、俺に差し出し見せてきた。出されたスマホの画面にはインテリぽさそうな大人の男が。そのちょっと気難しそうな表情の男の人の隣には、にこにこと笑顔の笹山くんも写っている。
 
「あの、俺‥」

「ん?何この人」

「それ、俺の恋人です‥」

え?

何?この急なカミングアウト。え??笹山くんってそういうタイプの人だったの??別にいいよ、別にいいんだけどさ‥。

「ま、まってだって一緒に嵐山ちあきのことで盛り上がったじゃん‥」

嵐山ちあきは柔道マンガの主人公で巨乳の女の子だ。巨乳の女の子たちが取っ組み合って泣きながら寝技で揉み合うあの27巻は男心と下半身を熱くたぎらせる名シーンである。

「あ、あれは嵐山が好きとかじゃなく柔道のマンガとして面白いだけで‥」

笹山くん嵐山ちあきに興味ないの??あんなに巨乳なのに???

「お、俺の恋愛対象は男です」

そ、そうなんだ。まあちょっと驚いただけだし、別に笹山くんの恋人が男でも全然問題はない。しかしなぜこのタイミングで俺に恋人を紹介してくれたんだ?

俺が不思議そうに笹山くんをちらりと見ると、笹山くんは情けない熊のような愛らしい顔を紅潮させて少しうつむいた。

「その、藤野さんの恋人いるじゃないですか‥。すごいかっこいい男性のかた」

え?唯継??なに?恋人ってもうばれてたの?

ま、まあそうだよな。毎日送り迎えしてるし、職場も理解ムードだし、たしかにいつか知れると思ったはいたけど気づくの早くね?

「いや、初めて見た時からすぐわかりますよ‥」

「あんなの‥」続けてぽそっと笹山くんは言う。あ、そうなんだ‥。俺と唯継って即恋人ってわかるくらいあからさまなんだ‥。ちょっと恥ずかしいわ。

「そっか‥。あー‥それで?」

俺は照れを隠すために何杯目かのビールをぐいっとあおる。

「その、あんなに素敵な恋人がいる藤野さんに俺、色々と教えてほしいことがあって」

教えるとは?俺があっけに取られていると畳み掛けるように笹山くんはもうすぐ冬だと言うのに額にうっすら汗をかきながら熱弁する。

「俺の恋人、あ、岩下いわしたさんって言うんですけど、その、岩下さんってかなりそっけない人で‥。それでどうしたら恋人の気を引けるかなって悩んでるというか」

どうやら笹山くんは唯継ほどのハイスペックな恋人が俺(なんか)にいるからにはさぞや俺が恋愛上手なのだと思ったらしい。

「確かに俺の恋人は俺にべた惚れだけどな」

俺はもうかなり酔っ払ってるし、さらに笹山くんのべた褒めで調子に乗っていた。俺は頭を掻きながら「へへ」と自慢げに笑うと、つまみの小茄子の浅漬けを掴み、それを笹山くんに突き付ける。

「つまりぃ、笹山くんは俺に、恋愛指南をしてほしいわけだ」

「はいっ!」

学があって好青年である笹山くんにきらきらとして熱のこもった目で見つめられると俺の胸のどこかがぷるぷると震えた。震えたその場所はかっこよすぎる恋人がいることで常に渇いている俺の男のプライド付近であろうか。

笹山くんの尊敬の眼差しは俺の干上がる心に激しいスコールのように水をもたらす。

実際酔っているから冷静ではないし、俺が一体笹山くんになにを教えることがあるのかはなはだ疑問だが、俺にはそんなことまるでちっぽけな問題にしか思えず、ただただ笹山くんの口から紡ぎ出される「すごいですね」という褒め言葉を求めて俺は大きくうなずいた。

「恋愛のことならなんでも俺に聞いてくれよ」

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