84 / 131
第3部 天の碧落
第6章 砂丘の摩天楼 5
しおりを挟む
闇から顕れ出でたのは、魔王ブラックファイア──。
濡れたように艶やかな長い黒髪。黒い瞳。優美な漆黒の羽根。そして黒一色の衣服。
トリニティが今まで出合った天使や悪魔と同様、やはり究極的に美しい容姿をしていた。
そして──その外見の有り余る美しさに凄みを添えていたのは……尋常ならざる魔物の気配だ。
その姿を見たものは狂気めいた恐怖に支配され、意志の力の弱いものならば、ある者は発狂しある者は頓死するであろう。
トリニティは決して意志の力の弱い方ではない。
彼女の置かれた数奇な運命と翻弄され乗り越えてきた過去の経験を思えば、むしろ意志の強い者といえるはずだ。その彼女をもってしても……魔王の孕む暗黒の闇の恐怖は彼女を屈服させた。
この魔王を封じ込めた守護石を持つ者の運命を歪ませ、持ち主は勿論のこと周囲に災厄と死を振りまくというのは──さもありなん。
それほどに尋常ならざる魔の気配がこの眼前の魔王を包んでいた。
トリニティは床に頭をこすり付けるようにして倒れこんでいた。
彼女はいま夢の中のはずだ。夢を通してアレクシスと繋がり、この場面を垣間見ているに過ぎない──そのはずだった。
それなのに。
この圧倒的な力はどうだ。
挫けそうになり狂気の叫びをあげてしまいそうになる己の心を懸命に律し、身を起こそうとどれ程体に力を込めようと、立ち上がることはおろか上体を起こすことさえ叶わなかった。
──彼女の魂そのものが萎えるように魔王の恐怖に慄いている。
それでもあらん限りの意志の力をつぎ込んで、トリニティは顔を上向けその先に居る筈の男の姿を探した。
アレクシスは今までトリニティが一度も見たことのない程、厳しく険しい表情で魔王を睨みつけていた。額には珠のような汗が浮かび上がり、頬を伝って顎の先に滴っていた。
トリニティのように床に頭までも沈ませるでもなく膝を突いてさいいない。彼とて同様に魔王の魔の気に押されているはずだ。トリニティの居る場所からでも、アレクシスが全身に力を込め立ち続けているのが分った。なんという意志の力だろうか。
魔王はじっと静かに立ちアレクシスを見つめていた。
『契約を……とは、どういうことだね』
伸びやかで優美な旋律が脳裏に響いた。彼ら人間ならざる者達が発する独特の声。魔法的なその響きは、相変わらず信じられないほど神秘的だった。
アレクシスは依然、険しい表情を崩さなかった。
「さっきも言ったとおり、その守護石はもう左程もたないだろう」
アレクシスの言葉に魔王は背後を振り返った。台座に据えられたヒビの入った守護石を見つめた。その瞳が同意の意を示したようだった。
「守護石はほぼ完璧にあんたを閉じ込めてきた。──当然だな、あれにはあんたが自分で閉じこもったんだから。だがもう守護石に閉じこもり続けるのは不可能だ。このままだと守護石から漏れ出したあんたの気配は今まで以上に地上に厄災をもたらす事になる」
魔王はこの言葉にも、今まで同様静かに頷いた。
「だから、俺と契約をしろ。理由は分るな」
アレクシスが魔王に挑むように言うと、魔王は今度は迷う素振りを見せた。アレクシスが苛立ったように言った。
「理由が分るなら──やることは一つだけだ」
『だがそれがどういうことか、そなたにも分っているはずだ』
何故か苛立つ様子のアレクシスとは正反対に、魔王は何処までも優美な様子を崩さなかった。
「分っているとも!」アレクシスは荒っぽく声を張り上げた。「だが俺はダンジョンマスターだ! 貴様を封じ込めるのは俺の役目だ!」
魔王が何か言いたそうな素振りを見せたが、アレクシスは口を挟ませようとしなかった。
「貴様が砕けかけた守護石にへばりつき続けるのは勝手だが──俺は迷惑なんだよ! だが安心しろ! 貴様は必ずこの場所に永劫に封じてやる! それも近いうちにな! ダンジョンはもう完成してる! 扉の守護者も用意した。あと幾つかの事をやり終えれば、それでもういつでも貴様を封印できる──だからそれまでは──」
本当は立っているのもやっとなのだろう。アレクシスは何度も肩で大きく息をしながら呼吸を整えた。強靭な意志と体力を持つといえども、やはり人間なのだ。魔王の魔の気に耐え切れないのではないかと思われた。
「──俺の中で大人しくしてろ」
部屋の中に沈黙が訪れた。
魔王は無言でじっとアレクシスを見つめた。
アレクシスも無言で魔王を睨み返した。
かなり長い時間無言の時が過ぎ──アレクシスがポツリと言った。
「安心しろ──あんたはこの俺が必ず封じてやる」それから、おもむろに顔を上げ不敵に笑う。「それまでは、せいぜい俺にこき使われろ」
魔王はやはり無言で応えを返した。
そして──そっと背後を振り返った。ように見えた。見えるはずのないトリニティがいる辺りの場所を。アレクシスが不審そうに眉を寄せた。
「──返答は?」
魔王がもう一度振り返り、今度はアレクシスを見つめた。声が詠うように響いた。
『契約というからには、条件は?』
額にびっしりと汗を結びながら、アレクシスが満足げに笑んだ。
「一年以内にあんたをここへ封じてやる──必ずだ。それが俺からのあんたへの契約。あんたが俺への契約は──その間、あんたが俺の下僕として奉仕することだ。全ての魔力、魔法。そして知識を俺に渡せ!」
『──知識──』
「そうだ。文献を洗いざらい調べたが、結局役に立ちそうな事は何も分らなかった。だが、あんたなら知ってるはずだ」
『……何を……』
魔王が疑問を口にしかけ、トリニティは弾かれるように顔をあげた。
「──嘘っ! アレクっ!? まさか──」
全身の血が沸騰するように激しく巡った。焼ける様に熱いのか──それとも、凍るように冷たいのか──。その両方を彼女は感じた。頭が割れるように痛んだ。
「『ネリスの呪われた王女トリニティ』。彼女が呪われてたその理由。……そして呪いを解く為の手立てだ。ここでの資料にそれらしいものは見つからなかったが、お前になら分るはずだ。どうやったらあいつを助けてやれるのか」
ここへ来た目的。
「まさか──まさか──最初から、そのつもりで──?」
搾り出すように呟いたトリニティのその声は、当然ながらアレクシスの耳には届かなかった。
魔王の声が静かに響いた。
『その王女はお前の恋人か?』
「違う」
『それでは想い人か?』
「違う!」
アレクシスはきっぱりと答えた。
『では何故、その王女のために知識を求めるのだ』
「それは──」今度は、アレクシスは言葉に詰まった。しばし言葉を捜すかのような素振りを見せた後、慎重に言葉を選ぶように答えた。
「俺は──あいつに……」
言葉は迷うように何度も詰まった。まるで今まで己のそんな感情を言葉という形にしたことがなかったとでもいうように不器用なものだった。
「あいつが……あんな目に遭う事になったのは……きっと、俺のせいじゃないかと……。俺と出会ったことが原因じゃないのかと──あいつは違うと言ったが、少なくとも俺は……」
アレクシスは一度、己の中の考えをまとめる様に言葉を切った。そして再び噤んだ口を開く。
「ダンジョンマスターである俺と出会い、関わらなければ。少なくともあいつの辿った道はあそこまで険しくはなかったろうと。……そう思う……」
「──だから──」
「だからせめて。俺に何かしてやれることがあるのなら、こんなことぐらいしかないだろうと思った」
「あいつの呪いの正体が何なのか知り、それを解くことができれば。あいつの進まなければならない険しい道も、少しばかりは楽に進めるようになるだろうと。俺があいつにしてやれる事はたいしてないが、このくらいのことならしてやれる。あいつが進む道の障害物を、少しくらいなら取り除いてやれるだろう」
『──それが己の定めに巻き込んだ事への罪滅ぼしになるだろうと? ……自己欺瞞だな』
感情の抑揚もない魔王の声に、アレクシスは激情の顔を向けた。
「うるさいっ! 貴様に何が分るっ! お前のせいで、俺の周囲の人間がどれだけ死んだとっ……! 俺はっ、俺は──もう、沢山だっ! これ以上、誰かが自分の周りで死ぬのを見るのはっ! 俺がこうする事でそれが止められるのなら、何が何でも止めて見せてやるっ!」
「だが単にお前に聞いたって、お前は教えたりしないだろう? お前は仮にも悪魔だ!」
『当然だ。私に何の関わりもない王女の身の上の処し方など、なぜ私が教えてやらねばならない?』
魔王は無情な言葉を放った。アレクシスが皮肉げに口の端を歪めた。
「だが契約したとなれば話は別だ。お前は俺に使役され、命令された事は何でも叶えなくてはならなくなる」
『──その通りだ──。だが人間風情が私を従わせられるとでも?』
「だから『契約』だ」
魔王の美しい柳眉が上がった。微かに開かれた唇が、何かを言いたげにも見えた。もう一度だけ、魔王がこちらを振り返った。その瞳が、確かに其処に居る筈のないトリニティを捉えていた。
『よかろう』
視線を戻した魔王が同意の意を示した。左手が上がった。
『では。我を受け入れてみよ。見事耐えたなら、契約成立だ。我は汝の物となろう』
アレクシスのしかめっ面が、唇の端だけで歪むように笑った。
何故かその深く鮮やかな青い瞳がトリニティの方を見つめたように思った。
そう遠くない前。
居をとった場所に一人トリニティを残してアレクシスが立ち去る時にとった行動が、ふいにトリニティの脳裏に浮かんだ。
静かに振り返るアレクシスの姿だ。
自覚があるのかないのか。いつもは研ぎ澄まされた剣の切っ先のような鋭い視線が。時折、トリニティを見つめるときだけ穏やかなものに変わる。
その瞳が、トリニティの姿を上から下までゆっくりとなぞる様に動いた。深く響く低い声が短い別れの言葉を告げた。
「必要ない。慣れた道だ──すぐ戻る。戻った時には……話がもう少し進展してると思う」
トリニティが再び声を掛けるまもなく、彼の姿は闇の中に消えた。今日中には戻ると言って……。
膨れ上がる不安がトリニティの意識をかき乱した。
魔王が伸ばした手の先から闇の塊のようなものが伸びて、その触手はアレクシスの胸の中へ吸い込まれるように消えた。
「──やめてっっっっっっ!!!!」
それが何を意味することなのか分りはしなかったが、トリニティはあらん限りの声で叫んだ。彼に届くはずもないその声を。
ごく短い苦鳴をあげて倒れるアレクシスに向かって、トリニティは手を伸ばした。
トリニティの周囲を、時間の流れがひどくゆっくりと流れていった。アレクシスが床に倒れるまでの動きがコマ割のように見えていた。
「アレクっ!!」
胸が裂け、頭が割れるような痛みを感じた。
それはトリニティの心ゆえにか。それとも、アレクシスが感じた感覚を再び共有したのだろうか。
トリニティはどちらでもいいと思った。
そんなことはどちらでもいい。
信じられない痛みが彼女を襲った。
今まで感じたどんな痛みも。彼女が父に受け味わった絶望も、これほどのものではなかった。体の全て、魂の全てが根こそぎ裂けるような痛み。最も大切にしているものが奪われ、失うのではないかと恐怖する痛みにトリニティは絶叫した。
「いやあぁぁぁぁぁっ!」
あらん限りの声で叫び、狂ったように悶えた。
不意に体の自由が利き、トリニティは一人。己の絶叫を耳にしながら、元の場所──消えかけた焚き火の隣でその身を跳ね起こした。
(続く)
+-----------------------------+
| 「語バラ(裏)」
+-----------------------------+
『新春バラエティ ドッキリ★カメラ』
(撮影現場。女性用控え室、大部屋)
トリニティ:「ふんふんふ~ん。さあ、メイクばっちり。いつでも撮影に入れるわよ!
それにしても毎回思うけど、この特殊メイク。メイク完了後は身長がざっと30センチは縮んでるけど、一体どうやってるのかしら。我ながら謎だわ」
(トン、トン、トン)
トリニティ:「(あら、セリスも来たのかしら?)は~い、どうぞ!」
(ガチャ!)
「うわ!」
(バタン!)
トリニティ:「バタン? セリスでしょ? どうして、入ってすぐに閉めちゃうの? ね~え?」
(ガチャリ!)
トリニティ:「……」
「……」
「……」
「……!!!!!!!!」
アレク:「ああ……。いや……。その……!」
「準備は済んだか……? とか……?」
トリニティ:「!!!!!!!!」
「いやああああああああっ!!!!」
(バシっ!!!)
ルイス:「どーも! 新春ドッキリでーす! 俳優大部屋を男女混ぜて、その反応を見ようって企画で……おや、二人とも何背中合わせになってんだよ? アレク、この頬のでかい痣は何だ? 姫さんこそ、そんなナリのまま部屋の外に立ってちゃ駄目だろ? 一応レディーなんだからさ。特殊メイクでチビになってたとしても……って。ぅおあっ!? なんで俺までしばかれるんだよっ? ち、ちょっと、アレクまでっ! 拳で殴るなっ!! 拳でっ!」
ルイス:「どんな姫さんの格好をアレクが覗いたのかは想像にお任せします! ヒャッホー!」
濡れたように艶やかな長い黒髪。黒い瞳。優美な漆黒の羽根。そして黒一色の衣服。
トリニティが今まで出合った天使や悪魔と同様、やはり究極的に美しい容姿をしていた。
そして──その外見の有り余る美しさに凄みを添えていたのは……尋常ならざる魔物の気配だ。
その姿を見たものは狂気めいた恐怖に支配され、意志の力の弱いものならば、ある者は発狂しある者は頓死するであろう。
トリニティは決して意志の力の弱い方ではない。
彼女の置かれた数奇な運命と翻弄され乗り越えてきた過去の経験を思えば、むしろ意志の強い者といえるはずだ。その彼女をもってしても……魔王の孕む暗黒の闇の恐怖は彼女を屈服させた。
この魔王を封じ込めた守護石を持つ者の運命を歪ませ、持ち主は勿論のこと周囲に災厄と死を振りまくというのは──さもありなん。
それほどに尋常ならざる魔の気配がこの眼前の魔王を包んでいた。
トリニティは床に頭をこすり付けるようにして倒れこんでいた。
彼女はいま夢の中のはずだ。夢を通してアレクシスと繋がり、この場面を垣間見ているに過ぎない──そのはずだった。
それなのに。
この圧倒的な力はどうだ。
挫けそうになり狂気の叫びをあげてしまいそうになる己の心を懸命に律し、身を起こそうとどれ程体に力を込めようと、立ち上がることはおろか上体を起こすことさえ叶わなかった。
──彼女の魂そのものが萎えるように魔王の恐怖に慄いている。
それでもあらん限りの意志の力をつぎ込んで、トリニティは顔を上向けその先に居る筈の男の姿を探した。
アレクシスは今までトリニティが一度も見たことのない程、厳しく険しい表情で魔王を睨みつけていた。額には珠のような汗が浮かび上がり、頬を伝って顎の先に滴っていた。
トリニティのように床に頭までも沈ませるでもなく膝を突いてさいいない。彼とて同様に魔王の魔の気に押されているはずだ。トリニティの居る場所からでも、アレクシスが全身に力を込め立ち続けているのが分った。なんという意志の力だろうか。
魔王はじっと静かに立ちアレクシスを見つめていた。
『契約を……とは、どういうことだね』
伸びやかで優美な旋律が脳裏に響いた。彼ら人間ならざる者達が発する独特の声。魔法的なその響きは、相変わらず信じられないほど神秘的だった。
アレクシスは依然、険しい表情を崩さなかった。
「さっきも言ったとおり、その守護石はもう左程もたないだろう」
アレクシスの言葉に魔王は背後を振り返った。台座に据えられたヒビの入った守護石を見つめた。その瞳が同意の意を示したようだった。
「守護石はほぼ完璧にあんたを閉じ込めてきた。──当然だな、あれにはあんたが自分で閉じこもったんだから。だがもう守護石に閉じこもり続けるのは不可能だ。このままだと守護石から漏れ出したあんたの気配は今まで以上に地上に厄災をもたらす事になる」
魔王はこの言葉にも、今まで同様静かに頷いた。
「だから、俺と契約をしろ。理由は分るな」
アレクシスが魔王に挑むように言うと、魔王は今度は迷う素振りを見せた。アレクシスが苛立ったように言った。
「理由が分るなら──やることは一つだけだ」
『だがそれがどういうことか、そなたにも分っているはずだ』
何故か苛立つ様子のアレクシスとは正反対に、魔王は何処までも優美な様子を崩さなかった。
「分っているとも!」アレクシスは荒っぽく声を張り上げた。「だが俺はダンジョンマスターだ! 貴様を封じ込めるのは俺の役目だ!」
魔王が何か言いたそうな素振りを見せたが、アレクシスは口を挟ませようとしなかった。
「貴様が砕けかけた守護石にへばりつき続けるのは勝手だが──俺は迷惑なんだよ! だが安心しろ! 貴様は必ずこの場所に永劫に封じてやる! それも近いうちにな! ダンジョンはもう完成してる! 扉の守護者も用意した。あと幾つかの事をやり終えれば、それでもういつでも貴様を封印できる──だからそれまでは──」
本当は立っているのもやっとなのだろう。アレクシスは何度も肩で大きく息をしながら呼吸を整えた。強靭な意志と体力を持つといえども、やはり人間なのだ。魔王の魔の気に耐え切れないのではないかと思われた。
「──俺の中で大人しくしてろ」
部屋の中に沈黙が訪れた。
魔王は無言でじっとアレクシスを見つめた。
アレクシスも無言で魔王を睨み返した。
かなり長い時間無言の時が過ぎ──アレクシスがポツリと言った。
「安心しろ──あんたはこの俺が必ず封じてやる」それから、おもむろに顔を上げ不敵に笑う。「それまでは、せいぜい俺にこき使われろ」
魔王はやはり無言で応えを返した。
そして──そっと背後を振り返った。ように見えた。見えるはずのないトリニティがいる辺りの場所を。アレクシスが不審そうに眉を寄せた。
「──返答は?」
魔王がもう一度振り返り、今度はアレクシスを見つめた。声が詠うように響いた。
『契約というからには、条件は?』
額にびっしりと汗を結びながら、アレクシスが満足げに笑んだ。
「一年以内にあんたをここへ封じてやる──必ずだ。それが俺からのあんたへの契約。あんたが俺への契約は──その間、あんたが俺の下僕として奉仕することだ。全ての魔力、魔法。そして知識を俺に渡せ!」
『──知識──』
「そうだ。文献を洗いざらい調べたが、結局役に立ちそうな事は何も分らなかった。だが、あんたなら知ってるはずだ」
『……何を……』
魔王が疑問を口にしかけ、トリニティは弾かれるように顔をあげた。
「──嘘っ! アレクっ!? まさか──」
全身の血が沸騰するように激しく巡った。焼ける様に熱いのか──それとも、凍るように冷たいのか──。その両方を彼女は感じた。頭が割れるように痛んだ。
「『ネリスの呪われた王女トリニティ』。彼女が呪われてたその理由。……そして呪いを解く為の手立てだ。ここでの資料にそれらしいものは見つからなかったが、お前になら分るはずだ。どうやったらあいつを助けてやれるのか」
ここへ来た目的。
「まさか──まさか──最初から、そのつもりで──?」
搾り出すように呟いたトリニティのその声は、当然ながらアレクシスの耳には届かなかった。
魔王の声が静かに響いた。
『その王女はお前の恋人か?』
「違う」
『それでは想い人か?』
「違う!」
アレクシスはきっぱりと答えた。
『では何故、その王女のために知識を求めるのだ』
「それは──」今度は、アレクシスは言葉に詰まった。しばし言葉を捜すかのような素振りを見せた後、慎重に言葉を選ぶように答えた。
「俺は──あいつに……」
言葉は迷うように何度も詰まった。まるで今まで己のそんな感情を言葉という形にしたことがなかったとでもいうように不器用なものだった。
「あいつが……あんな目に遭う事になったのは……きっと、俺のせいじゃないかと……。俺と出会ったことが原因じゃないのかと──あいつは違うと言ったが、少なくとも俺は……」
アレクシスは一度、己の中の考えをまとめる様に言葉を切った。そして再び噤んだ口を開く。
「ダンジョンマスターである俺と出会い、関わらなければ。少なくともあいつの辿った道はあそこまで険しくはなかったろうと。……そう思う……」
「──だから──」
「だからせめて。俺に何かしてやれることがあるのなら、こんなことぐらいしかないだろうと思った」
「あいつの呪いの正体が何なのか知り、それを解くことができれば。あいつの進まなければならない険しい道も、少しばかりは楽に進めるようになるだろうと。俺があいつにしてやれる事はたいしてないが、このくらいのことならしてやれる。あいつが進む道の障害物を、少しくらいなら取り除いてやれるだろう」
『──それが己の定めに巻き込んだ事への罪滅ぼしになるだろうと? ……自己欺瞞だな』
感情の抑揚もない魔王の声に、アレクシスは激情の顔を向けた。
「うるさいっ! 貴様に何が分るっ! お前のせいで、俺の周囲の人間がどれだけ死んだとっ……! 俺はっ、俺は──もう、沢山だっ! これ以上、誰かが自分の周りで死ぬのを見るのはっ! 俺がこうする事でそれが止められるのなら、何が何でも止めて見せてやるっ!」
「だが単にお前に聞いたって、お前は教えたりしないだろう? お前は仮にも悪魔だ!」
『当然だ。私に何の関わりもない王女の身の上の処し方など、なぜ私が教えてやらねばならない?』
魔王は無情な言葉を放った。アレクシスが皮肉げに口の端を歪めた。
「だが契約したとなれば話は別だ。お前は俺に使役され、命令された事は何でも叶えなくてはならなくなる」
『──その通りだ──。だが人間風情が私を従わせられるとでも?』
「だから『契約』だ」
魔王の美しい柳眉が上がった。微かに開かれた唇が、何かを言いたげにも見えた。もう一度だけ、魔王がこちらを振り返った。その瞳が、確かに其処に居る筈のないトリニティを捉えていた。
『よかろう』
視線を戻した魔王が同意の意を示した。左手が上がった。
『では。我を受け入れてみよ。見事耐えたなら、契約成立だ。我は汝の物となろう』
アレクシスのしかめっ面が、唇の端だけで歪むように笑った。
何故かその深く鮮やかな青い瞳がトリニティの方を見つめたように思った。
そう遠くない前。
居をとった場所に一人トリニティを残してアレクシスが立ち去る時にとった行動が、ふいにトリニティの脳裏に浮かんだ。
静かに振り返るアレクシスの姿だ。
自覚があるのかないのか。いつもは研ぎ澄まされた剣の切っ先のような鋭い視線が。時折、トリニティを見つめるときだけ穏やかなものに変わる。
その瞳が、トリニティの姿を上から下までゆっくりとなぞる様に動いた。深く響く低い声が短い別れの言葉を告げた。
「必要ない。慣れた道だ──すぐ戻る。戻った時には……話がもう少し進展してると思う」
トリニティが再び声を掛けるまもなく、彼の姿は闇の中に消えた。今日中には戻ると言って……。
膨れ上がる不安がトリニティの意識をかき乱した。
魔王が伸ばした手の先から闇の塊のようなものが伸びて、その触手はアレクシスの胸の中へ吸い込まれるように消えた。
「──やめてっっっっっっ!!!!」
それが何を意味することなのか分りはしなかったが、トリニティはあらん限りの声で叫んだ。彼に届くはずもないその声を。
ごく短い苦鳴をあげて倒れるアレクシスに向かって、トリニティは手を伸ばした。
トリニティの周囲を、時間の流れがひどくゆっくりと流れていった。アレクシスが床に倒れるまでの動きがコマ割のように見えていた。
「アレクっ!!」
胸が裂け、頭が割れるような痛みを感じた。
それはトリニティの心ゆえにか。それとも、アレクシスが感じた感覚を再び共有したのだろうか。
トリニティはどちらでもいいと思った。
そんなことはどちらでもいい。
信じられない痛みが彼女を襲った。
今まで感じたどんな痛みも。彼女が父に受け味わった絶望も、これほどのものではなかった。体の全て、魂の全てが根こそぎ裂けるような痛み。最も大切にしているものが奪われ、失うのではないかと恐怖する痛みにトリニティは絶叫した。
「いやあぁぁぁぁぁっ!」
あらん限りの声で叫び、狂ったように悶えた。
不意に体の自由が利き、トリニティは一人。己の絶叫を耳にしながら、元の場所──消えかけた焚き火の隣でその身を跳ね起こした。
(続く)
+-----------------------------+
| 「語バラ(裏)」
+-----------------------------+
『新春バラエティ ドッキリ★カメラ』
(撮影現場。女性用控え室、大部屋)
トリニティ:「ふんふんふ~ん。さあ、メイクばっちり。いつでも撮影に入れるわよ!
それにしても毎回思うけど、この特殊メイク。メイク完了後は身長がざっと30センチは縮んでるけど、一体どうやってるのかしら。我ながら謎だわ」
(トン、トン、トン)
トリニティ:「(あら、セリスも来たのかしら?)は~い、どうぞ!」
(ガチャ!)
「うわ!」
(バタン!)
トリニティ:「バタン? セリスでしょ? どうして、入ってすぐに閉めちゃうの? ね~え?」
(ガチャリ!)
トリニティ:「……」
「……」
「……」
「……!!!!!!!!」
アレク:「ああ……。いや……。その……!」
「準備は済んだか……? とか……?」
トリニティ:「!!!!!!!!」
「いやああああああああっ!!!!」
(バシっ!!!)
ルイス:「どーも! 新春ドッキリでーす! 俳優大部屋を男女混ぜて、その反応を見ようって企画で……おや、二人とも何背中合わせになってんだよ? アレク、この頬のでかい痣は何だ? 姫さんこそ、そんなナリのまま部屋の外に立ってちゃ駄目だろ? 一応レディーなんだからさ。特殊メイクでチビになってたとしても……って。ぅおあっ!? なんで俺までしばかれるんだよっ? ち、ちょっと、アレクまでっ! 拳で殴るなっ!! 拳でっ!」
ルイス:「どんな姫さんの格好をアレクが覗いたのかは想像にお任せします! ヒャッホー!」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
火事で死んで転生したトラストン・ドーベルは、祖父の跡を継いで古物商を営んでいた。
そんな中、領主の孫娘から幽霊騒動の解決を依頼される。
指輪に酷似した遺物に封じられた、幻獣の王ーードラゴンであるガランの魂が使う魔術を活用しながら、トラストン――トトは幽霊騒動に挑む。
オーバーラップさんで一次選考に残った作品です。
色々ともやもやしたことがあり、供養も兼ねてここで投稿することにしました。
誤記があったので修正はしましたが、それ以外は元のままです。
中世と産業革命の狭間の文明世界で繰り広げられる、推理チックなファンタジー。
5月より、第二章をはじめました。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
貴方がLv1から2に上がるまでに必要な経験値は【6億4873万5213】だと宣言されたけどレベル1の状態でも実は最強な村娘!!
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
この世界の勇者達に道案内をして欲しいと言われ素直に従う村娘のケロナ。
その道中で【戦闘レベル】なる物の存在を知った彼女は教会でレベルアップに必要な経験値量を言われて唖然とする。
ケロナがたった1レベル上昇する為に必要な経験値は...なんと億越えだったのだ!!。
それを勇者パーティの面々に鼻で笑われてしまうケロナだったが彼女はめげない!!。
そもそも今の彼女は村娘で戦う必要がないから安心だよね?。
※1話1話が物凄く短く500文字から1000文字程度で書かせていただくつもりです。
病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
物理重視の魔法使い
東赤月
ファンタジー
かつて『最強の魔法使い』に助けられたユートは、自分もそうなりたいと憧れを覚えた。
しかし彼の魔力放出量は少なく、魔法の規模に直結する魔術式の大きさは小さいままだった。
そんなユートと、師である『じいさん』の元に、国内最高峰の魔法学院からシルファと名乗る使者が訪れる。
シルファからの手紙を読んだ『じいさん』は、ユートに魔法学院に行くことを提案し……?
魔力が存在する世界で織り成す、弱くはない魔法使いの冒険譚、はじまりはじまり。
※小説家になろう様の方にも掲載しております
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
社畜リーマンが乙女ゲームに異世界転生した件 ~嫁がいるので意地でも現実世界に帰ります~
琥珀あひる
ファンタジー
ある朝、目覚めたらそこは乙女ゲームの世界だった。
社畜一筋二十五年、家庭もあるアラフィフの俺が、突然「グレン・アルフォード」という商家の少年になっていた。
これが噂に聞く異世界転生か。しかし俺は死んだ覚えが全くない!
やってきた世界は乙女ゲーム『エレノオーレ!』。
帰る糸口を掴むため、ゲームの舞台「王室付属サルンアフィア学園」への入学したが、俺はモブですらない「モブ以下」の存在。どうでもいいが妻とは会いたい。この世界にいる理由は欠片もない。
誰が、何を、どう言おうとも、自分の世界に帰ってやる!
これはゲーム世界から現実世界に帰還せんと目指した四十七歳サラリーマンの物語。
異世界召喚に巻き込まれたのでダンジョンマスターにしてもらいました
まったりー
ファンタジー
何処にでもいるような平凡な社会人の主人公がある日、宝くじを当てた。
ウキウキしながら銀行に手続きをして家に帰る為、いつもは乗らないバスに乗ってしばらくしたら変な空間にいました。
変な空間にいたのは主人公だけ、そこに現れた青年に説明され異世界召喚に巻き込まれ、もう戻れないことを告げられます。
その青年の計らいで恩恵を貰うことになりましたが、主人公のやりたいことと言うのがゲームで良くやっていたダンジョン物と牧場経営くらいでした。
恩恵はダンジョンマスターにしてもらうことにし、ダンジョンを作りますが普通の物でなくゲームの中にあった、中に入ると構造を変えるダンジョンを作れないかと模索し作る事に成功します。
戦力より戦略。
haruhi8128
ファンタジー
【毎日更新!】
引きこもりニートが異世界に飛ばされてしまった!?
とりあえず周りを見学していると自分に不都合なことばかり判明!
知識をもってどうにかしなきゃ!!
ゲームの世界にとばされてしまった主人公は、周りを見学しているうちにある子と出会う。なしくずし的にパーティーを組むのだが、その正体は…!?
感想頂けると嬉しいです!
横書きのほうが見やすいかもです!(結構数字使ってるので…)
「ツギクル」のバナーになります。良ければ是非。
<a href="https://www.tugikuru.jp/colink/link?cid=40118" target="_blank"><img src="https://www.tugikuru.jp/colink?cid=40118&size=l" alt="ツギクルバナー"></a>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる