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第3部 天の碧落

第2章 黄昏のルナシス 3

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「すばらしいですわ。姫君」
 侍女の声に、他の侍女が頷いた。
 部屋には数人の侍女が入れ替わり立ち代りセリス王女を飾り立てていた。
 セリス王女は大きな姿見の前で身体を何度も回し、自分の衣服の仕上がり具合を確かめた。
「少し派手ではありませんの?」
「いいえ!」
 豪奢な衣装に身を包んだセリス王女の姿をうっとりと眺めながら、侍女は慌てて首を振った。
「派手なんて、少しも! 姫君の雰囲気を損なわないように特別にしつらえさせましたから!」
 確かに。流行の衣服は派手な色の取り合わせで金糸銀糸の縫い取りも華やかなものだが、王女の着るドレスは違った。彼女の髪や目にあわせた抑えた彩で、刺繍も生地と同色か僅かな差異の色で縫うという念の入れようだ。
 これからの季節に似合った生地の厚いドレスには幾つもの切れ目があって、綿を入れ込んだ白い絹地が浮き上がるような装飾が施されている。王族たちの間の近年の流行の衣装だが、流行よりは簡素な雰囲気にもかかわらず、実際には通常よりもずっと値の張るものだった。
 侍女がセリス王女の後ろに立ち、長い髪を梳きはじめた。鮮やかな手つきで結い上げられていく。
 王族の女性の長い身支度がようやく終わるころ。扉の外で待っていたかのように、衛士が声を掛けた。
「お支度は整われましたか」
 セリス王女が王女然とした表情で振り返った。
「はい。ただいま参ります」




 ネリスに近接する国の数は少ない。

 北と西を天然の国境が分断するネリスにとって、他国と接しているのは僅かに東と南のみ。国の数でいえば、たったの三つだ。
 その三国と外交上うまく渡り歩く。ネリスのような国が他国に滅ぼされることなく生き残ってきた最大の理由だった。
 東の大国「神聖帝国ザルツラント」。近隣では沿岸に面したネリスを除き、唯一塩を産出する。塩という交易の要を握り、軍事力にも優れ、近年の大地の疲弊にもひるまず長く潤う国。
 その理由は、ザルツラントが緑魔法を主要魔法に置く国だからではないか、といわれている。緑魔法は大地と深く結びついた魔法だ。温厚で保守的な緑魔術師(ドルイド)たちが政治にも深くかかわり、王の独裁を抑止してきた。その結果築かれた独自の議会制度や職人制度(ギルド)が、良くも悪くも国を底から支えている。

 その、ザルツラントから使者が来た。

 セリス王女が知ったところでは、すでに半年以上前から数回にわたり使者の来訪はあったらしい。
 使者の伝える用件はいくつかあったようだが、そのうちの主要なものは、セリス王女がかつて自ら予見したとおり。



 若き王との縁談だった。



「使者殿はすでに陛下との謁見をはじめられておいでです」
「謁見の間ですの?」
 セリス王女の問いに、衛士は頷いた。
「はい。使者殿は緑魔術師(ドルイド)で、執政官とのことです。くれぐれも失礼のないようにとの事です」
「わかりましたわ」
 セリス王女はドレスの裾を優雅に摘んで歩いた。幼い頃より修道院に隔離された彼女がこういった公式な謁見に臨んだことはない。世情にも政治にも疎く、ろうたけた手腕も持ち合わせていない。さすがの王女も緊張の色を隠せなかったが、謁見の間につく頃にはそれも消えた。
 ようは外交の取引の道具の一つとして、使者の前に立たされるのだ。口を開くこともなく、ただじっと立っていればいいだけのこと。冷静に、そう言い聞かせた。
 父王がどのような外交手段をとるつもりでこの会見に臨んだのかは分からないが、隣に立って聞いていればおのずと知れよう。
 謁見の間に入ったセリス王女は王座に座る王の後方に立って控えた。自分がそうであるように、玉座の下、広間に控える諸侯達も使者も全員が立って王と謁見していた。紹介されて王女が礼の所作を行った後、通り一遍等の──けれど長い──社交辞令が続けられた後、話はようやく本題に入った。
 深緑の色のローブを着た使者が取り出した親書を、王が受け取って読んだ後、答えた。
「残念だが、今回の縁談は断るより他はあるまい」
 大国の使者相手にぞんざいとも取れる王の言葉だったが、使者は態度を露ほども変えなかった。
「──と、申されますと? 事情をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 セリス王女は大国からの使者の姿を眺め見た。三十代くらいだろうか。国家間の外交の使者を務めるにしては若い。緑魔術師(ドルイド)で、執政官との事だったが、その若さで執政官を務められるとは並大抵の手腕ではないはずだ。
 だが、使者は辣腕家らしい自信のあるそぶりをするでもなく、人好きのするソツのない笑顔を王に向けていた。
 父王が隣に立つセリス王女へ顔を向けた。
「使者殿にはご存知であろうが、第一王女が反乱を起こしましてな」
 王の口調が変わった。使者は表情も身に纏った雰囲気も変えなかったが、それでも確かに変わった……と、セリス王女は思った。
「国の恥を晒すようで心苦しいが……反乱そのものはじきに収まろう。だが今回の件で嫡子の権利を第一王女から第二王女に……このセリスに移しましてな」
「セリス王女がお世継ぎになられたと、そう仰られる?」
「左様」
「そうですか……」使者は思案気に瞼を落とした。
「さすがに、国の長同士が婚姻を結ぶことは出来ますまい」
「確かに。その通りですね」
 使者の相槌に、王は機を逃さず頷き返した。
「されどこちらとしても、貴国との縁を深く結びたい意向に変わりはない。そこで、こちらからのお願いなのだが、貴国にセリス王女にふさわしい王族はおらぬかな?」
 使者が目線を上げ、再び王を見た。王が満足げに頷く。

 セリス王女はその様子を見て、まさにこの為に姉は……そして自分は──あれほどの累々たる死体の山の上に立たされることになったのだということを──身震いするような嫌悪感の中で、悟った。


(続く)




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|        「語バラ(裏)」    
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 いつも読んでいただき、ありがとうございます!
     「語バラ(裏)」は今回もお休みです。
    次回更新は、明日。外伝「幕間」の予定です。よろしくお願いします!

    
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