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外伝

春待月の宴

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 春節祭は春待月に行われる、春を迎える前の盛大な祭りだ。
 とはいえ、「春待月」と言っても実際に春を迎えるにはまだ2ヶ月は待たねばならないが、どんなに厳しい冬越えの年にも、祭りの為に保存した食料の樽には一切手をつけない程、人々はこの祭りが来るのを楽しみにしていた。
 祭りに振舞われるご馳走は、春を前にしてこれ程の量の食料がまだあるのかと感心するほどだった。
 それらは全て寄進で賄われ、祭りに食料を供する事ができることが人々の誉れとされた。王城が祭りのため首都に集まった人々に振舞う食料の量が並では無い分量なのは当たり前として、集まった人々さえも量の多少は別として、何かしら祭りの為の食料を携えてきた。
 もちろん、何も携えて来る事の出来ない人々もかなりいたが、そんな事は一向に構うこともなく、中央広場へ行けば気前好くご馳走が振舞われた。
 そこでは誰もその料理は自分が寄進したものだ、などと言う者はいなかったし、祭りに乗じて金銭と引き換えに食事を売るような無粋者も居なかった。
 普段なら広場に市を出して金銭と引き換えに食事を振舞う店も、この日ばかりは祭りに集まった人々に気前好く食事を振舞った。
 中央広場では祭りの間中、音楽が演奏され人々は輪になって踊り、町のあちこちで吟遊詩人たちが叙事詩や恋の歌を歌った。
 王城からは国王やまだ幼い二人の姫君の乗った馬車が出て、王は国民たちに向け直接祝の言葉が述べられた。
 町中に祭りの熱気と浮かれた気分が溢れかえり、路地に積もる雪さえも解けるかと思えるほどの活気で賑わった。
 振舞われる食事は全てタダだが、その外の店は違う──。そう。この祭りの日には、国中から様々な特産品が集められ、中央広場からもはみ出して、町の角々で市がたてられ、取引が行われるのだった。
 春節祭とは……春を迎える祭りであり、年に一度開かれる、ネリスで最も大きい市が立つ日でもあった。





 空は、どんよりと曇り。



 冬特有の重く張り詰めたような空気が地上を一層冷たく感じさせた。

 重く垂れ込めた雲は、灰色というよりも銀色に近いような深みのある滲みを空に作り出していた。

 その重い色合いが、またじきに雪が降り始めることを示している。

 ちらり、ちらりと小さな白い粒が。

 緩やかな風に乗って揺れるように地面に落ちていく。

 気温の低さから、その粒が解ける事は無い。

 すでに積もっている雪の上にさらに重なり、春を前に、一層厚みを増そうとしているかのようだ。

 冬枯れた木の枝に積もる雪の重みで撓んだ枝が。
 綺麗に雪かきされて路地の脇に堆く積もるその塊が。
 芽吹く時を待って雪の下に隠れる緑の根が。

 皆が焦がれるように春を待つ。

 ──そんな季節。




 綺麗に雪かきされた小道を小さな女の子が息を切らせて走っていた。
「お姉さま」
 少し先を行く女の子に声をかける。呼び止められた童女が振り返った。
 大きな翡翠色をした瞳が、自分を追って来た妹の姿を映した。
 肩先で奔放に跳ねる茶色の髪の明るさが、童女の性格をそのまま映し出したかのように輝いていた。年の頃はおそらく──六歳くらいだろうか。
 後を追ってきた童女はそれより更に幼い。
 走るその足元の確かさから、四歳くらいにはなっていそうだ。それでもまだあまり早く走ると心もとない様子で、ころころとしたその姿は子犬が走り回る様子に似て、見る者を思わず微笑させずにはおかない。そんな愛らしさに満ちていた。
 やっと追いついた童女が、息を切らせながら大きな紫の瞳を姉に向けた。上気した頬が真っ赤に染まっている。ふくよかな丸い頬が、童女の健康さをよく表していた。まだ幼いとはいえ、将来どんな美しい娘になるのかと楽しみなほどの愛らしさだ。
 姉はふてくされたように頬を膨らませ、生意気そうな顔で妹を睨み付けた。……何処へ行くのもついてくる妹がうっとおしいといった様子で、腕を組んで立ち止まったその姿はまさに仁王立ち。
「……」
 童女は無言で、妹の姿を上から下まで眺めた。
 幾重にも着込んだ毛織物の胴衣のワンピースは、祭り用の色鮮やかな飾り帯で結ばれている。身の回りの世話をする女たちが、精一杯飾り立てたのだろう。童女の首には幾重にも首飾りがかけられ、彼女の清楚な可愛らしさを、それは見事に打ち消していた。
 お姉さま、と呼ばれた方の童女はかるく息をつくと、自分が着ていた厚いフェルトのコートを脱いだ。
「ダメじゃない。どうして着て来なかったの」
 脱いだコートを妹に着せてやりながら童女は姉らしいセリフを口にした。その仕草は、妹の世話をしてやるのに慣れている様子だったし、妹の方も当たり前のようにじっと身を任せて姉にコートを着せてもらっている。
 姉の方も妹と変わらぬような服を着ていた。二人の着ている服は、おそらくは相当高価なものだ。にもかかわらず、姉妹は衣服の裾が雪に濡れるのも気にかけない様子で手を取り合って小道を駈けた。
「早く行かなきゃ。抜け出たのが知れたら大変よ」
 そう言う姉はちょっと怒ったような様子だったが、妹の方はそんな姉の様子を一向に気にかける風もなく、暢気に構えていた。妹のそんな様子に、姉は益々機嫌を悪くする。
「本当にこっちでいいんでしょうねっ」
 思わず強くなる口調も意に介さず、妹は嬉しそうに微笑みながら答えた。
「間違いありませんわ。この前見ましたの」
「まったく。どうしてこんな事思いつくかしらね……」
「だって、素敵ですわ。そう思いになりません? 朝起きたら、ベッドの横のテーブルにお花が飾ってあるなんて」
 言いながら、妹はうっとりとした表情を見せた。
 春待月とは言っても、本当の春はまだ二ヵ月は先だ。今の季節に咲いている花を探す事は難しい。
「お父様、きっとお喜びになるわ」
 妹がにっこりと微笑んだが、姉は不機嫌そうに黙り込んだ。だが確かに悪くないアイデアだ。朝起きたとき、咲くはずの無い季節に花が飾ってあるなんて、なんていう贅沢だろう。

 だが。

 まだ幼い姉妹は、妹にねだられるままに誰にも言わずに部屋を抜け出していた。
 しばらくすれば自分たちがいない事に誰かが気付くだろう。そして程なくして自分たちは見つけられ、部屋の中に連れ戻されてしまう。
 そして、お説教だ。
 姉は後からこってりと絞られるであろうお説教の事を思い、気が重くなった。だから姉は妹に向かって言ったのだ。後で絶対に大人たちに叱られるから、「それは出来ない」と。
 姉の方はもう六歳。物事の後先を考えて行動できるようになる歳になっている。一方の妹はまだ四歳だ。ものの道理はまだ幼い妹には理解できなかった。
 妹のセリフはこうだ。
 中庭の奥の方で花の咲いた木を見つけましたの。
 でも背が低くて取って来れませんの。それにあまり人気の無いところで、怖いので一人では行けません。
 きっと、お姉さまなら背が届くでしょう。お姉さまと一緒なら、怖くありませんわ。
 道理を説明して「それは無理だ」と説明する姉に向かって、妹は幼い子供特有の的を得た辛辣さで言った。
「お姉さまは取って来られませんの?」──と。
 それは、高い場所にある花なので取ってこられない、ではなく。
 子供たちだけで外出は出来ないなどという理由でも、もちろんない。
 妹はこう言ったのだ。

 お姉さまは怖いから取りに行けないんですのね?……と。

 おそらく、この売り言葉に乗ってこない子供はいまい。それが年下の妹に言われた言葉なら尚更だ。
 姉はあっさりと買い言葉を口にし、部屋を抜け出し、妹とここまでやってきたのだった。



 小道を幾つも折れ曲がり進んで行きながら、姉妹は雪かきさえしていない場所にまで入り込んでいた。どこに道があったのかも、もうすっかり分からない。

 夏でさえ人が滅多に来ない奥の庭の中で、幼い姉妹は妹のうろ覚えな記憶の言葉を頼りに雪に閉ざされた木々の間を行ったりきたりしていた。
「本当にこのあたり?」
「ええ。そうですわ」
「でも、花の咲いた木なんて見つからないわ」
「そうですわね……。あっ! もしかしたら、あっちの方かも知れませんわ。この間見た時には──」
「えー、またぁ? ホントにもぅ……」
 妹は悪びれもせずに、あちらこちらを気まぐれに指差してはそれらしいセリフを口にする。
どだい、四歳の幼子の記憶など当てになるはずも無く──それどころか、本当にここで花が咲いているのを見たのかさえあやしいのだが──姉とはいえ六歳の子供にはそこまでの知恵はまわらないのか、それとも子供らしい素直さからだろうか。
 姉妹は人気の無い奥庭を行ったり来たりしては、懸命に花を捜し歩いていた。

 やがて、かなり時間が経った頃。

「お姉さま、見て!」

 妹がある場所を指差した。
「見つかったの?」
 姉が近寄って、妹の指差す方向を見た。そこに目指す花は無かったが、童女は瞳を輝かせた。
 葉の落ちた木々の下に、そこだけ丸く切り取ったような日溜りが落ちていた。天の階(きざはし)を描いて、光を反射した雪がキラキラと宝石のように輝いている。
 姉妹は頬を紅潮させて目を瞠った。
「うわぁ! キレイ」
 感嘆の声をあげながら、妹が光の輪の中に入ろうと駆け出した。
「キャ!」
 すぐに悲鳴があがり、その姿が雪の中に消えた。慌てた姉が妹の後を追い、同じように悲鳴をあげた。

 どうやらそこは雪溜りだったらしく、小さく軽い姉妹は体ごと雪の中に埋まってしまった。何とか体勢を立て直して起き上がりそこから這い出そうと試みるのだが、どうしても抜け出せない。
 何度も何度も脱出を試みたが駄目で、ついには妹の方が泣き出してしまった。
 寒い……。
 姉は言葉には出さずにそう思って、両腕を抱え込んでさすった。コートは妹に着せてしまった。濡れたブーツを通して、足先が痺れるように痛んでいた。
 全身濡れるし、いつの間にか手足の先は千切れそうなほど痛く、体は芯から寒い。今頃になってようやくそれに気付いた。
 先程までは花探しに夢中で、そんな事には思いが回らなかったのだが今は違う。
 興奮した高揚感もすっかり萎えて、冷え切った体の切れるような痛みや、心細さが幼い姉妹を支配した。
 最初は歯を食いしばって泣くのを我慢していた姉もついには泣き出した。
 二人で声を揃えて、力の限り泣き声をあげる。子供はいつも『今』という瞬間を全力で生きていて、泣きすぎて体力を使い果たしてしまうとか、泣くよりも体を動かして助かる試みを続けた方が良いとか……そういうことなど考えはしない。

「やあ。こんな所にいらしたのですか」

 突然、上から降ってきた声に驚いて、姉妹はぴたりと泣き止んだ。
 上を向くと、一人の青年が立っていて、穏やかな微笑を浮かべながら姉妹を見下ろしていた。
 灰色の髪をした青年は姉妹を一人ずつ雪溜りの中から抱え上げ、助け出した。
 二人とも何が起きたのか良く分からないような呆然とした顔で青年を見上げた。
「あんまり大きな泣き声が聞こえるものだから……。けれど姿が見えませんし、探しましたよ姫君方」
 青年は礼の言葉を口にもせずにあんぐりと口を開けて自分を見つめる姉妹に、にっこりと微笑みかけた。
「さ、戻りましょう。皆様が心配しています」
 どっと安心感が押し寄せたのか。姉妹は再び泣き声を上げた。涙で目は真っ赤になり鼻水と混ざって、二人ともせっかくの美人が台無しだ。だが青年はそんな姉妹の様子を、微笑ましそうに見つめながら吐息をひとつつくと、二人を抱きかかえた。
 片腕に一人ずつ難なく抱きかかえると城へ向かって歩き出した。
 姉妹は青年の肩や髪の毛をがっちりと掴んで更に激しく泣きじゃくった。

 

「──わかりましたか。今後このようなことは一切なさらないようにお願いいたします」
 髪を高く結い上げた乳母が厳しい口調で言いながら、濡れた童女の髪を手早く拭いていた。
 湯気は髪だけでなく全身からあがっていた。
 暖かい湯で沐浴を終えすっかり温もった童女の体を、冷めぬうちに手早く丁寧に拭いて、厚い毛織物の胴衣を何枚も着せていく。その間中、乳母は小言を止めようとしなかった。
 童女は丸い両の頬を更に膨らませて、不満一杯の顔で身じろぎもせず、服を着せられるがままにじっとしていた。
 乳母が服を着せるたびに順序良く腕をあげたり降ろしたりはするのだが、不満に満ちて睨みあげるようなその目は絶対に乳母の方を見たりはしない。
 乳母が小言を言っては童女の顔を見、目線を合わせようとするのだが、その度に、さらに頬を膨らませて、あちらを見こちらを見して乳母の視線を避けた。
 やがて全ての胴衣を着せ終わると、丸く着膨れた童女は両手を後ろ手に組んで乳母が自分を抱け抱えられないようにすると、抵抗する気たっぷりの顔で睨み付けた。
 その様子をみた乳母が苦々しげに息を吐き出した。
 この調子では乳母が先程からずっと繰り返した繰り言は童女の耳には一切入っていないに違いない。
 童女は何故自分がこれ程周りから怒られなければならないのか理解できないのだ。
 自分が悪い事をして、皆を心配させたなどとは露ほども思っていないに違いない。だからこれ程不服そうな顔をするのだろう。
 いや──。乳母は片手を頬に当て、さらに溜息をついた。
 違うかもしれない。
 子供というのは、自分が悪い事をしていないと思っていても、実は悪い事をしたのだと分かっていても、こんな風に怒りに満ちた顔で大人を睨み上げるものだ。
 まるで、何故自分の気持ちを分かってくれないのだ、と言わんばかりの顔で。
「一体何をしに子供たちだけで城を抜け出されたのですか」
 乳母は跪いて童女の顔を真っ直ぐに見た。またしても視線が逸らされ、童女は乳母の顔を見ようとしない。口をピッタリと貝のように閉ざし、童女はあさってのほうを向いた。
「よろしいですか……。父王様に必ず謝罪なさいますように。もう二度としませんと。分かりましたね?」
「一ヶ月昼食抜き。お外へ出るのも駄目」
「なんでしたら、甘いお菓子も禁止にしましょうか」
 童女の顔色がサッと変わり、堰を切ったように泣き出した。やがて泣きながら、泣きはらした目をして、唇を尖らせながらボソボソと不満を口にした。
「なぜいけないんですの」
「どうして怒られるんですの」
「だって、わたくし──しようとしただけですのに。どうして」
「それなのに、ひどいです」
 体を揺すりながら次々に不満を口にする。
「イヤッ! ──キライっ、お前なんて!」
 憎しみさえこもった目で童女が乳母を睨みあげた。乳母は姉王女の乳母で、妹王女のではない。この日はたまたま妹王女の乳母は風邪で寝込んでいたので、彼女が世話を焼いているのだ。
 乳母は嘆息した。
 誰が妹王女をここまで我儘に育てたのだろう──と、頭の端でチラリと思う。
 きっと、皆だ。
 この王女があまりに愛らしく美しいので。
 日が輝くように笑う顔をいつも見ていたくて、幼い王女の望むままにしてきたに違いない。
 なおもイヤイヤと体を揺すりながら、童女は乳母を恨みがましく見上げた。
「おねえさまは?」
 聞き取りにくいほど小さな声で童女が言った。
「おねえさまは? どこに?」
「おねえさまは、ずるいです。お前がここにいるのなら、お姉さまはどこにいますの?」
「わたくしがお前にイヤな事を言われていますのに、お姉さまは言われませんの?」
「ひどいです」
 乳母はさらに嘆息した。
 幼い童女にとってはそれは真実だろう。
「おねえさまなんてキライ」
 姉を叱るはずの姉の乳母はここにいて、自分を叱っている。では姉は? 自分は叱られているのに、その間姉は叱られていないのだろうか? ……幼い子供なりに、そう思ったのだろう。
「おねえさまなんてキライ」
 口の中だけでその言葉を繰り返している。
「姉姫様は、いま父王様に叱られておいでです。姫様よりもずっと重い罰を頂きました。……なぜ部屋を抜け出したのか、お二人ともおっしゃらないので。姫君を連れ出した罰を姉姫様が受けておいでです」
 童女の顔色が変わった。乳母はそれを見て安心したように、そっと優しく語りかけた。
「姉姫様のところへ参りましょう? 謝りに参りましょう?」
 乳母には分かっていたし、皆にも分かっていた。妹姫が先に部屋を出てしまい、姉姫がついて行っただけなのだろうと。……いつだってそうだからだ。
 童女は自分の足元を見つめながら、頑なな様子を崩そうとしなかった。
「皆キライ」
「──私が一緒についてまいります。手を握って差し上げましょうか?」
 乳母は辛抱強く語りかけた。しばしの無言の後、童女が不服そうながら乳母の顔を窺った。
 乳母は優しく微笑んで手を差し出した。
「姉姫様の事をキライだなんて、そんなこと、おっしゃるものではありません。みんな、姫君のことがお好きなのだし、姫君だって、本当は姉姫様の事がお好きでしょう?」
 乳母に手を引かれながら、童女は隣の姉の部屋へ向かった。なかなか足を前へ出そうとしない童女の背を、乳母は慣れた手つきで押した。
 幼子というものは、本当に微笑ましいものだと思いながら。


 隣の部屋では姉王女が泣き腫らした目でベッドに突っ伏していた。
 小さな両の手の甲に幾すじもの赤い蚯蚓腫れがある。父王の木の鞭で叩かれた痕だ。
 姉の方は父王に呼ばれて叱られた。なぜそのような事をしたのかと言われ、姉姫はそれに答えようとしたが、結局、口にすることはできなかった。
 父王は言い訳を聞くような人物でも、それを認めるような人物でもなかった。
 
 父王に花を贈りたいと妹が言い出したから。
 探しに行こうと言われたから。
 そして一緒に部屋を出た。

 ──すべてが言い訳だ。

 理由は聞いてもらえなかったし、理由を述べる事も許されない。
 勝手な行動を取った以上、例え妹が悪くても姉の自分の方が罰を受けなければならなかった。
「キライ!」
 いつだって、妹は我儘が許されて、自分ばかりが叱られるのだ。
 あまりの不公平さと理不尽さに、泣き腫らした目に更に涙が溜まった。
 部屋の扉が叩かれ、乳母と妹が入ってきた。
 妹は乳母に何度も背を押されながら部屋の中へ入ってくる。
「さ。何か言う事は」
 乳母が優しげな声で妹を促した。それでも随分長い間、妹は不服そうな顔でもじもじとしていたが、やがて──。
「ゴメンナサイ。おねえさま」
 ポツリ、と小声で言った。
 姉王女は口をへの字に曲げ、強情そうな顔で妹を睨んだ。許すものか、と顔に書いてある。だから言ったじゃないの、と。
 許してもらえなかった妹王女が、ついに声をあげて泣き出した。泣きたいのは自分の方だ、と言う様子で顔を歪めて、姉王女も泣き出した。
 乳母は二人を見比べながら、仕方が無いわね……といった様子で苦笑すると、二人を一緒に抱き寄せてその背中を優しく叩いた。



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