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ヒヤマサナエ
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無人島から帰宅した週の土曜日午後6時半、俺は盛田と一緒に根本の部屋に居た。ネットニュースでは武知千寿が息子佐々木一馬に無人島で殺された殺人事件として取り上げられ、佐々木は指名手配されているけど、まだ捕まっていないようだ。
俺が無人島での出来事を2人に話し終えると、盛田は呆れたように言う。
「結局、速水は殺人犯に負けたって事だよな? 毎週のように血統の話をしてるっていうのに」
「いやあ、確かに迂闊だったよ。頭の良い西京大生が2人もいたから、問題を完全に任せようっていう思考になっちゃってさ」
「そんな事なら、キャンセルせずに俺が行けば良かったな。俺なら1875なんて秒殺だよ」
「いや、どういう意味だよ。盛田は呼ばれてないだろ」
「呼ばれたけどやめたんだよ。『五』の人物が居なかっただろ?」
「ええっ?!」
マジか? そういえば盛田信五って『五』が付いてる。嘘だろ?
すかさず根本が何か気付いたという表情の後、言う。
「いや、俺も行っとけば良かったな。10万程度で遠くまで行けないからな」
「どういう・・・えっ?!」
根本八雲・・・嘘だろ? だいたい、コイツら俺に全然似てないし。
「あーあ、俺と根本で1億とれてたな」
「いやー、失敗したな」
2人は顔をあわせて残念そうに言う。普通、嘘とかドッキリとかは、ネタばらしがあって成立するんだけど、コイツらはネタばらしというものをしない。9割方、嘘だと分かってはいるけど、実際に『五』と『八』が名前に入っているから、絶対嘘だとも言い切れない。たまたまだと思うんだけど・・・。
「それより、佐々木さんって1億貰えたんだろうか? キャッシュカード貰っても暗証番号が分からないしな」
「いや、分かるだろ!」
盛田は何言ってんだ、という顔で突っ込む。俺はそうなのか? 思いながらと根本の方を見ると根本も大丈夫か? という顔をしている。
「えっ?! 根本も分かるのか?」
「1875に決まってるじゃん」
「あ! そうか・・・」
確かに、言われてみれば、それ以外あり得ない。
「ただ、1億円は下ろせないけどな」
「えっ?!」
盛田が言った事に俺は驚いた。
「キャッシュカードには1日の引き出し限度額が決まっている。50万円ぐらいじゃないかな?」
「そうなのか・・・」
俺は、佐々木が殺人犯だからと言っても捕まって欲しくないと思っていた為、引き出し限度額が50万円と聞いてガッカリした。逃走資金は多い方が良いに決まっている。それに、残りの9950万円はどうなるんだと、いつもの貧乏性が出て来て嫌な気分になった。
「あと、速水の推理、多分間違ってるぞ」
盛田が珍しく真剣な顔で言った。
「ん? 何の推理?」
「皆のひいおじいさんが一緒ってやつ」
「何で? ひいおじいさんが一緒なら18.75%同血になるだろ?」
「競走馬だったら基本的にそうなるけど、人間の場合、そうはならない」
「何で?」
「人間だったら普通、ひいおじいさんが一緒ならひいおばあさんも一緒になるだろ?」
「ああ、そうか・・・。その場合どうなるんだ?」
「2×3 扱いだな。全兄弟クロスだ。37.5%同血だな」
「えっ?! という事は、親父が間違ってるのか?」
「いやいや、間違ってるのはお前だよ。多分、皆のひいおじいさんかひいおばあさんが兄弟なんだ。これなら 3×4 の全兄弟クロスで18.75%同血になる」
「なるほど、という事は8人以上の兄弟か。大家族だな」
「昔ならそのぐらいの数普通じゃないか? それより、今日は焼き肉奢ってくれるんだろ?」
盛田が嬉しそうに言った。実は、今日の競馬で俺が負けたら2人に焼き肉を奢ると言ったのだ。まあ、勝っても奢る気だったんだけどね。しかも、俺は2人にプチサプライズを用意していた。
「そうだな。そろそろ行こうか。7時予約だから」
根本の部屋から徒歩5分の場所にオープンして2年目という小綺麗な焼き肉店がある。店内は個室も多く、広々としていて、キッズルームも完備されている。結構人気のある全国チェーン店だけど、この辺りの相場よりやや値段が高い為、満員にはならない事が多い。
俺達が徒歩で到着すると盛田が小声で話し掛ける。
「速水、美女が3人いるぞ。お前イケメンなんだからナンパしろよ」
「オッケー」
俺は盛田の予想通りの反応に、小さくガッツポーズをした。盛田は好みの女性を見ると、いつも俺にナンパしろと言うのが口癖だ。冗談半分という事もあって、俺はいつも相手にしないのに、盛田と根本は、今回のいつもと違う俺の反応を見て驚いているだろう。プチサプライズというのはこの事だ。実は、四葉に友人を2人連れて、7時に集合してもらっている。食事代は俺の奢りで交渉済み。盛田と根本の女性との会話が見物だ。恐らく口だけで、美女を前にすると喋れなくなるタイプだろうから。
俺達兄弟は無人島での最後の昼餐後、連絡先を交換した。特に四葉とは頻繁に連絡を取り合っている。七音とも連絡を取って、四葉の事を聞いたんだけど、異母兄弟という事が分かって四葉への想いは薄れたとの事だった。ただ、俺の四葉への想いはテントでの一件後、一層強くなってしまった。姉弟だからって関係無い。恋は盲目というのは本当のようだ。
俺は店の前に立っている四葉達を見つけて近付く。四葉以外の2人を見るとスラッとしたスタイルの上、お洒落で美人だ。四葉がこちらに気付き、目が合ったのを確認して、俺は四葉に声を掛ける。
「四葉!」
「は、はいっ!」
「ん?」
俺は頭の上に「?」マークが浮かんだ。返事をしたのは四葉では無く、隣にいる女性だったから。四葉が軽く右手を振りながら、少し焦ったように話す。
「双六君久しぶり。実は、1つ謝らないといけない事があるの」
「ん? 何?」
「私、ヒヤマサナエって名前なの」
「は?」
「この子が四葉、あなたのお姉さん」
四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエは、先程返事をした女性を四葉として紹介した。彼女は俺を見てハニカミながら会釈する。俺には全く意味が分からない。
「取り敢えず、店内に入らない? 私達以外の自己紹介が先かも」
「・・・分かった」
俺達は6人席の個室に入り、男性同士、女性同士が横に並び、男女向き合う形で座った。取り敢えず飲み物を頼んだ後、それぞれ自己紹介をした。その間、俺は上の空だ。四葉がヒヤマサナエで、隣の子が本物の小倉四葉。もう一人の名前は入ってこない。確かに、小倉四葉の本物は俺に似ている感じがする。そう言われて見れば、四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエは、俺に似ていない気がしてきた。人の思い込みというのは凄いという事を改めて気付かされた。姉弟だと言われれば似ているように見え、姉弟じゃないと言われれば似ていないように見える。かき氷のイチゴやメロンやレモン味がそれだろう。かき氷のシロップは全て同じ味で、色と香りだけが違うと聞いた事がある。要するに、同じ味でも、先入観があれば、違う味になってしまうという事だ。
根本と盛田は、予想通り、美女を前にすると喋れないみたいだけど、今、そんなのはどうでも良い。乾杯した後、俺は席を立って四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエを連れ出した。
「どういう事だよ、俺には難しくて分からないよ」
「つまり、私は賞金目当ての為に、小倉四葉役を引き受けただけのヒヤマサナエなのよ」
「じゃあ、連れてきた子が、本当に俺の姉さんの四葉って事なんだな」
「そうなの。騙しててゴメンね」
「いや、まあ別に良いけど・・・」
両手を合わせて謝る四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエは可愛くて怒る気には全くならない。だけど、騙されていた事は事実なので、俺はガッカリした感じになった。そこで、俺は重要な事に気付いた。
え? と言う事はどうなるんだ? 四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエは俺と姉弟じゃないんだから・・・。
その時、ヒヤマサナエは俺の心の中を見透かすかのように、俺の左肩の辺りを右手人差し指でツンツンと突きながら、満面の笑顔で言う。
「良かったね、姉弟じゃないから私の事好きになっても良いよ」
了
俺が無人島での出来事を2人に話し終えると、盛田は呆れたように言う。
「結局、速水は殺人犯に負けたって事だよな? 毎週のように血統の話をしてるっていうのに」
「いやあ、確かに迂闊だったよ。頭の良い西京大生が2人もいたから、問題を完全に任せようっていう思考になっちゃってさ」
「そんな事なら、キャンセルせずに俺が行けば良かったな。俺なら1875なんて秒殺だよ」
「いや、どういう意味だよ。盛田は呼ばれてないだろ」
「呼ばれたけどやめたんだよ。『五』の人物が居なかっただろ?」
「ええっ?!」
マジか? そういえば盛田信五って『五』が付いてる。嘘だろ?
すかさず根本が何か気付いたという表情の後、言う。
「いや、俺も行っとけば良かったな。10万程度で遠くまで行けないからな」
「どういう・・・えっ?!」
根本八雲・・・嘘だろ? だいたい、コイツら俺に全然似てないし。
「あーあ、俺と根本で1億とれてたな」
「いやー、失敗したな」
2人は顔をあわせて残念そうに言う。普通、嘘とかドッキリとかは、ネタばらしがあって成立するんだけど、コイツらはネタばらしというものをしない。9割方、嘘だと分かってはいるけど、実際に『五』と『八』が名前に入っているから、絶対嘘だとも言い切れない。たまたまだと思うんだけど・・・。
「それより、佐々木さんって1億貰えたんだろうか? キャッシュカード貰っても暗証番号が分からないしな」
「いや、分かるだろ!」
盛田は何言ってんだ、という顔で突っ込む。俺はそうなのか? 思いながらと根本の方を見ると根本も大丈夫か? という顔をしている。
「えっ?! 根本も分かるのか?」
「1875に決まってるじゃん」
「あ! そうか・・・」
確かに、言われてみれば、それ以外あり得ない。
「ただ、1億円は下ろせないけどな」
「えっ?!」
盛田が言った事に俺は驚いた。
「キャッシュカードには1日の引き出し限度額が決まっている。50万円ぐらいじゃないかな?」
「そうなのか・・・」
俺は、佐々木が殺人犯だからと言っても捕まって欲しくないと思っていた為、引き出し限度額が50万円と聞いてガッカリした。逃走資金は多い方が良いに決まっている。それに、残りの9950万円はどうなるんだと、いつもの貧乏性が出て来て嫌な気分になった。
「あと、速水の推理、多分間違ってるぞ」
盛田が珍しく真剣な顔で言った。
「ん? 何の推理?」
「皆のひいおじいさんが一緒ってやつ」
「何で? ひいおじいさんが一緒なら18.75%同血になるだろ?」
「競走馬だったら基本的にそうなるけど、人間の場合、そうはならない」
「何で?」
「人間だったら普通、ひいおじいさんが一緒ならひいおばあさんも一緒になるだろ?」
「ああ、そうか・・・。その場合どうなるんだ?」
「2×3 扱いだな。全兄弟クロスだ。37.5%同血だな」
「えっ?! という事は、親父が間違ってるのか?」
「いやいや、間違ってるのはお前だよ。多分、皆のひいおじいさんかひいおばあさんが兄弟なんだ。これなら 3×4 の全兄弟クロスで18.75%同血になる」
「なるほど、という事は8人以上の兄弟か。大家族だな」
「昔ならそのぐらいの数普通じゃないか? それより、今日は焼き肉奢ってくれるんだろ?」
盛田が嬉しそうに言った。実は、今日の競馬で俺が負けたら2人に焼き肉を奢ると言ったのだ。まあ、勝っても奢る気だったんだけどね。しかも、俺は2人にプチサプライズを用意していた。
「そうだな。そろそろ行こうか。7時予約だから」
根本の部屋から徒歩5分の場所にオープンして2年目という小綺麗な焼き肉店がある。店内は個室も多く、広々としていて、キッズルームも完備されている。結構人気のある全国チェーン店だけど、この辺りの相場よりやや値段が高い為、満員にはならない事が多い。
俺達が徒歩で到着すると盛田が小声で話し掛ける。
「速水、美女が3人いるぞ。お前イケメンなんだからナンパしろよ」
「オッケー」
俺は盛田の予想通りの反応に、小さくガッツポーズをした。盛田は好みの女性を見ると、いつも俺にナンパしろと言うのが口癖だ。冗談半分という事もあって、俺はいつも相手にしないのに、盛田と根本は、今回のいつもと違う俺の反応を見て驚いているだろう。プチサプライズというのはこの事だ。実は、四葉に友人を2人連れて、7時に集合してもらっている。食事代は俺の奢りで交渉済み。盛田と根本の女性との会話が見物だ。恐らく口だけで、美女を前にすると喋れなくなるタイプだろうから。
俺達兄弟は無人島での最後の昼餐後、連絡先を交換した。特に四葉とは頻繁に連絡を取り合っている。七音とも連絡を取って、四葉の事を聞いたんだけど、異母兄弟という事が分かって四葉への想いは薄れたとの事だった。ただ、俺の四葉への想いはテントでの一件後、一層強くなってしまった。姉弟だからって関係無い。恋は盲目というのは本当のようだ。
俺は店の前に立っている四葉達を見つけて近付く。四葉以外の2人を見るとスラッとしたスタイルの上、お洒落で美人だ。四葉がこちらに気付き、目が合ったのを確認して、俺は四葉に声を掛ける。
「四葉!」
「は、はいっ!」
「ん?」
俺は頭の上に「?」マークが浮かんだ。返事をしたのは四葉では無く、隣にいる女性だったから。四葉が軽く右手を振りながら、少し焦ったように話す。
「双六君久しぶり。実は、1つ謝らないといけない事があるの」
「ん? 何?」
「私、ヒヤマサナエって名前なの」
「は?」
「この子が四葉、あなたのお姉さん」
四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエは、先程返事をした女性を四葉として紹介した。彼女は俺を見てハニカミながら会釈する。俺には全く意味が分からない。
「取り敢えず、店内に入らない? 私達以外の自己紹介が先かも」
「・・・分かった」
俺達は6人席の個室に入り、男性同士、女性同士が横に並び、男女向き合う形で座った。取り敢えず飲み物を頼んだ後、それぞれ自己紹介をした。その間、俺は上の空だ。四葉がヒヤマサナエで、隣の子が本物の小倉四葉。もう一人の名前は入ってこない。確かに、小倉四葉の本物は俺に似ている感じがする。そう言われて見れば、四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエは、俺に似ていない気がしてきた。人の思い込みというのは凄いという事を改めて気付かされた。姉弟だと言われれば似ているように見え、姉弟じゃないと言われれば似ていないように見える。かき氷のイチゴやメロンやレモン味がそれだろう。かき氷のシロップは全て同じ味で、色と香りだけが違うと聞いた事がある。要するに、同じ味でも、先入観があれば、違う味になってしまうという事だ。
根本と盛田は、予想通り、美女を前にすると喋れないみたいだけど、今、そんなのはどうでも良い。乾杯した後、俺は席を立って四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエを連れ出した。
「どういう事だよ、俺には難しくて分からないよ」
「つまり、私は賞金目当ての為に、小倉四葉役を引き受けただけのヒヤマサナエなのよ」
「じゃあ、連れてきた子が、本当に俺の姉さんの四葉って事なんだな」
「そうなの。騙しててゴメンね」
「いや、まあ別に良いけど・・・」
両手を合わせて謝る四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエは可愛くて怒る気には全くならない。だけど、騙されていた事は事実なので、俺はガッカリした感じになった。そこで、俺は重要な事に気付いた。
え? と言う事はどうなるんだ? 四葉・・・じゃなくてヒヤマサナエは俺と姉弟じゃないんだから・・・。
その時、ヒヤマサナエは俺の心の中を見透かすかのように、俺の左肩の辺りを右手人差し指でツンツンと突きながら、満面の笑顔で言う。
「良かったね、姉弟じゃないから私の事好きになっても良いよ」
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