冷たい男と秀

ジャメヴ

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何でも300

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  ちょっと昔話をさせてくれ。あれは、確か俺達が20歳過ぎだった、昭和中頃の話だ。


  俺は仕事の途中、あの街の人だかりが出来ている場所で三輪の軽トラを止め、近くに居たボサボサ頭の男性に「すみません、何か催し物ですか?」と話し掛けたんだ。振り返った男性はボサボサ頭のうえ、無精髭ぶしょうひげで不潔な印象はあるが、端正な顔立ちをしていた。無精髭は俺の顔を確認した後言った。
「おうよ。あんた『何でも300』って知ってるかい?」
「ええ。どんなものでも300度以上に熱くする機械の事ですよね」
「そうそう。それは鉄男って言う、うちの村で一番仕事熱心な男が半年程前に開発して、ちょっと流行ったんだけどもよ、どうも他の村で、それをもじって『どんなものでも-300度以下に冷たくする』ってうたい文句で、小銭を稼いでいる奴が居やがるって噂なのよ」
「へー、そうなんですか」
「そいつの事を皮肉って『冷たい男』って呼んでるんだけども、その『冷たい男』ってのは神出鬼没のうえ、いつも変装してやがるらしい。いかにも怪しいだろ?  だから、その『冷たい男』を捕まえて、鉄男と勝負させようって話なのさ」
「それがこの集まりなんですか?」
「おうさ。それとな……」
無精髭は周りを確認した後、俺に近付いて言った。
「まあ、大きな声じゃ言えないけど、どっちが規定の温度に到達するのが早いかを賭けているのよ」
「なるほど……で、どうなんですか?  どっちが人気なんですか?」
「皆、鉄男を応援したい気持ちは山々なんだけどよ、一度ひとたび金が賭かると現金なモンでな、『冷たい男』が人気してやがるのよ」
「何でですか?」
「『冷たい男』の技っていうのを見た奴も居るんだ。-300度かどうかは確認しようが無いけど、一瞬でかなり冷たくなっていたって話だからな。『何でも300』は熱くなるまでに少し時間が掛かるんだ」
「なるほど」
「まあ、何だかんだ言って、仲間の鉄男を応援しない、ここに居る奴らの方がよっぽど冷たい男だよ。……まあ、そういう俺も『冷たい男』に賭けたんだけどな」
無精髭はバツの悪そうな顔で言った。その時、周りがざわついた。
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