HEAD.HUNTER

佐々木鴻

文字の大きさ
上 下
72 / 75
Trash Land

epilogue II - unchanging everyday-

しおりを挟む
「その傷跡、治したいとは思わないのか?」

 コーヒーを飲み干し、空になった茶碗を見詰めながら訊く。因みにその茶碗には、クレヨンで『まぁぶる』が描かれていた。

「治せるんだったら、治したいな。でもいいの。あたしは此処での生活が好きだし、それにそんなお金もないわ」

 彼から茶碗を受け取り、それを大切そうに持ちながら眼を伏せて言った。

 そして入り口の階段に腰を下ろし、藍色の瞳の〝魔導士〟を見上げる。

 その視線を感じながら、彼は思う。果たして彼女は、自分が〝魔導士〟だということを知っているのだろうか。

 だがその考えは、すぐに消えた。

 例え彼女が知っていたとしても、それはどうでも良いことだと言うだろう。

「邪魔をしたな」

 彼はそう言うと、少女に背を向けた。

 それを不思議そうに見上げ、立ち上がって頭を下げた。

「何のお構いもしないで、ご免なさい。もうじき神父様が帰ってくる筈だけど……」
「いや、もういい。訊きたいことがあったのだが、どうでも良くなった」

 彼の言葉に首を傾げ、少女は再び頭を下げた。

 そして顔を上げると、目の前に彼がしゃがみ込み、そして少女の顔を見詰めている。

 その藍色の瞳に、彼女は一瞬だけ深い哀しみを見た。

 だがそれを反芻して思案する前に、彼の手が焼け爛れた傷が残る頬に触れる。

「御馳走様。美味しかったよ。これはそのお礼だ」

 微笑んでそう言い、立ち上がるとそのまま背を向ける。そして彼が振り返ることはなかった。

「優しそうな人だね」

 茶碗を片手に持って独白し、

「でも、凄く哀しい思いをした人……私より、ずっと……」

 自分は、左腕をなくして顔半分を火傷した

 だけどあの人は、自分の身体は失くしていないけれど、もっと大切な『なにか』を失くして、もしくは亡くしている。

 確証はないが、そんな気がした。

 少女は去って行く彼を暫く見送り、続けて黄昏に輝く緑の大地を見詰めた。

 その先に、子供達を連れて帰って来る不精髭の男が見えた。

 彼こそこの教会の神父にして孤児院の経営者、マーヴェリー。

「神父様」

 そう言い、少女は茶碗を片手に彼とそれに付いて来ている子供達の方へと駆け寄って行く。

 そして彼の前まで来ると息を整え、その顔を上げて神父を見上げた。

「ただいま」

 マーヴェリーはそう言うと、そして首を傾げて彼女の顔に触れた。

「マーニィ、顔の傷はどうしたんだい?」

 そう訊くマーヴェリーを怪訝そうに見上げ、茶碗を傍にいる子供に渡して自分の顔を撫でる。
 いつもの傷でごつごつした手触りではなく、磨かれた大理石の様に滑らかな手触りが伝わってくる。

「あたしの顔、どうなっているの?」

 そう訊き、そしてマーヴェリーが持っている桶に充たされている水を覗き込む。

 そしてそれに映っている自分の顔を見て、驚いた。

 少女の顔の傷跡は、跡形もなく消えていたのである。

「そういうことが大嫌いだと言っていた筈なのに、あの人は……」

 そうすることはただの偽善だと言ってはばからなかった彼が、どういうつもりか意外なことをするものだと思うマーヴェリーだった。

 そしてそれが誰の行為か、彼には判っていた。少女に僅かだが残る〝魔導〟の『流れ』が、彼がやったものだと雄弁に語っている。

「私に訊きたいことがあったのですね、副長」

 子供達と共に帰途に着きながら、マーヴェリーは心の中で呟いた。

 きっと、どうして『ウルドヴェルタンディ・スクルド』に自分のコピーが存在しているのか、だろう。

 好きで自分の細胞を提供したわけではない。

 自分は『ウルドヴェルタンディ・スクルド』に行きたくなかった。

 ただそれだけだ。

 だがそう言って納得して貰えるほど、甘い相手でもない。

 だから自分の細胞を提供した。

 此処に――自分を慕ってくれている子供達のいるこの場所に、留まっていたかったから。

 そのことを理解して欲しいとは思わない。誰にも理解されなくても、自分が思う『自分の場所』に留まることが幸せだと思う。

 そして、それによって自分を慕ってくれている子供達を護りたいと思っている。

 例え――文字通り自身を削ろうとも。

「貴方なら、判る筈だ。貴方が自分を拾ってくれた『ギルド』を護りたいと思うのと同じく、私は私を慕ってくれている子供達を護りたい」

 黄昏がやがてその美しい色を失い、そして緑の大地が深い藍色から暗色に染まりつつある大地を歩きながら、マーヴェリーは傍にいる子供達一人ひとりの頭を撫で、そして「自分の場所」へと還って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

完結 幽閉された王女

音爽(ネソウ)
ファンタジー
愛らしく育った王女には秘密があった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~

雪染衛門
ファンタジー
「僕の描いた絵が本物になったらいいのに」 そんな夢を抱く絵描き好きな少年・織部緑光(おりべ ろくみつ)は、科学の発展によって可視化された人の魂の持つ「色」を重視する現代に生まれる。 情熱の赤色、ひらめきの黄色、冷静な青色など人気色と比べ、臆病と評される「緑色」の緑光だが、色に囚われず前向きな幼少期を過ごしていた。 時を同じくして都心では、人類を脅かした感染症のパンデミックとネット社会の相乗作用が、放置されたグラフィティから夜な夜な這い出して人を襲う落画鬼(らくがき)を満天下に知らしめる。 その悪鬼に唯一、太刀打ちできるのは、絵を具現化させる摩訶不思議な文房具で戦う、憂世の英雄・浮夜絵師(うきよえし)。 夜ごとに増える落画鬼の被害。それに決死の覚悟で挑む者への偏見や誹謗中傷がくり返されるネット社会。 月日の流れによって、夢を見なくなるほど「緑色」らしくなっていた緑光だったが、SNS上に浮上した「すべての絵師を処せ」という一文を目にし……。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...