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学舎と姉妹と

6 フロランスの報告書

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 シュルヴェステルの口車にまんまと乗せられたナディとレオノールが、王都へ出立の準備に取り掛かっていた頃。その王都のファルギエール邸に冒険者ギルドから魔術通信により書状が届いていた。

 宛名は、辺境都市ストラスクライドの冒険者ギルドマスターであり、辺境伯代理であるシュルヴェステル・ランボーヴィル。だがその中身は、現在其処へ理由を付けて逃亡してい――密命を帯びて其処を訪れていたフロランス・エレーヌ・ド・ファルギエールからの報告書であった。

 執務室で、過去には時間に追われつつ熟していたが、今では長女のフロランスに丸投してい――手伝って貰っている書類仕事に悪戦苦闘している当主のオーギュスタンは、執事のセバスティアンヌからそれとペーパーナイフを受け取り、そして自らが望む結果であるだろうそれを、ものっそい良い笑顔で開封した。

 その様子に、生ゴミでも見るかのような視線を向けるセバスティアンヌ。彼女はファルギエール家の遠縁の令嬢で、当然のことながらオーギュスタンの素行を知っている。よって、女子に誘われるままホイホイ付いて行って其処彼処にする現当主を、心の底から軽蔑していた。もしフロランスがいなかったら、いくら破格の給与であっても、既に彼女は辞職していただろう。身の危険を感じるし。
 なにより、相手がオッサンというのがイヤだ。それに、男子は十歳までが至高で正義でオンリー・ワンなのだから。

 そう、ファルギエール邸の執事であるセバスティアンヌは重度――重症のショタコンだった。だが、鑑賞するだけで触れはしない。イエス・ロリータ・ノータッチな道をひたはしる。
 そういった意味では、末弟のヴァレリーは至高であった。あのまま成長しなければ良かったのに。などと考え、だが、彼の子供を生めばそれに似たショタに逢えるんじゃね? などと考え、だがそうすれば結果的にあのロクデナシが義父というオプションサービスで付いてくる。それは絶対にイヤだ。いや待て。二人で市井に下っても良いかも! などと、そんな三分の一の純情な感情に日々苛まれていた。
 線が細く、一纏めにしたインディゴ・ブルーの髪とターコイズ・ブルーの瞳で、神秘的な雰囲気を醸し出しているスレンダー美女なのに。

 関係ないが、彼女は長命種な海妖精のクォーターで、寿命がヒト種の三倍くらいある。あとカテゴリーとしてヒト種と妖精種とでは、生体としての構成が若干異なっている。生物として発生し得ない青系の髪色をしているのは、そういった理由なのだ。

 さておき。

 そんなセバスティアンヌのジトっとした視線に気付かない、鈍感系主人公のようなオーギュスタンは早速その報告書に目を通す。

 ――目的である少女二人を発見。接触に成功しました。

「ふむ、重畳。流石はフロランス」

 目を通しながら、ニヨニヨしつつ独白する。セバスティアンヌの「手紙相手に会話してんじゃねぇよ気持ち悪ぃ」とでも言いたげな湿った視線が止まらない。

 ――ヴァレリーからの情報どおり、二人は姉妹として生活しています。

「ほお……ヴァレリーの情報は正しかったか。疑っていたわけではないが、ちと厄介だな」

 一度視線を外して天を仰いで息を吐き、眉間に皺を寄せて続きを読む。
 セバスティアンヌも「黙読しねぇのかよ出来ねぇのかよ鬱陶しいな」と言いたげに溜息を吐く。図らずとも、違う意味で物理的に息がピッタリな二人である。

 ――ヴァレリーから聞いてはいましたが、二人とも相当な実力者なようです。なんでも週二で迷宮を踏破しているとシュルヴェステル殿が言っておりました。

「は? 週二で? いやいや、そんなワケないだろう。これは何かの間違いに違いない」

 正確な情報しか寄越さない筈のフロランスからそんな有り得ない情報がもたらされ、頭を振って見直すオーギュスタン。
 セバスティアンヌも「オメーなんか週三で金銭目当ての令嬢とかねーちゃんに引っ掛かりかけてんだろうが。私や護衛が必死に止めてんのになんで気付かねぇんだよこのエロオヤジ」と懐古しながら舌打ちをする。だが鈍感系主人公気質なオーギュスタンは、やっぱりそれに気付かない。

 ――先日も金と銀の姿そのままなトラウトを各五十尾と、レア金属の【日緋色金ヒヒイロカネ】を屑鉄みたいなノリで有り得ないほど大量に卸したようです。

「…………は? え? いやいやいやいやいや、そんなワケないだろう。一体どうしたんだフロランスは。ああ、シュルヴェステル殿の悪ふざけを真に受けたんだな。まったく、冗談を真に受けるとは仕方のないヤツだな。こんなことだから少しは羽を広げろと言っていたのに」

 片肘を突き、口の端を吊り上げて苦笑するオーギュスタン。素材が色男なイケオジであるため、凄く様になっている。
 そしてセバスティアンヌも、ギリリと口の端を吊り上げて「フロランス様が公的報告書を上げるときに裏取しないワケねぇだろうがバカかテメー。あとオメーは羽伸ばし過ぎなんだよなんで気付かねぇんだよ。マジで下半身でしか物事を考えられねぇのな。去勢されれば良いのに」と心中で罵り、青筋を浮かべそうなくらい食い縛っていた。同じ仕草なのに、理由が雲泥の差だ。

 ――と報告しても信じられないでしょうから、事例をひとつ。二ヶ月くらい前にミスリル鉱石の価格暴落が発生したのを覚えていますわよね。

「は? ミスリル鉱石の価格暴落? ……そんなことあったか? ウチは鉱石関連の取扱いはしていないからな。よく判らんな」

 深刻な顔で「ふむぅ」と息を吐く。イケオジではあるが、そういうふとしたところで少年を感じさせる仕草がギャップとなり、一部の女子たちに刺さるらしい。
 そんな仕草を目の当たりにしたセバスティアンヌは、半眼で「おっさんが口を尖らせて大人びた仕草をする少年みてぇに息吐いてんじゃねぇよ気持ち悪ぃ。おっさんはおっさんらしくジジイな仕草だけしてれば良いんだよ。ジジイな仕草なんて知らないし興味もないし知りたくもないがな。あと当主なのになんでそんな基本的経済情報知らねぇんだよ。マジで良い加減にしろよこのダメ親父」と、深刻な顔で「っくはぁ」と息を吐いた。

 ――あれ、その姉妹が鉄屑でも処分するようなノリでミスリル鉱石をトン単位で売り払ったのが原因だそうです。そのため現在のストラスクライドでは鍛治師の技術が飛躍的に上がり、その副産物である失敗作で二束三文に成り下がったミスリル製の武器防具を【ブロンズ】の冒険者が持ち歩いているらしいです。

「ん? え? はぁ? どういうことだ? 本気で意味が判らん。そもそもミスリル鉱石ってトン単位で手に入れられるのか?」

 頬杖を突いて視線を上に向け、思案顔で中空へと視線を漂わせる。その仕草がまた、妙に様になっていた。
 そんな仕草を目の当たりにしたセバスティアンヌは、一度だけ目を閉じてからその視線を天井に送って漂わせ、眉間に皺を寄せて「どうもこうもねぇだろうがこんクソジジイ。実際起きたことだろうが現実見ろや。判らねぇのはオメーがそれだけ市井の経済状況を見ていねぇってこったろうが。フロランス様に当主業務を丸投げしてんじゃねぇよこのロクデナシが。女にうつつを抜かしてる暇があるなら睡眠時間を削ってでも業務を熟せやこン中途半端野郎が」と独白して視線を天井に固定する。視界にアレを入れたくないし。

 ――ミスリル鉱石は【クリスタ・マイン】の深層にいる【ミスリルリザード】を乱獲して拾ったそうです。

「……えーと、一体どうしたんだフロランスは。深層の魔物を乱獲なんて普通は出来ないだろう。実力者が総出でやっと一体倒せるんだぞ。いくら実力者だっていっても、それは過言だろう」

 そう言いながら、やれやれとばかりに指先で額を押さえて溜息を吐く。なかなかに気障な仕草だが、それが様になるのがオーギュスタンだ。
 そしてセバスティアンヌも、指先で額を押さえながら「だからフロランス様が良い加減な報告書を上げるわけねぇだろうが。本っ当に判ってねぇなこの無能は。そもそもソロで魔物の軍勢を瞬殺出来るヴァレリー様が『自分を殺せる』と評した人物が、その程度の乱獲が出来ないわけねぇだろ。マジで人の話聞いてねぇのな。なんでコイツが当主なんだよ、本気でフロランス様が継いでくれないかな。あと気障な仕草マジでやめろや鬱陶しい」と独白し、やれやれとばかりに溜息を吐く。

 ――その他にも、更に深層にいる【ミスリルタートル】も乱獲して純ミスリル鉱石も大量に持ち込んだそうです。流石にそれはシュルヴェステル殿が止めたようですが。

「はぁ? 純ミスリル鉱石を大量に? いやいやいやいやいやいやいや、それは有り得ない、絶対に有り得ない。そもそも【ミスリルタートル】を討伐すること自体が有り得ない。あれを討伐出来たのは魔王とか魔王妃とか、それに連なる血族だけだろう。本当にどうしたんだフロランスは」

 報告書を片手に、頭を抱えてデスクに突っ伏すオーギュスタン。いつもは冷静で取り乱さない彼がそうなるのは、非常にレアである。それを一部の女子たちが目の当たりにしたら、失神してしまうかも知れない。
 そしてそんな様を目の当たりにしたセバスティアンヌは、頭を抱えて「なに言ってんだよこのエロオヤジ。それいつの情報だよ知識のアップデート出来てねぇな。【ミスリルタートル】は急な温度差に弱いから其所を突けば討伐は可能なんだよ。仮にも侯爵家の当主なのに、なんで知らねぇんだよ知識薄いな。それにヴァレリー様がそれ余裕で斬り裂いてたって報告したよな? それも覚えてねぇのかよ。それとも脳内がエロで占拠されてて覚えていられねぇのか? マジで使えねぇなコイツ」と独白して俯いた。

 ――などと述べたところでどーせ信じないでしょうから、後ほど証拠として現物入りのマジックポーチを送ります。どれくらい入っているかは判りかねますが。それとこれは姉妹の物ですが、実証に必要だと言うと快く同意してくれました。ただ「これで在庫がける」と不穏なことを言っていましたので、ある程度の覚悟をお願いします。

「…………フロランスは本気でどうしたのだ? 今までこのような荒唐無稽な報告はしなかったのに。もしかして、執務をさせている私に対しての反抗期か? ふ、今頃そうなるとは。娘の反抗期は可愛いものだな」

 言いながら、慈愛に満ちた表情で報告書を見る。イケオジのそんな表情を見てしまったら、それに弱い女子たちはとんでもないことになってしまうだろう。
 そしてそんな表情をチラ見したセバスティアンヌは、目を細めて「だからそれは間違いなく事実だろうがなんで信じねぇんだよバカかテメー。フロランス様が証拠品を届けて実証するっつってんだろ。なんの根拠もなくンなこという人じゃねぇだろが判れや。マジでなんなんだコイツ。本気でバカなんじゃねぇの。あと自分が望んだ報告じゃねぇのを『反抗期』で括るんじゃねぇよ気持ち悪ぃ。オメーみてぇなロクデナシなエロジジイにゃ反抗する価値すらねぇわ黙っとけ」と独白し、侮蔑に満ちた表情を浮かべた。例によってそんな表情には気付かないオーギュスタンである。

 ――その姉妹ですが。二人とも王都への同行を承諾してくれました。

「おお、そうかそうか。これは今から楽しみだ。なにしろレオノルに似ているとヴァレリーから聞いている。さぞ可憐な少女なのだろう。だが、そのヴァレリーが懸想けそうしているという姉が問題だ。よもや、末弟とはいえ侯爵家の令息だからと言い寄っているのではないだろうな。だとしたら、此方にも考えがある」

 無意識に報告書を持つ手に力が入り、もう一方のこぶしを強く握り締めて呟く。それは侯爵という、謂わば大貴族としての誇りの現われでもある。その誇り高い姿は最高に猛々しく、一部の女子たちを虜にするだろう。
 そんな姿を直視したセバスティアンヌは、ロングテールコートの裾をギリリと握り締めて「いや何言ってんだ気持ち悪ぃが止まらねぇな。母親似で幸いだろうがオメーに似たら自殺モンだわ。あとウットリすんなよ鳥肌が立つ。それとヴァレリー様が懸想しているって姉の方に暗部を差し向けて調査しようとしてことごとく失敗もしくは返り討ちにされたの忘れたのかよ。それだけで既に相当な実力者どころかぶっちゃけってのが判るだろうが。もう忘れたのかよ鳥頭なのか三歩歩く間に忘れるのかよ脳みそスカスカかい。何かするのは勝手だが、迷惑だからこっちに飛び火させんなよ」と独白しながら柳眉を吊り上げる。
 今度はそれに気付いたオーギュスタンは、同意したのだと思い込んで満足げな笑みを浮かべた。
 頭髪が逆立つくらいザワっとするセバスティアンヌ。今すぐに顔面へ蹴りをかましたくなるが、五歳当時のヴァレリーの愛くるしい姿を思い出してなんとか自制に成功する。

 ――つきましては、条件を提示されました。

「……条件、だと? 侯爵家にそうするとは、良い度胸だな」

 背もたれにその身を預け、鼻で嗤うオーギュスタン。平民が侯爵家に条件を出すのは恐れ多いことであるのが判っていないらしい。その笑みは、大貴族に相応しく酷薄であった。だがそんな凄絶な笑みでさえ、彼を彩る魅力ですらある。
 そんな酷薄で凄絶な笑みを直視したセバスティアンヌは、同じく口元に笑みを浮かべて「なーに調子こいて『良い度胸だ』とか言ってんだよ何様だ? 今更オメーに威厳なんてねぇだろうが勘違いしてじゃねぇよ。長男次男に見捨てられたも同然に出て行かれて、挙句フロランス様か居なけりゃ今頃は家門が潰れていただろうが。誘ってくる女どもにフラフラ付いて行きやがってこん性獣が。テメーのやらかした後始末の所為で毎回毎回どんだけ散財してると思ってんだよ。それの資金を捻出してるフレデリク様の苦労も考えろや。オメーの首の上に乗っているのは帽子を載せる台かなんかか? 帽子トルソーなのか? マジで良い加減にしろよ」と独白し、同じく凄絶な笑みを浮かべた。

 ――住居用の土地が欲しいそうです。あと庭と裏庭に二羽ずつニワトリも。尚、そうです。

「ふん、土地か。まぁ常套だな。住処は必要だろうしな。何故にニワトリが欲しいのかは理解が及ばないが……ん?『』だと? どういうことだ、意味が判らん」
「バカだからなー」

 思わず本音が口を吐くセバスティアンヌ。だがそれは、鈍感系主人公気質なオーギュスタンには届かなかった。





 そして数日後。

 フロランスの予告通り、速達便でマジックポーチが届いた。

 その中から出て来たのは、純ミスリル鉱石数十トンと【日緋色金ヒヒイロカネ】十数トンであった。

 唖然とするセバスティアンヌを他所に、驚きはしたがその価値と価格に目が眩んで早速御用商人を呼ぼうとするオーギュスタンだが、そのセバスティアンヌの延髄斬りをキレーに喰らって意識を刈り取られ、それら全てを没収された。

 イケオジとはいえ、結局はロクでもないエロ親父なのは周知の事実である。そして邸宅ではそれを知らぬ者がいないため、誰もオーギュスタンの味方はいない。

 だがそれにすら気付かない、ひたすらにポジティブで自己肯定力がバカ高い、鈍感系主人公気質な彼がめげることはなかった。
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